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その13

 皆が頭をしぼっている間、カラスは手持ちぶさたというふうに周囲を歩いていたが、壁についたちいさな扉をみつけると立ち止まった。開けてみると中は縦長の空洞になっており、真っ暗で底が見えない。かすかにすえた臭いが鼻をつき、カラスの眉間にしわを刻ませた。

 カラスの行動に気づいたニコラスが声をかける。

 

「それはダストシュートだ」

「なに?」

「これだけの高層建築物となると、いちいち階下にゴミを運んではいられないからね。いらないものは、このダクトを通してどんどん捨ててしまうんだ」

「つまり、下までつながっているのか」


 マクシミリアンが鼻で笑った。


「バカか? ここはホワイトモノリスの最上階。何階建てだと思ってるんだ。落下の衝撃で死んじまうぞ」

「そのまま飛び降りたらな」


 カラスの視線はマクシミリアンに注がれたままだ。ニコラスがはっとした。他のビビッドも続いてマクシミリアンを見た。

 マクシミリアンもすぐにカラスの意図に気づいたが、その内容をすんなりと認められるかはまた別だ。


「おいおい、まさかだろ……」


 マクシミリアンはダストシュートを横目でちらりと見た。可能かどうかとすれば、おそらくできる。だが……。


「できないのか」


 マクシミリアンの頭にカッと血が昇った。たかぶりがささいな迷いを消し飛ばした。カラスにこうも挑戦的に言われては、彼の答えは決まっている。




 ザカリーの報告にドルフは眉をハの字にした。


「バーナビーが、やられただとォ?」


 一見、困っているようにも悲しんでいるようにも見えるが、ザカリーはこの表情がボスの最大級の怒りを意味していると知っていた。神妙にうなずく。


「それで、残りの構成員はどうしたァ」

「……連れ帰ってきたので全員だ」


 ドルフが歯をむき出しにしてザカリーを見下ろした。


「ここから先は気をつけてものを言えよォ。おめェがついていながらよォ、バーナビーがやられ、なおかつッ! つけてやった構成員の大半もやられたってんだな? あァ!?」

「そうなる」


 ドルフは、声にならないうなりをあげると、ザカリーが背にした壁に勢いよく手をついた。ハゲタカがかすかに身をすくませた。ドルフは壁に爪を立て、がりがりと引っかいた。壁はささくれ、安い砂糖菓子のように床にこぼれる。


「ねェよ……あり得ねェだろうがよォ!! あいつらの戦力ははっきりしてるんだ。メイナードもここにいるッ。どこに失敗する要因があるってんだ!」


 ドルフが鼻息も荒く拳をにぎると、やすやすと壁に指がめりこみ、砕き、穴を開けた。さらにザカリーに詰め寄る。

 ザカリーは怒気を避けるように身をそらせながら、かすれ声のやや早口で言った。


「戦力を見誤っていたんだよ。あいつらが連れていたカラス、あれが曲者だった」

色なしカラーレスになにができる」

「おれもそう思っていたさ。だが、そうじゃなかった。あいつがバーナビーとその子分たちを壊滅させた。一瞬でだ。おれの『カラー』を使う暇もなかった」


 ザカリーは一瞬、ためらいながらも続けた。


「ドルフ。つまり俺たちは、はめられたんじゃないか。メイナードに」


 ドルフはがっくりと頭をたれると、長く、深く息をはきだした。メイナードに頭を向ける。


「……そう決めつけちまうのはァ、簡単だ。今すぐこの場で粛清してやればいい。だがよォ、おれには、どうもそうは思えねェ」


 ドルフは一変、落ち着いた様子をみせた。


「ジュースは見つからねえし、報告されてない戦力によって痛手をこうむっちまった。たしかにこれだけ見れば、おれたちの裏をかいて罠にはめようとしたようにもみえる。だが、それならバカ正直に構成員の配置をゆるめたり、ビビッドを最上階に集めておくかァ? これはでけェ食い違いだぜ」


 ドルフの見解に対し、床に座ったギルが、


「そう思わせるための保険とも考えられる。総力戦となれば絶対なんてものはないんだからな。それにそいつは、おれたちの構成員を斬ったんだぞ」


 と真っ向から否定した。


「それこそ《モノリス》のやつらをだますため、とも考えられる。ちっと、やりすぎだったがなァ。なんにしろメイナードは使えるやつだ。ちゃんとこうしてホワイトモノリスが手に入ったんだからな。何か言うことはあるかァ、メイナード?」


 メイナードは静かに答えた。


「信頼していただいたことには感謝しましょう」

「だが、これは二つ、貸しだぜ」

「二つ?」


 メイナードは怪訝な顔をした。それを見たからか、ドルフはいつものニタニタ笑いに戻ると、はっきりメイナードに向けて言った。


「あァ。言っただろ? おれは駒を無駄にしたくないって。特におまえみたいな有能な駒はなァ」


 メイナードはおどろくほど機敏にギルの方へと振り返った。ギルは座った状態で身を起こしていたが、断たれた足からは血の一滴も出ていない。痛みも感じていないようだった。メイナードの背筋に冷たいものが走った。

 こいつの『カラー』はなんだ? 戦闘中、その片鱗すらも現れなかったことにメイナードは気づく。

 勝負はついていなかったのだ。ギルは負けを認めなかったが、それは負け惜しみではなかった。純粋な事実を述べていたにすぎない。

 そしてドルフの言葉の意味も取り違えていた。駒とはギルではなく、メイナードのことだった。そのまま戦い続ければ負けるのはメイナードだと示唆した言葉だったのだ。


「ザカリー、靴を拾ってくれ」


 ザカリーがギルに落ちていた靴を投げてよこした。ギルは受けとったそれを肩幅にそろえて並べると、腕だけの力で跳躍した。断たれたすその先から磨かれた金属のような光沢がきらめいた。

 しかし、それは一瞬のことで、すそから出ているのはクズリの毛深いすねに変わっていた。すっぽりと靴に収まるように着地する。切断されていたはずの両足が、幻覚ではないたしかさでギルの体を支えていた。


「なんにしろ、やることは変わらねェ。メイナードがいくら否定しても、ジュースを持っているのはニコラスだ」


 とドルフは言った。反応を見るようにメイナードに視線が送られた上で話が続く。


「ザカリーは予定通り、階下の部隊と合流だァ。念のため、ギルと残りの構成員も連れてけ。任せられるよなァ?」


 ザカリーは軽くうなずきながら、短く返事をした。ザカリーが目くばせすると、ギルと構成員たちがそちらへ向かった。

 すれ違い際、ごく近い距離でメイナードはクズリの殺し屋を横目で観察した。足取りはしっかりしている。少し短くなったすそから、すねがのぞいているが、それもいたって正常そうだ。少し前まで先がなかったとは到底思えなかった。

 ギルには謎が多い。

 ギャングのビビッドともなれば、相応に名が知れる。それはその人物に付随する大小問わない情報もともに広まるのが常だ。だが、ギルはそうではない。

 ギルについてはっきりしているのは、彼が冷酷で腕のいい殺し屋ということだけだ。戦術を明らかにされるのを嫌うギャングは多いが、それでもビビッドの地位にいて通り名さえないのは異質だ。

 というのも通り名は他人が称することで自然と決まるからだ。ギルときけば誰もが震えあがる。それほど名が知れていながら通り名がない。誰も彼の経歴、戦闘手段、そして本質を知らない。これは矛盾している。


「わたくしも同行しましょう」

「そりゃ、だめだなァ。認めねェ」


 ドルフがメイナードの提案を突っぱねた。メイナードはまぶたを閉じる。まるで瞑想か、なにかに耐えているような厳かな態度だった。

 ザカリーの周囲から発生した黒紫の煙にギルと構成員たちが包まれていく。数秒後、ギルたち一団の姿は、煙とともにすっかり消えていた。


「不満そうな顔だなァ……」

「いえ」


 メイナードは表情をくずさずに言った。


「こっちとしても仲間と……おっと、元仲間と合流されてひと悶着起こされちゃあ、たまらないってことだ。おまえが俺たちをはめようとしたんじゃないって点では信用しちゃいるが、それでもおまえが腹の底でなにを考えているのかまではわからねェからな」


 ドルフはメイナードを探るような目つきで見ていたが、やはりなにもつかめないと思ったらしい。なれなれしく肩を叩き、


「まあ、あいつらの報告を待とうや。おれと一緒にな」


 とにたにた顔であった。監視目的なのは明らかだった。

 応接間に戻ると、ドルフは特に会話もせずに煙の出る草筒をしきりにスパスパやっている。メイナードは部屋に充満していくその臭いを不愉快に思った。ただじっと時間が経つようにと耐えていた。

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