その14
マクシミリアンは、どこまで続くともしれない真っ暗なダクトを恐ろしいスピードで降下していた。その大きな背中にニコラスたちがしがみついている。
速度が出すぎないよう、マクシミリアンが壁に四肢を押しつけている。それでも、肌にぶつかる風の勢いは増すばかりだ。
「マクス! 下が見えました!」
夜目のきくアルが叫んだ。マクシミリアンは渾身の力をこめて減速を試みる。
「ふんッ、ぬおおおおおおおおおおお!!」
摩擦で肌が裂け、焼ける。それでもマクシミリアンは四肢を突っ張る力を緩めなかった。むしろ、その痛みを糧にさらなる力をこめる。速度が緩やかになり始めた。
突然、どむんと強い衝撃が全員を襲った。下にあるのは水平ではなく、急なスロープになっていた。それぞれが声を上げながら勾配を滑り降りていく。
ぱっと視界が開け、当たりが明るくなった。宙に投げ出されたマクシミリアンたちは、弧を描いて次々にゴミ山に突っこんだ。
真っ先にゴミ山からはい出たマクシミリアンは、なんだかぐったりしていたが、すぐにニコラスと車イスを引っ張りだしに向かった。続いて、シャーリー、アルと助け出したころ、カラスは自力で立ち上がり、体についた汚れを手で払っていた。
「なんとかなったな。マクス、さすがだ」
ニコラスの賛辞は、マクシミリアンには聞こえていないようだった。脱いだジャケットを握りしめ、震えている。着地の衝撃で何か潰してしまったのか、真っ白なジャケットには茶色い染みが広がっていた。マクシミリアンは急にがばと天井を仰ぎ見ると、大きな声を出した。
「ちくしょおおお! お気に入りのジャケットが汚れちまったじゃねえかよおおお!!」
「ハァ……怪我よりもジャケットか。あんたらしいけどね」
シャーリーはあきれたように肩をすくめた。
部屋は三方が壁で扉が一つだけついていた。小さな窓から射しこむ明かりからすると屋外に続いているのだろう。ホワイトモノリス内にありながら完全に独立した、ゴミ捨て専用の部屋だった。
「集積場がこのようになっていたとは……」
アルの何気ないつぶやきにニコラスが軽く笑った。
「普段は業者に任せっきりだからね」
横でマクシミリアンが、今度は靴のソールが削れただの、はがれただのと騒いでいた。
「だからやりたくなかったんだ!」
それがカラスのせいであるかのように、マクシミリアンはじろりと恨めしげな目を向けた。カラスは我関せずである。
「ジャケットも靴も新しく用意してやるから、落ち着くんだ。ここはホワイトモノリスの裏手に繋がっている」
「駐車場がすぐですね。ですが……」
とアル。
「動力車が破壊されていると心配しているのだね。だが、あの占拠の迅速さだ。ホワイトモノリス内はぬかりなくても、外までは手が回っていないかもしれない」
ニコラスの言うとおり、駐車場には十台を超える動力車が、白い車体をぴかぴかと光らせて並んでいた。
カラスにとっては動力車そのものが珍しい。しかも、ここに並んでいるのはどうやら高級なものが多いようであった。
あるものは風を切るように頭が長く、前面に並んだ吸気スリットは金属でできていて日光をキラキラと反射していた。また、あるものは車高が他の倍もあり、肉厚の大きなタイヤに重厚な金属のキャップがはまっていた。
動力車の放つ機能美にカラスが目を輝かせていると、ニコラスは中でも一番古そうな、オンボロの箱型動力車を選んだ。
「もっとよさそうなのがあるじゃないか」
カラスが、がっかりして言った。
「目立たない方がいいんだ。いまはね」
何も言われずにシャーリーが運転席に座り、キーを差しこんで色燃機構を起動させた。オンボロ動力車はひときわ大きな音を立てた後、ブカブカと細かく全身を振動させている。それをカラスは、命が吹きこまれたみたいだな、などとちょっと不思議な気持ちでながめていた。
マクシミリアンが後部席にニコラスを車イスごと運び入れ、そのまま窮屈そうに乗りこむ。動力車のサスペンションが軋み、車体が大きく揺れた。気づかぬうちにアルが助手席にいたので、カラスは痛い視線を感じながらもマクシミリアンの隣に座った。
動力車は荷物を積めるようなゆったりとした作りになってはいたが、マクシミリアンの体は規格外に大きい。押し出されないように踏ん張りながら、カラスは扉を閉めた。
「みんな乗ったな。シャーリー、出してくれ」
「それじゃ、いくよ!」
シャーリーがハンドルを何度か握り直してからアクセルを踏みこんだ。色燃機構が機嫌よさそうにブルンとうなる。タイヤが空回りし、急発進する。スキール音を響かせながら角を曲がると、シャーリー操る動力車はすてきなスピードで街中を駆け抜けていく。ホワイトモノリスがぐんぐん遠ざかる。
《モノリス》たちは、鏡に映る白い摩天楼を万感の思いで見つめていた。
カラスは、息も止まるほど端に向かってぎゅうぎゅうと押されていたので、それどころではない。抗議の意味をこめてマクシミリアンをにらんだ。
マクシミリアンのギルにひっかかれた目、そしてダストシュートを滑り降りたときにできた傷の周囲には血が乾いて、白い毛並みと対照するように赤黒くこびりついていた。だが、傷そのものはどこにあるのか。見当たらなかった。
「なに見てやがる」
視線がカチンとあった。眼球も無事らしい。
「もう少し、そっちに寄ってくれ」
「せめぇんだ。我慢しろ」
マクシミリアンはカラスから視線をはずすと、むっつり黙ってしまった。動力車は石畳の振動を腰に伝えながら進んでいく。




