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その20

 ポイットはぎょっとすると、すぐさま反転してカラスに殴りかかった。


「ア、アホーーーッ!」


 カラスは手でそれを受けとめる。ポイットは黒い手のひらをぽかぽかと殴りながら、


「いくらジュースに飢えているからって、人様のものを盗むとは思わなかったわ!」

「盗んでない。落ちてたんだ」

「落ちていた?」


 とっさにニコラスが尋ねた。マクシミリアンがもういいとばかりに首を振った。


「そりゃあ、嘘だ。つくならもっとうまい嘘をつけ。ジェイラスのジュースは、彼の寝室で大切に保管されていた。最上階の奥の部屋で、構成員でも普段は立ち寄らない場所だ。そこいらに落ちているわけがない」

「だが、そうなるとなおさら取りに行く暇はないぞ。カラスは最上階に来てすぐ、マクスと出会ったんだろう」


 マクシミリアンは一瞬言いよどんだが、


「そりゃあ……こいつの敏捷さがあれば、ちょっとした隙にでも取ってこれるさ」

「可能かもしれない。でも、カラスはどうやってジュースのありかを知った? それにジュースを盗みに来たのだとすると、彼の行動はあまりにも不自然だ。嘘だと決めるのはまだ早い」


 マクシミリアンは返事をせず、乱暴な動作でイスに腰かけた。背もたれに体重をあずけ、鋭い視線をカラスへと飛ばしている。


「それで、ジュースはどこに落ちていたんだ? ポイットは知らないのか」

「あたしは袋の中にいたから、音しか聞いてないのよね」

「そうか……」


 ニコラスがカラスを見た。


「ほら、答えなさいよ。黙ってたらよけいに嘘っぽいわよ」


 ポイットは、なるべく詳しく丁寧にねとつけ加えた。カラスはそれにうなずきもせずに口を開いた。


「ジュースは、一階の金属の部屋に落ちていた」


 それを聞くなりマクシミリアンが鼻で笑った。


「保管庫のことか。あそこには二重に鍵がかかってる」

「開いていたんだ。どっちもな」

「バカな」

「半開きの状態でなければ、興味も示さなかったんだがな。中にはでかい金属の筒があって、これもまた開いていた。筒の中は寒かった。火器のマガジンがブロック状にまとめられて、規則正しく並んでいるだけで、おもしろいことはなにもない。あんまり寒いもんだから、ジュースが飲みたくなってな。そんなときブロックの陰に都合よくジュースが落ちていた。何となく拾ってみたんだが、改めて見ると実にうまそうだった。マガジンばかりの場所にあったことを怪しんだが、毒でもないだろうと思って、昇降機に乗りながら飲んでしまった。無造作に転がっていたから、そこまで大事なものだとはちっとも考えなかった」


 マクシミリアンが勢いよく立ちあがった。ひざ裏で跳ね飛ばされて、イスがばたりと倒れた。


「どうして保管庫のようすを知っている!」

「開いていたと言っただろう。中に入ったんだ」


 知るはずのない保管庫内部の詳細を語ったことで、カラスの言葉は急に信憑性を帯び始めた。シャーリーとアルは神妙な顔つきで状況を整理しているようだ。

 ニコラスはあごに手を置いた。


「ジュースはなぜか保管庫の中にあって、それを偶然、君が飲んでしまったと……。信じがたい話だ」


 ニコラスがカラスに向ける目は、深く厳しい。彼はすっと目線をはずすとビビッドたちに質問した。


「ジュースがなくなった正確な時間は不明だから、幅をとってジェイラスがなくなってからとしよう。そこからコミッション当日までの間、もちろんジュース紛失に気づき大々的にホワイトモノリス内を捜索したときも含めてだが、保管庫を確認した者はいるか?」


 まずアルが、


「通りがかりに何度か見ていますが、隔壁は閉まっていました。しかし中までは……」


 シャーリーがそれをフォローするように補足した。


「当然だ。必要がないからだ。保管庫を開ける権限を持っているのは、プライムとビビッドだけ。そんなところにジュースがあるなんて、あり得ないんだ」


 ニコラスは肯定した。


「そのとおり。あるはずがない。だが、もしその盲点ともいえる場所にジュースが移されていたとしたら、どうだ。あれだけホワイトモノリスを探しても見つからなかった説明がつきはしないか」


 ビビッドたちは、その事実が示すある一点のことから、返事をすることができなかった。シャーリー、マクシミリアン、そしてアルの胸中には全く同じ疑念が生まれていたが、それは本来、考えることすらもおぞましい想像だった。

 ビビッドたちがなにも言わないので、ニコラスはこう締めくくった。


「嘘をつけば、ほころびがでる。我々の知っている情報との不整合が必ず現れる。カラスの話にはそれがないということだ」


 ポイットがまだ不安げに、


「とりあえず……信じてもらえたのかしら?」


 マクシミリアンが立ち上がった。そしてカラスに向かってゆっくりと近づいてくる。


「ああ、信じるぜ。『カラー』もなしにあの強さなのもうなずける。カラスがジェイラスのジュースを飲んだってことをだ。なら、話はシンプルだな」


 白い巨体から殺気が立ち昇った。


「おまえをぶっ殺して、ジェイラスのジュースを取り戻す」

「ちょ、ちょっと! ストーップ!」


 慌ててポイットが間に入った。


「ジュースを勝手に飲んだのは悪いけれど、カラスはなにも知らなかったのよ!」

「知らなければ許されるのか。おれはそうは思わねえな。ジェイラスのジュースはおれたちにどうしても必要だ。あれさえあれば、まだ《モノリス》はやり直せる。邪魔をするなら、おまえごとひねり潰すぜ」


 マクシミリアンが脅しではなく、本気でそう言ってるとポイットは感じていた。だが、彼女は一歩も引かなかった。


「あんた、勘違いしてるわよ。カラスを殺してもジュースは戻らない」

「ふん、おまえの戻る先がなくなるからって、都合のいいデタラメだな」

「デタラメじゃないわ。カラスはただの色なしカラーレスじゃない。色を全然持ってない体なのよ。ジュースを飲んでも無駄。おいしいとは感じても、そのジュースが持つ色は体に取りこまれない。例え、それが特別なジュースだったとしてもね」

「バカな……だったら、その強さの説明はどうなる」


 ポイットは自慢げにマクシミリアンの目の前を飛び、人差し指を立てた。


「カラスは元から強いのよ。それが生きていくために必要だったから」


 マクシミリアンは気勢を大きく削がれてしまった。判断を仰ぐようにニコラスへと振り返った。彼もまた、難しい顔をし、結論を出せていないようすだ。


「どうする、ニコラス」


 ニコラスが答えないので、マクシミリアンは自分の意見を、できれば賛同してもらうつもりで言った。


「ああは言うが、カラスは殺すべきだ。ポイットが全くの嘘つきとも思えないが、カラスの存在自体、かなり珍しいもんだ。試してみないとわからねえだろ」


 それを聞いたシャーリーがきつく言い放った。


「あんた、カラスに色がないからって、そんなことを言ってるんじゃあないね?」

「バカ言え。おれは、ジェイラスのジュースを取り戻せる可能性があるなら、やってみるべきだって言ってんだ」

「どうだか。あんたに自覚はないようだけど、見た目の話となるとどうも偏見がにじみ出るようだから」

「へっ。カラスを擁護するのか」

「あたしは、カラスを殺すのが《モノリス》のやり方じゃないって思っただけさ」


 シャーリーはツンと斜め上を向いてしまった。

 続いてマクシミリアンはアルに意見を求めるように視線を送った。しかし、イタチは遠慮がちに、


「私も考えるべきだと……。ホワイトモノリス脱出時、カラスには助けられた部分もありますよね……?」


 と言った。マクシミリアンは、どいつもこいつも……とつぶやいて激しく頭を振った。

 ビビッドがどんな意見を持とうとも、結局はプライムの意見が尊重される。マクシミリアンはそれに期待した。


「ニコラス、あんたは……」


 ニコラスは急に目覚めたように、ぱちりと目を開けた。


「カラスとポイットの言葉は、どうも本当らしい」


 マクシミリアンはがっかりしてしまった。


「カラスの強さには目を見張るものがあるとしても、ジェイラスのジュースを飲んだにしては控えめだと言わざるを得ない。体格は一般以上だが、並はずれてはいない。それに体毛も黒いままだ」


 ポイットはカラスの頭の羽毛をぶちぶちとむしり、地毛であることをアピールした。カラスはポイットを容赦なく地面にはたき落した。


「ポイットが言うとおり、カラスはジュースの恩恵を全く受けていないのだ。飲む前と体質が変わらないのだから、仮に彼からジュースが出たとしても、ジェイラスのジュースの影響は残っていないだろう」


 マクシミリアンも頭が悪いわけではない。ポイットの話を聞いたときから、理屈はわかっていた。カラスを殺してもジュースを取り戻せる可能性は薄いと察していたのだ。だが、そこにわずかにでも希望があるのなら、食い下がりたい。あきらめきれるわけがない。

 しかし、マクシミリアンがなにかを訴える前に、ニコラスが言葉を繋いだ。


「でもね、私が考えていたのはそこじゃないんだ」


 部屋が静まり返った。ニコラスの言葉が、まるで今までの言い合いをふいにするようなものだったからだ。

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