28.わからせるなら言葉ではなく行動で
セラティス王子の暗殺未遂首謀者であるデール・クラウザーは地下水道にて発見、捕縛された。デールを探していた王国軍のもとに、不審な者が地下水道に倒れていると通報があったため今回の発見に繋がったようだ。
暗殺未遂事件については王都の民を騒がせたものの、セラティス王子が無事を宣言し、首謀者たちを捕えたことを大々的に発表したため、ひとまずは落ち着いた。逃げ惑う人々への案内だけでなく、一人一人のもとに駆けつけて無事であるかを確認したセラティス王子の動きは国民の心を掴み、今回の一件はセラティス王子の株を大きくあげることとなる。
さて。国交五十年記念祭の後のヴィルエがどうなったかというと。
***
彼女がニーベルジュ領に戻った時にはすっかり日が暮れていた。
ミゼレーはレインブル家にて報告してから戻ることとなっており、今回はヴィルエのみの帰宅である。屋敷に入ると、応接室にいたグレンがこちらにやってきた。
「おかえりなさいませ、奥様」
「旦那様はいるの?」
グレンに問うと、彼は頷いた。
「先ほどお戻りになり、今は自室にいらっしゃいます」
「そう。少し用事があるの、旦那様の部屋に行っても構わない?」
「大丈夫かとは思いますが……念のため、確認してきましょうか?」
「いいわ。私が行くから」
アクシオはきっと部屋で待っているだろう。そう考え、グレンの申し出を断った。
ヴィルエは階段を上る。目指すはアクシオの部屋だ。
「旦那様。少しいいかしら?」
控えめに扉をノックし、声をかける。すぐに扉の向こうから声が聞こえた。
「ああ。入っていい」
許可を得たので早速入室する。アクシオは部屋にあるソファに腰掛けていた。すっかり『夜梟』の姿からいつもの装いへと戻っている。先に戻って風呂に入っていたのか、石鹸の香りがする。
(律儀に待っていたのかしら。だとするなら可愛いけど)
家に帰ってから夫と酒を飲む、とヴィルエは『夜梟』に宣言していたのだ。アクシオは『夜梟』であると知られぬよう隠すのかもしれないが、ヴィルエが来るのを待っていたのだろう。
向かいのソファに座ると、アクシオが口を開いた。
「遅い帰宅だな」
「ええ。国交五十年記念祭を楽しんだ後、実家に寄ってきたので時間がかかってしまいました」
水路に落ちる寸前で助けられたといえ、ドレスに地下水道の匂いが染みついている。そのため一度実家に戻り、風呂に入って着替えを済ませてきたのだ。そうでなければこの屋敷についてすぐに汚れたドレスを脱ぎ捨てていただろう。
「それで、俺の部屋に来た用事は?」
アクシオがそう言ったので、ヴィルエは笑いそうになってしまった。すんでのところで堪える。
(白々しいのね。わかっていて待っていたくせに)
「お酒を飲みたいと思ったの。せっかくなら旦那様も一緒にと思いまして」
「別に構わない。待ってろ、グレンに用意させる」
そう言って、アクシオはグレンを呼びに部屋を出て行った。
階下にいるグレンに伝えるだけだからすぐに戻ってくるだろうと考えながらも、アクシオがいない隙にヴィルエは部屋を見回す。
こうして部屋に入れてくれたのは、ヴィルエが敵ではないとわかったからなのだろう。ヴィルエもまた、以前のようにアクシオを警戒していなかった。形は違えど同じ目的を持つ仲間だと思っている。
そうして書斎の机を見た時だ。そこには一通の封書が置かれていた。
(……王家の紋章が入ってる)
王家の紋章入りの封蝋。王家の者からの手紙だろう。だが、その紋様はガードレット王が使うものとは異なる。
その紋様が誰を示すのか――思い当たった者に、ヴィルエは柔らかく微笑んだ。
(やっぱり……セラティス王子だ)
封書の送り主はセラティスだ。
セラティスを守るために『夜梟』を続けるアクシオ。
オルナを守るために『夜宴の黒花』を演じるヴィルエ。
笑ってしまうほど、アクシオとヴィルエは似ている。
そのことに微笑んでいると、扉が開いた。アクシオが戻ってきたのだ。彼は戻るなり、ヴィルエの様子を見て首を傾げていた。
「何を笑っているんだ?」
「面白いことがあっただけです。気にしないでください」
机に置いてあった封書については語らなかった。今となればお互いに同じ目的のため動いているのだから『夜梟』の正体について問いかけてもいいのかもしれない。
だが、ヴィルエはそれについて語ろうとしなかった。いつぞやの彼の言葉を思い出す。
『言葉ではなく行動でしか示せない。お前も俺もきっとそうなんだろう』
行動でしか示せないから、国交五十年記念祭での答え合わせがあったのだ。
暗殺するように見せかけてセラティスを守った『夜梟』と、デールの仲間のように見せかけて彼を足止めしようとしたヴィルエ。
もしも直前に言葉で語り合ったとしても、きっと信じられずにいた。この目で見るまでは疑っていたはずだ。ただの予感だけで人を信じられるような、光のあたる綺麗な生き方は知らない。
対面に座したアクシオは、空のワイングラスを二つおくとワインを注いだ。彼が自らワゴンを運んできたことから、グレンの申し出を断ったのだろう。人払いをしてヴィルエと二人でいたかったのかもしれない。
「国交五十年記念祭は楽しかったか?」
「ええ。いろいろ楽しいことがありましたよ」
「騒ぎがあったと聞いた。でもお前は無事なようでよかった」
ワイングラスに口をつけようとしていたヴィルエはその言葉にぴたりと動きを止めた。
危なかった。アクシオのあまりにも白々しい会話っぷりに、飲み物を口に含んでいたらむせていたかもしれない。
(自分が助けたくせにしらばっくれるつもりね……なら、私もお望み通りにしてあげる)
どうやらアクシオは自分が『夜梟』であると明かす気はないようだ。ならばとヴィルエは反撃にでる。このまま黙っているなんて出来なかった。
「無事でいられたのはある方のおかげかもしれませんわね」
「……ある方?」
「とっても素敵な方でしたわ。颯爽とした身のこなしで、連れ去られそうになった私を助けてくださったの。彼の腕にいる時は夢見心地でしたわね。あまりにも格好よくて、惚れそうになってしまいましたわ」
早口でつらつらと『夜梟』を褒め称える。
するとアクシオの表情がぴしりと固まった。褒められることに慣れていないのか、わずかに頬が高揚し、視線も泳いでいた。
彼が『夜梟』ではないふりをするのならと反撃したのだが、予想以上に効いていたようだ。
「あ、ああ……それは……無事でよかったな……」
「本当に素敵な方でしたの。あれほど素敵な方に抱かれる女性は幸せでしょうね。虜になってしまって、一夜で彼を好きになってしまうかも」
おそらくは、ある程度までヴィルエとの会話を事前に考えていたのだろう。しかしヴィルエの攻勢に押しきられ、予想と異なる会話に頭が真っ白になったのかもしれない。アクシオはついには黙り込み、俯いてしまった。
その様子に、ヴィルエは満面の笑みを浮かべる。ワインに口をつければ、たまらなく美味しい。アクシオを困らせて飲む酒は格別だ。
「あら。旦那様ったらどうなさいましたの? 今は他の方のことを話していたのよ。旦那様についての話ではありませんけど」
「……ち、違う。別に……俺はいつも通りだ」
「では具合が悪いのかしら。困りましたわね」
ヴィルエは立ち上がり、アクシオの隣――ではなく、跨がるようにして彼の膝に座る。
突然ヴィルエが近づいただけでなく、この至近距離である。アクシオは驚いて身を反らしたが、逃げ場はない。
「お、おい! どういうつもりだ!?」
「顔が赤いから熱でもあるのかと思いまして……でも、旦那様ったら暴れてしまうのよね。困ったわ」
そう話した後、わざとらしく「そうだわ」と言って、隠し持っていたリボンを取り出す。
「少しだけ我慢してくださいね? 暴れる子は嫌いですの」
アクシオの手首にリボンを巻き付ける。そうして両手を拘束した。アクシオならば、本気を出せば引きちぎれてしまうかもしれないが、今のところはそこまで抵抗する気がないようだ。訝しむようにヴィルエを睨んでいる。
「お前、何を考えているんだ?」
「熱があるか確かめたいのですが、旦那様のことだから私から逃げてしまうでしょう? ですから縛りました」
「だからって、ここまですることはないだろう」
大正論である。しかし、リボンを取る気はない。
まずは彼の額に手を当てる。予測していたからか、ヴィルエの手が触れても彼は唇をはんで、羞恥心を堪えているようだった。
「うーん。熱はなさそうですね」
「もういいだろ。これを外せ」
「だめです。診察の途中ですよ」
額から指先を滑らせていく。頬、唇。顎を伝って喉へと。
ゆったりとした速度は彼を揶揄うものだ。唇や顎の先をなぞれば、「くっ……」とアクシオが呻き声が聞こえた。彼の中にある荒々しい感情を抑えているのだろう。
襟のボタンを一つずつ外す。はだけた彼の胸元には、やはりいくつもの傷跡があった。そっと手で触れてみれば、いつぞやの夜に触れたものと同じ。『夜梟』と同じ肌だ。
「……好きですよ」
ヴィルエが呟く。
恥じらいに耐えきれず顔を反らしていたアクシオの耳にも届き、彼は驚いてこちらに視線を落とした。
「好き……ってそれは、俺の――」
俺のことだろうか? と言いかけたのだろう。しかし全てを言い終える前に、ヴィルエは彼にぐっと顔を寄せて続けた。
「可愛い反応を見るのが好きなのです、と言いたかったのですが……ふふっ。何だと思いました?」
「……何でもない」
「素直じゃないんですのね」
「それは……お互い様だろ」
悔しさを込めて呟いた言葉に、ヴィルエは笑う。
お互い様だ。それはアクシオもヴィルエもわかっている。ただ、それを口にして認めてしまうのが少々恥ずかしいだけの。
「私、言葉ではなく行動で示すことしか出来ませんの。だから、旦那様にも行動でわからせてあげようと思いまして」
「これのどこが……もう満足しただろ。俺を解放しろ」
「嫌よ。まだ、止めません」
まだ終わらないのだと気づき、呆然としているアクシオを見上げ、ヴィルエは蠱惑的に笑む。
「私を愛することはない、そう仰ったのは旦那様ですものね?」
「だ、だからあれは……お前だって承諾していただろ!」
「ですから、どちらが先に素直になってしまうか我慢比べをしましょう」
きっぱりと言い放ち、彼の首に顔を埋める。そして首に口づけを一つ、落とす。
自分からここまで迫るなんて、初めてだ。
これが他の男ならば絶対に触れていない。仕事でもなければ、近づきたくもない。
けれどアクシオは別だ。むしろ、気が急いていく。
彼を困らせたい。戸惑わせたい。限界まで彼の羞恥心を煽って、その反応を見たい。
(好きだ、と素直に言えない旦那様への罰よ)
首に口づけながら、その指先をするすると落としていく。脇腹をなぞり、さらに下へと進もうとしたところでアクシオが身じろぎをした。
「っ、おい! やりすぎだ。いくら俺でも……」
その声にヴィルエは手を止め、アクシオに顔を近づける。
「もう限界です? 旦那様ったら堪え性がないのね。ふふ。可愛い可愛い」
最高に、愉しい。
彼の反応は、ぞくぞくとこみ上げるものがある。
しかしヴィルエが放った挑発が、アクシオの中にある何かに火をつけたのだろう。
彼の瞳にその火が見えた瞬間、彼が体を動かした。
「んっ――」
驚いて声をあげたものの柔らかな感触によって言葉は遮られてしまった。
アクシオから、唇を重ねてきたのだ。
それだけではなく、わずかな隙間から彼の舌が割って入る。
(また……逆襲してきて!)
やり返されている怒りと同時に、頭がぼうっとする。
口中を貪られ、舌が絡み合う。ただそれだけなのに、意識が溶けてしまいそうだ。
(悔しいけど……好きなのよ。旦那様のことが)
改めて認識する。アクシオのことが好きだ。
彼が同じ目的のために生きるとわかったから尚更、この感情を受け入れられる。
けれど悔しい。だからまだ、彼には言いたくない。
この我慢比べには負けたくない。
ようやく唇が解放され、ヴィルエは荒い呼吸を繰り返しながらもきっと彼を見上げる。
まだ両手のリボンは取れていない。だというのに、彼は調子を取り戻したかのように得意げな顔をし、ヴィルエを見つめていた。
「我慢比べと言ったな? それなら、俺も黙ってはいないぞ」
「……できるものならどうぞ。簡単にわからせられると思わないでくださいね」
彼をわからせるのか、それともこちらがわからせられてしまうのか。
闇に生きる夫婦の戦いはまだ終わらない。




