5.ハニートラップ情報収集
セラティス王子暗殺計画について探るべく、ヴィルエは夜会に参加していた。
定期的に開催される夜会ではほとんどの貴族が顔見知りであるが、お互いが持っている情報や交渉のため皆は足繁く通っている。
今宵もヴィルエは定位置となっているバルコニーにて、ダンスホールを見下ろしていた。
(セラティス王子の暗殺なんて不届きなことを考えているのは誰かしらね)
王族であり、王太子として認められた彼を殺して利が得られる者なんて、爵位を持つ者か国外の者だろう。
(そうなればいくつか候補はある。こちらから動くべきかしらね)
どのようにして彼らに近づくべきか。そう考えていると、先日も夜会で会ったカーウィル伯爵の姿が視界に入った。ヴィルエは立ち上がり、彼のもとへ行く。
「良い夜ですわね」
『夜宴の黒花』が自ら歩いてこちらにやってくる。その意味に気づいたカーウィル伯爵はそれまで緩めていた表情を、一瞬だけ険しくさせた。
「これはこれは。ヴィルエ様が自らこちらに来るなど、何か気になることでもおありで?」
「最近、変わった子猫がいると聞いたのよ。獲物を狩るために爪を研ぐ必要があるそうね。その話が本当ならば力になれると思っていたのだけれど……カーウィル伯爵ともあろう方がご存じないとは子猫なんて存在しないのかしら。それとも――」
ヴィルエはドレスの袖から用意していた包みを取り出す。周囲に気づかれぬよう、そっと彼の手元に渡した。
「これでは足りないかしら?」
包みに入っているのは宝石だ。店に持って行けば高値で売れるだろう。
カーウィル伯爵のように損得勘定で動く者は扱いやすい。価値のある物を渡せば簡単に心を動かすことができる。それが数字として目に見える価値であればあるほど、欲深い者は踊らされる。
ヴィルエの目論見通り、カーウィル伯爵は包みの重たさに顔色を変えた。中に宝石があることを感触から悟ったのだろう。
この情報料を握りしめ、彼はヴィルエに向けて微笑む。
「なるほど。ヴィルエ様がお望みのものとは?」
「私は良い取引がしたいの。けれど子猫の毛並みを見てからにしたいわ」
こちらの意図を理解したらしく、カーウィル伯爵が頷く。契約成立と言わんばかりに、彼は宝石の包みをポケットに仕舞い込んだ。
「でしたら、クラウザー子爵のご子息であるデール・クラウザー殿が良いでしょうね。彼ならば望み通りの取引が出来るかと。よろしければご紹介しましょう」
「本当に、あなたは信頼に足る方だわ」
「光栄でございます」
懐柔のために宝石は失ったものの、おかげで尾を掴むことはできそうだ。
先を歩くカーウィル伯爵についていき、ヴィルエは階段をのぼる。
「ヴィルエ様がどのようなお噂を耳に入れたのかはわかりかねますが、デール殿は最近人を集めているそうですよ。ヴィルエ様の言葉を借りるなら爪研ぎの最中かと」
「まあ。それは楽しみね」
カーウィル伯爵が知っているということは、デールという男は大々的に荒事に特化した者を捜しているのだろう。もしかするとカーウィル伯爵の人脈を頼ろうとしたのかもしれない。
向かったのは会場の二階奥にあるラウンジである。このラウンジを使うのは密談を好む貴族が多く、外には従者が立って見張っている。だが、カーウィル伯爵と並ぶヴィルエを見た瞬間、従者は道を開けた。
「デール殿、少々よろしいですかな」
薄暗くこじんまりとした室内にデール・クラウザーはいた。ソファにどっかりと座り、周囲に若い令嬢を侍らせ、その手を彼女らの太股や肩に置いていた。令嬢たちの顔色は良くない。彼が子爵家の息子という身分を活用し、尊大な振る舞いをしていることが容易に理解できる。
(旦那様と大して変わらぬ年齢に見えるけれど……浅はかな男ね)
ヴィルエはこういった男がきらいだ。金や権力を振りかざして言うことを聞かせることを愉悦とする男など反吐がでるような思いだ。平手打ちをお見舞いしてやりたいところだが、今はそんな場合じゃない。嫌悪感をぐっと堪えて彼に近づく。
「お取り込み中ごめんなさいね。デール様と話がしたいのだけれど良いかしら?」
「これはこれは『夜宴の黒花』がどうしてここに」
「そんなのご存じでしょう? 大事な取引のためにあなたを探していたのよ」
デールは酒に酔っているのか頬を赤らめて上機嫌な様子だ。
ならば簡単だ――ヴィルエは彼と令嬢の間に割り込み、彼の太ももに手を這わす。
見た目通りに浅はかな男であればこれで釣れるだろう。その目論見は正しく、デールは目を輝かせた。
「……お前たちは下がっていろ」
わざとらしく咳払いをしてから、デールが命じる。すると令嬢たちの強ばった表情が和らいだ。ヴィルエのおかげで助かったと思っているのかもしれない。彼女たちは軽く頭を下げた後、ラウンジを出ていく。
「まさかヴィルエ様がいらっしゃるとは。相変わらずお美しい方だ」
ヴィルエは、デールに寄りかかるようにし、彼の瞳を見上げた。
「ねえ、面白い話があるのでしょう?」
「ははっ、何のことやら。妹御が王家に嫁がれると決まったばかりのヴィルエ様には、少々過激すぎる話かもしれませんよ」
ガードが堅い。だが、この手の男を相手にするのは慣れている。女好きの男であればあるほど術中にはめやすい。
彼の膝に手を置き、より距離を詰める。デールが飲んでいたワインの香りがする。
「私の妹は王家に嫁ぐ身。けれど、私自身の考えは妹と同じではないわ」
オルナとセラティスの婚姻があるため、レインブル家は王家側と見られてしまう。そのためヴィルエはあえてレインブル家と異なる考えであることを主張した。
もちろん嘘である。しかしこれも、デールの警戒心を解くためだ。
「『夜宴の黒花』は妹の婚姻ごときで縛られない――だから、あなたのような人を待っていたの」
ヴィルエは手を伸ばし、デールの顎を指でなぞった。
彼の喉仏がゆっくりと上下する。ヴィルエの蠱惑的な動きに息を呑んだのだろう。
「お話は理解しましたよ」
落ちた。ヴィルエは心の中でにやりと笑む。
その証左のように、デールはヴィルエの手を握りしめていた。
「確かに我々は今、ある計画に向けて動いています」
「まあ。あなたの進めている計画というのが期待外れだったらどうしましょう」
「ご安心ください。期待を裏切ることはしません。そうですね……国を大きく揺るがすものになるかもしれないとだけ」
デールの言葉に、ヴィルエは目を見開く。
国を大きく揺るがすとなれば、ヴィルエが求めているセラティス王子暗殺計画かもしれない。ヴィルエはさらにデールに迫る。彼の唇に指を押し当て、顔を近づけた。
「私、はっきりしている殿方が好きなのよ。国を揺るがすだけでは足りないわ」
「これはこれは。ヴィルエ様を落とすのは簡単ではないらしい」
「『夜宴の黒花』を手に入れたとなれば、あなたはきっと一目を置かれるわ。これほどのご褒美が逃げてもいいのかしら?」
デールは困ったように視線を逸らす。
ヴィルエの記憶によれば、クラウザー子爵は高齢だ。子息であるデールが後継者となる予定だが、彼の名はそこまで社交界に広がっていない。
そんな彼にとって『夜宴の黒花』との噂はチャンスだろう。逃したくない、という意思を感じる。
「ヴィルエ様は悲劇はお好きで?」
「悲劇は舞台で踊る者が肝要よ」
「ではヴィルエ様の妹御に、舞台にあがっていただくかもしれません。そのような悲劇でもヴィルエ様は好まれますか?」
ヴィルエの妹――オルナのことだ。彼は遠回しに話しているが、つまりはオルナが悲しむような計画であろう。そうなればセラティス王子暗殺計画に違いない。
(まずは尾を掴んだ。ミゼレーにもデール周辺を探らせましょう)
ヴィルエは口元を緩める。それは情報を得られたことへの笑みであるが、デールにとっては別の意味合いに感じ取っただろう。
「素敵な計画ね。私が睨んだ通りのお方だわ」
問題はこの計画がどこまで進んでいるのかだ。ヴィルエはデールに加担するようなふりをし、彼に告げる。
「『足音を消せるお友達』を捜していると噂を聞いたわ。だからあなたと取引がしたかったのよ。私がお手伝いいたしましょうか?」
「ははっ。それはありがたい。ヴィルエ様のご紹介ならば安心できましょう」
足音を消せるお友達――とは暗殺者の意味である。その意味はデールにも通じている。
そう話す間も、デールの手はヴィルエの膝を撫で回している。その動きは小蠅が飛び回るようでやかましいと振り払いたくなるが我慢し、ヴィルエは蠱惑的に彼を見上げる。
「ですが既に良い方を見つけましてね。ですからこれ以上の『お友達』は必要ありませんよ」
暗殺者を既に雇っているとなれば、セラティス王子の暗殺計画はヴィルエが思っているよりも進んでいるらしい。
そこで浮かんだのがアクシオだった。暗殺者『夜梟』である彼が、デールから依頼を受けている可能性はじゅうぶんにある。
アクシオがこの仕事を引き受けているのなら、ヴィルエは全力でそれを止める。たとえ婚姻関係を結んだ相手であっても王家に牙を剥くのなら敵だ。
やることは決まっているというのに、なぜかアクシオが相手と考えれば少し気が沈む。
(仮に旦那様が雇われた暗殺者だったら、その罪を暴かなければいけない。そうなったら私はレインブル家に戻ることになるし、体面的にも面倒なことになりそうね)
一瞬だけ気が沈んだのは、きっとそういう面倒な事柄のせいだ。
そのように考えごとに耽っていたためか、気づくと鼻の下を伸ばしたデールがヴィルエの腰に手を回そうとしていた。
(そろそろ引き上げ時ね)
欲しい情報は得られた。暗殺者が雇われているというのなら急ぐ必要がある。これ以上、デールに構っている暇はない。
「ヴィルエ様。この後は場所を変えましょう。あなたのように美しい人との語らいに、こんな場所は不似合いだ」
つまりはここではなく、デールの屋敷に来いと誘っているのだろう。あからさまな下心に呆れてしまう。
これまでにも言い寄ってくる男性は多くいた。皆して『夜宴の黒花』と一夜を共にしたいと考えているらしい。
ヴィルエも妖艶かつ色仕掛けで迫る『夜宴の黒花』として振る舞ってはいるが、この一線は越えないようにしていた。別に愛だの恋だのに夢を見ているわけではないが、軽率に明け渡したくはない。気安く触れさせ、この名に傷をつけたくなかった。
しかし、ただ断るだけでは警戒されてしまう。色仕掛けは最後まで気を張るものだ。
だから、去る前に彼の衣に香りを纏わせるかのように、ヴィルエは彼に微笑む。
「良いご提案だけれど、今日は予定が入っているの。あなたのお屋敷に行くのならお気に入りのドレスで行きたいのよ。ごめんなさいね?」
ふふ、と悪い笑みを浮かべ、彼を見上げる。それだけでデールが息を呑む。高揚しているのが伝わってきたので、これで終幕として良いだろう。




