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13.First mission

その分厚いオーク材の扉を押し開けると、麦酒と汗と鉄錆が混ざった熱気がどっと押し寄せてきて、思わずよろめきそうになった。


人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族、吸血鬼、グール、ゴーレム、河童、天狗、ハーピー、狼人、牛頭人、猫人、狐人、竜人、タイフーン、精霊、夜刀神、ピクシー……

そこかしこに――


ヒヤシンスが俺の背後から半分だけ顔を出し、翼をわずかに広げて、その緑の瞳をあの川辺で俺を捕まえた時よりも見開いている。


「……すごい……」

「あちこち見るな。俺について来い。」


声を潜めて、報酬のことで言い合っている二人のドワーフの間をすり抜ける。彼らの声は喧嘩のように大きいが、よく聞けば「五十ナッシュの差額を一日余計に歩く価値があるかどうか」を議論しているだけだった。


東京と何も変わらない。うつむいて黙って人混みを縫うだけだ。特筆すべきことでもない。


ホールの奥の壁には、幅三メートル、高さ二メートルほどの巨大な掲示板が掛かっていて、羊皮紙や布切れがびっしりと留められている。無数の手に触れられた縁は、使い込まれてつやつやと光っていた。


典型的なやつだ。過剰なやりとりは不要で、純度の高い情報伝達――中世から始まったものだ。


しかし、どうやら時間が遅かったせいか、掲示板は大方剥がされた後で、隅っこにぽつぽつと残っているだけだった。


長期指名手配:‘血手’コーン・ブロック、懸賞金一千二百ベト、生死問わず。

隣にも似たようなものが何枚か貼ってあり、賞金は四百から八百ベトまで様々だ。どれも大雑把な似顔絵が添えられていて、絵が雑すぎて性別すら判別できない。


こういうのは絶対にダメだ。一つは土地勘がなくて迷いやすいし、二つ目は俺が到底太刀打ちできる相手じゃない。


視線を外す。


掲示板の中ほどに、少し新しい紙が貼ってあった。質が明らかに指名手配書より良くて、字も丁寧だ――


素材収集:月光苔(げっこうこけ)。鉄砧堡の北西、約三日ほどの距離にある満月峡谷の内壁に生育。鮮度に応じて一株五〜十五ナッシュで買い取り。長期募集。提出先:ギルドのカウンター。注意:峡谷内には低級魔物が出没するため、同行者との行動を推奨する。


さらに下を見る。


ピンク色の紙。端には花の模様が印刷されていて、黄ばんだ灰色の掲示板の中でやけに目立っていた――


討伐依頼:高級淫魔(インキュバス)一匹。鉄砧堡の南東、半日ほどの廃教会跡に出現。既に男性村民三名が精神錯乱に陥り、女性村民一名が行方不明。懸賞金:一百ベト。備考:淫魔は精神攻撃と幻術に長けるため、精神耐性がLv.30以上の冒険者の受注を推奨する。未成年の冒険者は任務エリアへの接近を禁ずる。


おおっと、こういう任務もあるのか――と、さりげなく半歩横にずれて、ヒヤシンスの視線を遮った。


「なに? 見せてよ――」

「なんでもない。高ランクの依頼ばかりだ。俺たちはこれにする。」

「月光苔? 何それ? 食べられるの?」

「さあな。とにかく行くぞ、カウンターで登録だ。」

「あのピンク色のやつ――」

「子どもに見せられないやつだ。聞くな。」


———————————————————————————————————


道中、ずっとヒヤシンスを慰めていたけど、実際には自分自身に言い聞かせているようなものだった。


「見ろよ、異世界モノの主人公は大概、素材採取から始まるんだ。『異世界ゆるり素材採取ライフ』とか『素材採取家の異世界旅日誌』とかさ……」


どれも読んだことはない……でも帰り道に広告を見たことがあるし、和也が何度か話してた。


「いい依頼だぞ! 主人公が基礎スキルを伸ばせるだけでなく、思わぬ収穫があるかもしれない。例えば毒草を大量に食べて毒耐性を得るパターンとか――」

「天夢、何言ってるのか全然わかんないよ……『主人公』って何なの? 『異世界モノ』って何なの?」

「……いわゆる『主人公』ってのは――」


十五分かけてそれらの用語を説明し終えた頃には、満月峡谷に到着していた――名前だけはなかなか威勢がいい。


だが、実際に峡谷の入り口に立って見上げた時、最初に浮かんだ感想は――


「……ただの乾いた川底じゃねえか。」


確かにただの乾いた川底だった。


両側の岩壁は十数メートルの高さで、灰色がかった色をしている。表面には風化による縦に走るひび割れが無数に入り、何本かの枯れた潅木が岩の隙間から必死に顔を出している。葉っぱはしおれて、三日間水を飲んでいない人のように垂れ下がっていた。


谷底はかなり広く、馬車が五、六台並んで走れるほどだ。地面は細かい砂利と丸石で覆われていて、踏むとじゃりじゃりと音がする。


満月らしさはどこにもない。今は昼間だから当然だが。


「……ここに苔が生えるのか?」

「知らねえよ。俺は苔なんて見たこともない。」

「見たことあるだろ、お前んちの壁の根元にある緑のベットリしたやつ。」

「ああ! あれが苔か!」


奥に進むほど、その乾燥感は強くなっていく――空気に水気はまったくなく、息をするだけで喉が詰まる感じがする。両側の岩壁は灰色がかった石から次第に濃い茶色へと変わり、ところどころに黒い鉱物の縞模様が傷のように走っているのが見える。足元の砂利は次第に細かくなり、音もじゃりじゃりから湿ったざらざらへと変わっていく……


内心、もう不安でいっぱいだった。

こんな環境――乾燥して、日差しが強く、水源がない――とても苔が生えるとは思えない。

苔なんてものは、生物の授業で習った通り、湿っていて日陰で水の近くを好む植物だ……


峡谷は前方五十メートルほどで曲がっており、その角に大きくて灰色がかった黒い影が見えた。

近づいてみると、それは高さ二メートル、幅三メートルほどの巨石で、表面は粗く、苔が枯れた後の黒い跡が無数に残っていた――かつてそこに生えていた証拠だ。


そして石の根元には、明らかな水位線があった。

水がかつてここまで達していたのだ。


そこで問題に気づいた。


この石は谷底に横向きに詰まっていて、本来川が通るべき場所を完全に塞いでいた。だが石と左側の岩壁の間には、幅約五十センチの隙間が空いていた――水はそこから漏れ出していたのだ。

その隙間の下には、水が削った浅い溝が岩壁に沿って続き、低い方へ延び、曲がりくねって峡谷の外の潅木の中へと消えていた。


そして、俺を激しく怒らせるものを見つけた。


石のてっぺんに、歪な字で、はっきりとこう刻まれていた。


悠斗❤イビゴラン


このリア充め! さっきまで父さんや母さんや妹のことを思い出して寂しくなってたのに、今はお前とお前の取り巻きを殺してやることしか頭にない! 地獄を見せてから、残酷に殺してやる!


「わあわあわあ、勇者様のサインだ!!!……なんでそんな目で見るの!? 怖いよ!!!」

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