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その15

 応接間にギルとザカリーが入ってきた。


「ニコラスたちを捕まえたか」


 ザカリーがドルフの問いに答えられないでいると、ギルがずいと前に出た。


「いや」

「なんだとォ? おまえがいながら逃がしたのか」

「ちょっと違う。ニコラスたちは消えちまったんだ。昇降機も階段も使っていない。下の階で待ち伏せているやつらに確認したから間違いない」

「おれたちの知らない抜け道でもあるのかァ……?」


 ドルフはメイナードを見た。


「そんなものはありません。一切の抜け道がないからこそ、ホワイトモノリスは鉄壁の要塞なのですから」


 ドルフはうなりながら部屋を右往左往した。あまりにも長いことうなっているので、しびれを切らしたのか、ギルが提案した。


「どうする。探させるか?」

「……いや、きっと無駄だ。やつらはうまいこと脱出したんだ。どうやってかは知らんがなァ」

「あきらめたような口ぶりだ」

「バカ言え。ジェイラスのジュースは何としても手に入れる。ニコラスは車イスに乗っていたんだろ?」

「ああ」

「ならジュースは飲んじゃいねェ。結晶のまま持ち運んでるってことだ。理由は知らんがなァ。結局、あいつらは、どこまでいってもギャングだぜ。パレットシティ以外では生きられねェんだ。ホワイトモノリスからは脱出できたようだが、この街にいる限り、逃げ切ってはいねェのさ。必ず見つけ出してやる」


 ドルフは執念深い。やると言ったからには必ずやる男だ。細められた目に強くそれが現れていた。


「だが、それは後回しだ。理由あってジュースを結晶のまま持ち去ったのに、今になってすぐ飲んじまうわけがないからな。それより、お前たちも見たいだろう? おれが……プライムがどんな力を手に入れたのかを」


 ドルフの機嫌が悪くないとみて、今まで黙っていたザカリーがガラガラ声を出した。


「あれをやるのか」

「セントラル地区を改変する。この街のやつらに《エピタフ》を刻みこんでやるのさ」


 ドルフはいつも以上にいやらしい笑顔を浮かべた。


「これはめったにない出し物だぜェ。全員集めな」


 数分後、ホワイトモノリス最上層、巨大な窓のある廊下に、ギルを始めとする《エピタフ》ビビッドと構成員、さらに降伏あるいは捕らえられた《モノリス》構成員が集められた。細長くのびた空間に期待、興奮、そして少しばかりの不安が渦巻いていた。

 ドルフが窓を背にして立った。咳払いに全員がドルフを見た。

 眼下にはセントラル地区が小さく、しかし行き交うヒュープルや動力車までしっかりと見えていた。さらに先にはパレットシティの全貌がおもちゃめいた精密さで広がっていた。


「野郎ども、見えるかァ? あの隅っこに小さく見えるのがデュイストーンズ地区、おれたちの拠点だった場所だ。だが今日からはちがう。ここッ! セントラル地区が《エピタフ》の拠点となるのだ!」


 歓声と拍手が怒涛のようにドルフにぶつかり、はじけ、空間全体に反響した。ドルフは満足そうにうなずくと、メイナードに指で合図した。歓声と拍手がすぐにまばらになり、やがてやんだ。

 メイナードはうやうやしく、手に持った金属製の小さな鍵を差し出した。ドルフはその輝きをたしかめるように目の前で角度を変えながら鍵を眺めた。おもむろに歩き出す。この鍵が合う扉はすぐ近くにあった。

 めずらしくドルフが緊張したようすで、えりを正している。鍵穴に差し入れた鍵をゆっくりと回す。カチリ、という音が静かな廊下に、案外な大きさで響いた。ドルフは部屋の中に消えた。

 扉が閉められてしまい、中の様子はまるでわからなくなってしまった。集められたヒュープルたちはなにが起きるのかと窓際に押し寄せた。

 薄暗い小さな部屋だった。艶やかな純白のカーテンで中央が仕切られていた。ドルフはカーテンをさっと引き開けた。瞬間、部屋をまばゆい白光がおおった。ドルフは思わず目を細め、顔の前に手をかざした。

 カーテンの奥にあったのは直径二メートルはあろうかという巨大なジュース結晶だった。

 ジュース結晶はなんらかの機構に接続され、半ばテーブルに埋まるように設置されていた。機構の生み出す静かな振動に合わせ、温かな輝きが、共鳴音とともに段階的な強弱を繰り返している。それは生き物の呼吸のリズムに似ていた。


「でけェ……。さすがセントラルのピュアジュースだ。だが、仕組みはウチんとことほとんど同じだなァ」


 ドルフは結晶に手をかざした。

 共鳴音のリズムに乱れが生じた。かと思うと白い本体にドス黒い紫のもやが、水にインクを流しこんだように広がり始めた。ドルフの『カラー』が干渉しているのだ。

 結晶はものの数十秒で透明度のない、黒紫に染まった。今や共鳴のリズムは速く短いものに変わっている。それは早鐘を打つ鼓動のリズムだった。

 窓の外でも変化が起こっていた。

 まず、真っ先に異変があったのは上空だ。晴れ渡る青空だったのが、突然閉め切った部屋のように薄ら暗くなった。淡い紫色の雲が渦を巻きながらセントラルの空を覆っていく。雲からは霧のような雨が音もなく降り注いだ。

 ホワイトモノリスの根元から、赤紫の太くねじれたツタが出現し、らせん状にぐるぐると巻きついていく。ツルが触れた所から白が紫に蝕まれ始めた。変化は色だけにとどまらなかった。ツルは巻きついた後もこの巨大な構造物をしめつけ続け、変形させていった。真っ白な石版のようだった外観は、紫の石で組まれ無数のツルがからみついた不気味な塔へと変貌した。

 ホワイトモノリスがすっかり変りはてると、異変は街並みへと広がっていった。白を基調とした美しい風景が、紫色に浸食されていく。家屋の外壁は古びて煤け、紫の邪悪なツタが絡みついた。どの建物も廃屋同然の様相となった。

 街路樹からは葉が全て落ちた。幹はあやしく節くれ立ち、あちこちにこぶができた。根が荒れ狂い、路地表層から波のように飛び出した。セントラルの代名詞ともいえた石畳の隙間からは、病的な色の悪いひょろひょろした草が芽を出し、驚くべきスピードで成長した。

 ホワイトモノリス――いや、今やその名称はふさわしくなくなった塔の最上部。

 セントラル地区の改変をあますところなく見た者たちから、喚声が上がった。ドルフが部屋から現れると、それは一層強さを増した。ドルフと《エピタフ》を讃える声だった。興奮が狂気じみたうねりとなって一帯を支配していた。

 ドルフは塔の外の光景を見た。セントラル地区が紫に染まっていた。その光景は、ドルフが手に入れた力と、成し遂げたことの大きさを、もっともわかりやすい形で表現していた。


「もうホワイトモノリスじゃねェ。この塔はグレイブマーカー……この街の墓標だ」


 ドルフはこらえきれなくなり、声を出して笑った。

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