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事件はファミレスで起きている。

 グラスのオレンジジュース。

 缶のエナジードリンク。

 デミタスカップのエスプレッソ。

 テーブルが三者三様だった。

 "で、俺に何の用だ?"

 塚木が口火を切ろうとしたのを

「おいしー!濃い!」

 みつきのすっとんきょうな声がさえぎる。

 やれやれとコーヒーをすすると

「あ、うわ、どうしよ」

 春人が缶の口からふきこぼれる泡にテンパっている。

 俺もずいぶんな奴らに待ちぶせられたな。

 塚木は、表情を変えず、歯で苦笑した。

「慣れてないんだろう、ああいう夜の街は?」

「うん」

「はい」

 この問いは、もちろん塚木なりのアイスブレイクだ。

 2人が非行型でないことは、もう分かっている。

「じゃあなんで署に来なかった?俺は薬対だぞ。若いのから会いたいと言われれば、会わなくもないんだ」

「それが、じつは、なんというか……」

「塚木さんだけへの耳寄情報なの」

「ふーん、そいつは、ありがたいな。友達が何かクスリやってるとかか?心配しなくていい。俺は口が固いからな」

「あの、あの、違うんです。怪談というか……」

「おじさん、クラインの壺って知ってる?」

「知らんなあ」

「数学者が考えた壺なんだけど」

「ほお」

「内と外が無限ループしてて、現実にはありえない形なの」

「錯視図形、みたいなもんか?」

「かもね。でも、そのありえない形がありえちゃったの。それも、むか~しむかしに」 

「……」

「壺の底が秘境の泉につながってて、飲んでも飲んでも水が満ちたままなんだって」

「便利じゃないか」

「でもね、それを飲むとおかしくなっちゃうんだ」

「んなもん飲む奴どうかしてるさ」

 3人ともカラカラ笑った。

 出る幕のない春人だったが、塚木の鷹揚な態度には感服していた。

 きっと取り調べの時も、こんなふうに相手の話を聞くだけ聞いて、証言を引き出していくんだろうかと。

「飲むと、どうおかしくなると思う?」

「あんまりにもおいしくて、それなしじゃいられなくなる」

「ピンポーン!」

 みつきは、的を射た答えに目を丸くした。

 かたや塚木は、意味ありげに目を細めている。

 こいつらゾンビ酒のことを知ってやがる——そう勘づきつつあるのだった。

「じゃあ今、その壺、どこにあると思う?」

「よもぎ町か」

「すごーい!刑事さんて、頭いいんだね」

 みつきはパチパチ手をたたき

「これ、あげちゃう」

 グラスのふちのカットオレンジをア~ンとばかり塚木の口元に持っていった。

 塚木はそれをためらいなく食べつつ

「よもぎ町のどこにあるんだ?その薬物(ブツ)は。だれが持ってる?」

「だあれも」

「俺は口が固いと言ったろ」

「ほんとにだあれも。けど、どこにあるかは分かるかも」

 塚木は残り少ないエスプレッソを飲みきり

「教えてくれると、うれしいなあ」

 注文用のタッチパネルで、フルーツケーキを頼んだのだった。

「きゃー!『春果実のムース』!季節限定のやつだあ!」

 みつきは大喜びで

「あのね、壺は明治時代、よもぎ町のお金持ちの家に渡ったのが最後の記録なの。今じゃすっかり落ちぶれちゃったんだけど……」

 塚木の脳裏に、稲妻が跳ねた。


 その名家は、ゾンビ酒の製法を知っていた。

 というより、知っていたからこそ財を成した。

 だが、時代の流れとともに薬物の規制も厳しくなる。

 名家は、零落していった。

 が、その秘法だけは残った。

 その末裔が、ゾンビ酒とSNSと組みあわせた犯罪モデルを思いついた。

 

 塚木は、全身に力がみなぎるのを感じた。

 我ながらオカルティックな推理だ。

 だが、飛躍はあれど矛盾はない。

 裏を取ってみる価値はある。

 『春人』『みつき』と名乗るこの2人が何者か、今のところどうでもいい。

「ひょっとしたら、呪いの壺だったのかもな。持主を悲惨な運命に陥れる、みたいな」

 塚木は、口元のゆるみを抑えられなかった。

「僕たち、その壺を探してるんです」

 春人が、口を開いた。

 ケーキが運ばれてきて、みつきが狂喜乱舞する前に本題を切りださねば、と本気で焦っている。

「名前だけは分かってます。鶴ケ崎家だそうです。どうか力を貸してください」

 みつきは、春人が妖怪退治に協力的になったと、嬉しかった。

 2人で家名を調べたが、その子孫が現代どこでどうしているか、知ることはかなわなかった。

 だが、刑事を味方につければ、話は違ってくる。

 それが2人の作戦だった。

 そろって頭を下げようとしたが、塚木はただならぬ様子で上を見ている。

「なんてこった……」

 そう呟いて、視線を戻し

「もう1回、確認させてくれ。鶴ケ崎家....だな?」

「そうです」

「そうだよ」

「まさか、そんなまさか」

 今度は下を見た。

「奥さんの実家とか?」

 みつきが、埒もないことを言う。

「ニュースは見てるか?」

 塚木が問う。

「ニュースで言ってただろう。1人だけ自首してきた奴がいるって。あいつが鶴ケ崎だ」

 春人とみつきは、声も出ない。

「なんてカムフラージュだ!下っ端のフリして、実は首謀者だったってわけか?」

「あれれ?でも、一件落着じゃない?自分から捕まりに来てくれてるんだから」

 塚木は、すごい目でみつきを見て

「そう思うか?たしかに奴は、大胆な知能犯だ。自首してきたのも、自分が住むよもぎ町ばかり荒らしたのも、指示役の疑惑を逃れるためだ。けどな、そういう奴ほど根は脆い。昨日の夜、留置所で首を吊っちまったよ。まだ報道にゃ出ちゃいないがな」

「えー、マジで?」

「ああ、マジってより、マズい。相当にな。めあてのドラッグが急に手に入らなくなったら、実行犯ども、何しでかすか分らんぞ」

 2人は、ハッと思いあたったように言葉を失った。

 ややあって

「だ、だけど」

 春人が口を開いた。

「鶴ケ崎って人が死んだなら、逆に壺の場所は分かるんじゃない?そ、そうでしょ、みつき?」

「どういうことだ?」

「いえ、その、説明しづらいんですけど、蝶を使う方法です」

「蝶だと?」

「あっ、そっか」

 みつきがポンと手を叩いた。

 

「信じられん……」

 塚木が驚いている。

 本当に壺が見つかったからだ。

 壺は、木箱に入れられて、町はずれの大きな空地に埋められていた。

 しかも、みつきが言ったとおり、なみなみと水をたたえている。

 蝶は人の念の運び屋である。

 蝶が飛んでいるそばで、人がコンビニへ行きたいと思えば、コンビニへ飛んでいく。

 そういう霊的特性を持つ。

 とくに死者の念については、すでに肉体という枷が外れているため、蝶に乗りやすい。

 みつきは、それを利用した。

 簡易的な降霊術を用いて、鶴ケ崎の魂を蝶に宿らせ、壺の所まで案内させたのだ。

 蝶は、春人の部屋の蝶を呼びよせて使った。

「これが本当にドラッグなのか?」

 塚木は、ただの水にしか見えん、という目で壺の中を見ていた。

「ふう、一件落着」

 みつきが、手の甲で額をぬぐう。

「いやいや、掘ったの僕だから!」

 シャベルを持った青息吐息の春人が、憤慨する。

「まあまあ。あたしの仕事はこれからだから。壺の呪いを解いて普通の壺に戻しとかなきゃいけないもんね。」

「頼むよ……」

 春人はその場にへたりこんだ。

「もっと忙しくなるらしいぜ」

 塚木が言った。

 3人を表情のない少年少女が大勢で囲繞していた。


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