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7.相互監視

 朝の支度を終えて食堂に行けば、当然のようにアクシオが待っている。朝食も二人分用意されるため逃げ場がない。二人の間に会話は少なく、人数は増えたというのに食堂は静寂に包まれている。


 ヴィルエはテーブルを挟んで向かいにいるアクシオの様子を窺う。彼はこちらに声をかけることもなく、淡々とした様子でスープを口にしていた。


 ならばとヴィルエも気にせずに食事を進める。

 しかし、昨晩のやりとりには気になるものがあった。『夜梟』であるアクシオがデールに関わるなと忠告してきた理由だ。


(デールは暗殺者を雇った。旦那様が『夜梟』として依頼を受けた可能性がある。だから正体を知っている私を近づけたくなかったのかもしれない……ならばチャンスだわ)


 デールが企む計画が暗殺者を雇ったところまで進んでいるとわかったが、実行日はわからない。セラティス暗殺の実行日がわかればガードレット王にそれを伝え、防備を固めることができる。


 実行日が知りたい今の状況だが――アクシオを利用すればいい。

 幸いにもヴィルエはアクシオのそばにいる。アクシオがヴィルエを監視している間、ヴィルエもアクシオを監視できるのだ。彼が屋敷から姿を消せば、『夜梟』として行動している可能性が高いことになる。


(絶対に止めてみせるわ。私はオルナとセラティスを応援するって決めたんだもの)


 伯爵令嬢と王子による王道の恋愛。幼い頃に知り合い、時間をかけて恋心を育て、ようやく結ばれたのだ。だというのにセラティスが殺されてしまえば、二人の美しい恋愛物語は悲劇へと変わってしまう。

 心から応援する者として、その恋愛に羨望を抱いた者として、何があっても二人を守り抜きたい。


 自らの気持ちを再確認しながら、彼の様子を見ていた――つもりであった。顔をあげた彼はこちらの視線に気づくなり、困ったように首を傾げた。


「そんなに睨まれると食べにくい」


 気づかぬうちに彼を睨んでいたらしい。そのことにはっとしつつも、ヴィルエはいつも通り不敵に微笑む。


「まさか今日も食事をご一緒するとは思っていなかったもので」

「お前と顔を合わせる機会を増やすと話していただろ」

「この遊びにも飽きる頃では? 悪妻と共に過ごしても楽しくないでしょう」


 昨晩、アクシオが悪妻と言っていたのだ。その恨みを込めてその単語を口にしている。今日の調子ならばアクシオが反論してくるだろうと構えていたものの、彼はスプーンを持つ手をぴたりと止めていた。


「その、昨日の……昨晩のことだが」


 気まずそうな物言いに、いやな予感がする。


 アクシオは、ヴィルエを壁に押しつけてしまったことについて詫びようとしているのだろう。

 ヴィルエだって部屋に戻ってからも考えていた。だが、あの時の距離の近さや、彼のアイスブルーの瞳を思い出すたび顔が火照ってしまいそうになる。

 その反応は『夜宴の黒花』にあるまじき乙女のものだ。二度と、あのような醜態を見せてはならない。

 彼がこれ以上言葉を紡がぬよう、ヴィルエは毅然とした態度で遮った。


「お気になさらず。慣れていますので」

「……は? それにしては、顔を真っ赤にしていただろ」

「見間違いでしょう」


 我ながら苦しい言い訳だ、とヴィルエは心の中でひとりごちる。しかしわざわざ、顔が真っ赤だったなどと指摘しなくてもよいだろう。デリカシーのないアクシオが憎らしい。


 ともかく話題を変えなければ。この話を蒸し返されたくない気持ちで、ヴィルエはアクシオに問いかける。


「ところで、アクシオ様は今日もお屋敷にいらっしゃるの?」

「なんだ。お気に入りの貴族にでも会いに行くつもりか?」

「どうでしょう。旦那様には関係のないことよ」


 目的はアクシオの外出について――つまり『夜梟』が動くのかを確かめたい。

 だがアクシオもこちらに警戒しているのだろう。彼はコーヒーを飲み干した後、ヴィルエの問いに答えた。


「俺の予定についても同じだ。お前には関係ない」


 簡単に答えてはくれなさそうだ。そうなると彼の様子を見張るしかない。


(では、私も監視させてもらうわね、旦那様)


 アクシオはヴィルエを監視しているつもりだろうが、ヴィルエだってアクシオを監視する。穏やかに微笑みながらも、腹の中ではその計画を立てていた。


***


 食事を終えたヴィルエはいくつかの本を手にし、応接室に陣取った。ここは主に来客を出迎える部屋であるが、アクシオの来客は執務室に向かうことがほとんどだ。ここの応接室は執務室に入れたくない来客相手に使っているのだろう。


 なぜ応接室を選んだかというと、屋敷を出入りする人を確かめるにはここが最適だからだ。ここは玄関ホールや廊下に面しているので、来客を確かめることはもちろん、アクシオが外出する時もわかる。


 標的であるアクシオだが、彼は食事が終わるなり自室に戻ってしまった。グレンを呼びつけていたことから、ニーベルジュ領についての話し合いを行うのだろう。


 屋敷には、ニーベルジュ領の者たちがよく訪れる。領主であるアクシオへの報告や陳情が主だろう。

 しかし、想定していたよりも来客が多い。

 ニーベルジュ領にいる者たちなのか、農民らしき格好の者にはじまり、小綺麗な格好をした男もいる。だが、夜会で見かけた顔ではなかったことから貴族ではないのだろう。


 応接室に扉はなく、石造りのアーチを設けて開かれている。そのため玄関ホールに入った来客は、応接室にいるヴィルエを見かけるなり、ひそひそと噂をしていた。


「噂の奥様だ。ニーベルジュ領には興味がないそうだけど」

「遊び回っているらしいぞ。アクシオ様もとんでもない悪妻を迎えたものだ」


 ヴィルエは気づかぬふりをする。婚姻から一ヶ月経っても領地に顔を出さず、屋敷にこもっているか夜会に行くかの日々だ。彼らが悪評を口にするのも当然だ。


(悪妻と言われたって構わないわ。私にはやるべきことがあるもの。むしろ心地よいぐらいよ)


 貴族相手でもそうだが、恐れられている方が楽なこともある。


 そう考えているうちに領民の意識はヴィルエから離れていったらしく、聞こえてくる話題は別のものに変わっていた。

 話の内容まではわからないが、一瞬だけ見えた彼らの表情は明るいものだった。互いに笑い合っている。領主の声で笑い声を立てるほど。


(意外ね。旦那様、領民には慕われているのかもしれないわ)


 領主であるアクシオの屋敷に入ってきても臆する様子はなく彼らは楽しげで、そしてここを通る者は誰一人として暗い顔をしていなかった。つまりアクシオのことを心から慕っているのだろう。

 ヴィルエは知らなかったが、アクシオは良い領主であるのかもしれない。


 応接室に陣取り、様子を探る。来客たちは二階にあるアクシオの私室に向かったようだ。

 何人もが階段を上っては、下りていく。しかしアクシオが二階から降りてくる様子はなかった。人々が行き交い、時にはグレンが慌ただしく通り過ぎる。

 アクシオは昼食の時間になっても現れず、部屋にこもったままだった。


***


 異変に気づいたのは夕食のため食堂に入った時であった。


 テーブルに用意されているのはヴィルエの食事のみ。朝はアクシオの分が用意されていたが、今回は一人のみだ。

 これに違和感を抱いたヴィルエは、そばにいた侍女に声をかけた。


「旦那様は? 自室で召し上がるの?」


 問いかけられた侍女は驚いたような顔をしていた。ヴィルエがアクシオについて尋ねると思っていなかったのだろう。


「今日の夕食はいらないと聞いていましたが」

「まだ部屋にいるの?」

「申し訳ございません。命令がない限りグレン様以外は旦那様の私室に近づけないのです。ですので、私は何も……」


 なるべく応接室にて見張るようにはしていたが、席を外した時もある。だが二階にいるはずのアクシオが出て行くような様子はなかった。


(まさか――もう屋敷にいないのでは?)


 その疑問が浮かぶなり、ヴィルエは駆けだしていた。


(以前も部屋の窓から出入りしているようだった。もしかしたら今回も、私に気づかれないよう窓から出て行ったのかも)


 静かな夜であれば物音も聞こえるかもしれないが昼間ではあまり聞こえない距離にある。自室に張り込んでいたとしてもアクシオが出て行くのはわかりにくい。


 焦りがヴィルエの足を急がせる。

 アクシオの私室前に着くとドアをノックする。が、返答はない。

 ドアに耳をつけてみるが物音は一つも聞こえず、人の気配も感じられなかった。


(誰もいない……やっぱり出かけたんだわ)


 彼は『夜梟』なのだから油断してはいけない。彼をこの屋敷から出してはいけなかったのだ。

 そう考えても時は遅い。どれほど後悔しても時間は巻き戻らないのだ。

 そうなればと次の手を考える。どうにかして彼を止める方法はないだろうか。これから追いかけたとして間に合うだろうか。


 ドアの前で立ち尽くして考えこむ。そんなヴィルエに近づく者がいた。


「ヴィルエ様?」


 現れたのはミゼレーである。

 昨晩、夜会の後からミゼレーは戻っていなかった。レインブル家にてヴィルエの代わりに報告した後、デール・クラウザー周辺を探っていたのだろう。


 ミゼレーが現れたことにヴィルエは安堵した。ヴィルエであれば出かけても目立ってしまうが、ミゼレーならばごまかしやすい。


「急ぎお願いしたいことがあるの。戻ったばかりなのに申し訳ないけれど良いかしら」


 ヴィルエの様子から緊急事態だと悟ったらしく、ミゼレーは顔を強張らせて頷いた。


「今すぐにセラティス王太子の安否を確かめてほしいの」

「今すぐに……ということは、何かがあったんですね?」

「ええ。お願いよ。あなたにしか頼めない」


 話が終わるとミゼレーはすぐに動きだす。このまま屋敷を出て行くのだろう。彼女の背を見送った後、ヴィルエは両手を前に組んで目を閉じる。


(あとは願うだけよ。どうか私の杞憂であってほしい。セラティス王太子が無事でありますように)


 自室に戻ることも考えたが落ち着いていられない。ミゼレーが戻ってくるのを待ちたい。ヴィルエは再び応接室に戻り、落ち着かぬ時間を過ごすこととなった。


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