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その19

「アホーーーッ!」


 突然、甲高い叫びとともにカラスの腰袋から光り輝くなにかが飛び出した。全員の目がそのなにかに釘づけになる。宙でループを描き、それは勢いよくカラスの顔面に激突した。カラスはのけぞりながら二、三歩後退し、痛みに手で顔を覆った。

 不測かつ理解不能の事態に、ニコラスも、カラスの目の前にいたマクシミリアンも判断力を失っていた。

 小さな光る物体は空中にとどまると、ピイピイと騒いだ。


「どうして、あんたはぁー!」


 声の主には羽があった。二対のそれがはばたくたびに、周囲に色の粉が拡散した。それは光を乱反射させながら、すぐに空気に溶けるように消えていく。これが輝きの正体だった。そして羽の中央には、よく見ると華奢な頭と手足がついた胴体があった。大きさは羽を含めても両手を合わせたほどと小さいものの、体構造はヒュープルと非常によく似ていた。

 情報に通じたニコラスでさえも、こんな生き物は見たことがなかった。しかも、言葉を話している。


「出てくるなと言っただろう」

「きゃー!」


 カラスは無遠慮に小さな生き物の頭をつまんで締めつけた。


「いででで! はなせー!」


 しばらく指の間で必死にもがいていたが、カラスの指の間が一瞬強く輝いた。ぱちんと音がした。自由になった生き物は、ひらひらとカラスの眼前を飛んだ。指先のしびれを振り払うようにカラスは手を振った。


「もう! 助けに出てきたのに、なんて仕打ちよ!」

「必要ない。袋に戻れ」

「アホーーーッ!」


 性別があるのかどうかすらわからないが、話し方からすると彼女――は、再びカラスの顔面めがけて特攻した。カラスが首をかしげてそれをかわすと、彼女はぐーんと大きく回りこんで顔の前へと帰った。不満そうにほほを膨らませる。


「いやよ、いやよ! あんたの言葉を信用したのがいけなかったんだわ。なーにが『おまえは目立つ。人目につかないように袋でおとなしくしていろ』よ。うまくやるもんだと思って今の今まで黙ってたけれど、私が見つかるよりよほどの大騒ぎになってるじゃないの!」

「うるさい、戻れ」


 カラスが手を伸ばす。またつかまってたまるかと、彼女はひらりひらり離れていく。安全圏だとみるや、


「そもそも、あんたは人づきあいが下手すぎなのよ。だから、あたしが代わりに説明してあげるんだわ」


 などと、えらそうに言っている。

 車イスが近づいてきたので、カラスと小さな生き物はそちらを見た。


「カラス、聞きたいことはたくさんある。だが、まず、それはなんだ?」


 ニコラスの視線が小さな光を追った。


「こいつか? おれも知らん」


 とカラスはぶっきらぼうに答える。


「ほらほらほらー! その態度よ! その舌足らずが事態をこじらせるんだわ!」


 彼女は軽やかにニコラスの前に進み出ると、くるりと回っておじぎした。色の粉がぱっと輝いた。


「声だけしか聞こえていなかったけど、あなたがプライムね。いいわ、聞きたいことがあるなら、あたしが答えてあげる! ただし、ケンカはなしよ。カラスはアンポンタンだけど、別に戦いたいわけじゃないのよ」


 ニコラスは話しかけられてぎょっとしていたようだが、すぐに表情を崩すと、


「わかった。そうしよう。……マクス、君はさがれ。シャーリーとアルも心配無用だ」

「相手の言い分を聞かないと気がすまないのは、ニコラスの悪い癖だぜ」


 それでもマクスは、やれやれと首を振りながらジャケットを拾いにいった。小さな仲裁人は満足そうにうなずいた。


「じゃあ、まずはあたしのことね。あたしはポイット。色よ」

「色? 今、色と言ったのか?」

「そうよ。耳の遠いおじいちゃんじゃないんだから、ちゃんと聞いてよ。それとも、色について知らないの? しょうがないわねえ。色ってのはね、この世界の……なんていうの? ソース? まあ大雑把にいうと、この世の全部は色でできてるのよ」


 ポイットの言葉にニコラスは目を見開いた。


「それはおかしな話だね。物質を構成しているのはジュースだという研究結果を、モンタギュー博士が発表しているんだよ」


 ポイットはけらけらと笑った。


「そんなの嘘っぱちよ。だって、ジュースからなにかを生み出すことはできないでしょう?」


 ニコラスはうなった。

 ポイットの言うとおり、ジュースから物質が生まれた例はない。現状、ジュースから得られるのはエネルギーだけだ。ピュアジュースにしても、その規格外の大きさで著しい作用を周囲に与えているにすぎない。無からなにかを作りだしているわけではないのだ。

 モンタギュー博士によると、全ての物質――正確にいえば金属以外――はジュースを含有している。これが万物ジュース論のもっとも根幹的な根拠であった。反論がなかったわけではない。しかし、それよりも魅力的な性質をもつこの物質をどう扱っていくかに人々は夢中になった。いや、熱狂したといってもいい。そのおかげでカンバス全土で飛躍的な技術革新があったわけだが、反面、ジュースの本質に関する議論はないがしろにされていたのだった。


「しかし、君が色だとすると妙だぞ。しっかりと形を持って、しかも私とこうして話しているじゃないか。色とはそういうものなのか?」

「うーん、そこはあたしもはっきりしないのよねぇ。気づいたらこの状態で……。でも、原因はわかってるわ! この姿で長いことあっちこっちをさまよってたんだけど、そしたら、ある村で色なしカラーレスの子供を見つけてね。そいつったら、ひとりぼっちでビービー泣いてるじゃない」

「ビービーは泣いてない」


 カラスは否定した。


「いーえ、泣いてましたね! もう涙と鼻水で顔面ぐちゃぐちゃ。でも、ピンときたわ。あっ、あたしはこいつに入り損ねたんだってね」

「昔話はもういいだろ」

「でね、カラスの体に戻れるか試してみたんだけど、どうもうまくいかないのよね。弾かれるというか、拒絶されるというか……色がないなら、すんなり入れそうなものなんだけど。でも、こいつなのは間違いないんだし、きっと何か方法があるはず! そんなこんなで、今の今までずーっと一緒にいるのよね」

「なるほど。ポイット、君のことはだいたいわかった。ついでに、少しだがカラスの生い立ちもね」


 ニコラスはニヤリとした。しかし、すぐに真顔に戻ると、


「さて、問題はここからだ。カラスには、ジェイラスのジュース窃盗の嫌疑がかけられている」

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