15.彼の翌日(アクシオ視点)
その日はいつもより長く眠っていた。
元より睡眠時間は短い方ではあるのだが、目を開ければ昼である。こんなのは初めてだった。
急いで身支度を整え、寝室を出る。
アクシオの私室は寝室と執務室の二つに分れているため、扉を開ければすぐに執務室に入れる。諸々の仕事を片付けなければと慌てて執務室に入ったところ、そこには既にグレンがいた。
「随分、遅くまで寝ていましたね」
「起こしてくれればよかっただろ」
「主人を気遣った心優しき従者ですよ。僕に感謝してください」
どうやらアクシオがなかなか起きないと気づき、本日やる予定だった仕事を先に始めていたようだ。
今日の仕事といっても、ニーベルジュ領の経営に関するものだ。明日は領内を視察する。その前に、視察予定の場所の情報を再確認しておきたかった。
椅子に腰掛け、机に並べた資料を手に取ったものの、嫌な予感がした。にたにたと笑いながらこちらを見ているグレンに気づき、アクシオはため息をつく。
「言いたいことがあるなら早くしろ」
「アクシオ様から何かしらのご報告でもあるのかなあって期待しているんですけどねえ」
「なっ……」
その言葉にアクシオが目を見開く。思い当たるものがありすぎるのだ。
なぜグレンが知っているのかわからず、動揺して手に取った紙束がばさばさと足元に落ちた。
「な、なんで、お前が……!」
「そりゃもちろん知っていますよ。馭者から話を聞いていますからね。奥様が薬を盛られて、アクシオ様が送っていったと」
心臓がばくばくと急く。
アクシオはついに何も言えなくなり、その場に固まるしかできなかった。
「女性に興味ないなんて話していたアクシオ様がこの行動ですよ。面白いじゃありませんか。それでどこまで進展したんです!? 送っていくつもりが、送り狼になっちゃったなーんて面白い展開になっていませんか!?」
実際、そうなっている。
だが彼の前では認めたくない。揶揄われる未来が見えている。
ここは平静を装うべきだ。そうじゃなければ根掘り葉掘り聞かれてしまう。
アクシオは足元に落ちた書類を拾い上げながら、普段通りになるよう気を払って答えることにした。
「妙な誤解をするな」
「えー。じゃあ、ただ送り届けて終わりだったんですね?」
「何事もな…………い」
歯切れの悪い返答となってしまったが、グレンはそれを素直に受け止めたらしい。
大げさにため息をついて「なあんだ」とぼやいている。
「奥様が飲まされた薬が催淫剤の類いだったと馭者から聞いていたので期待したんですが……そうですよねえ、アクシオ様ですもん」
「それは俺に失礼だろ」
「しかし奥様も可哀想ですね。毒であれば解毒薬という手段がありますが、催淫剤の類いならばつらいでしょうに」
それを聞いてアクシオが向き直る。
「……催淫剤にはどんな手段が有効なんだ?」
毒であれば解毒薬という話から生じた疑問だった。催淫剤を飲まされてしまった者には何が効くのか。薬があるのかと期待したのだが、グレンの返答は想像と異なるものだった。彼はけろりとした顔で告げる。
「特効薬みたいなものはないですからね。発散するのが一番では?」
発散、つまりは――。
再び、アクシオに動揺が走る。予想外すぎる返答に、なぜか噎せてしまった。
拾ったばかりの書類を落とし、アクシオは咳き込んでいる。
「アクシオ様?」
「い、いや! 違う! 驚いただけだ!」
「そうは見えませんけどね? ともかく、真相のほどはわかりませんが、それが良い方法だと聞いたことがありますよ」
ようやく落ち着いたものの、この話題に耐えられる気がしない。
それでなくても昨晩は『夜梟』として接していたのだ。次にヴィルエに会う時、アクシオは何も知らぬ顔をしなければいけない。
(心臓が持たないな)
はあ、と深くため息をついて気持ちを切り替える。
まずはこの話から逃げなければ。アクシオは真面目な顔に切り替え、グレンに問う。
「ところで調査はどうなった?」
アクシオはグレンにある事柄の調査を依頼していた。
それは、ヴィルエの目的についてである。
「王家の者に確認が取れました。これが奥様の目的でしょう」
グレンがこちらに歩み寄り、用意していたのだろう書類を手渡してくる。
どうか彼女が敵ではないように。敵だとしても傷つけることなんてできないから。
引き返せない感情を抱き、願いを込め、その文字に視線を落とした。




