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みつき爛漫

 色には力が宿る。

 赤は情熱。

 青は理性。

 黄は陽気。

 だから、何を着るかでエナジーの方向が決まる。

 1日をどう生きるかの意思表示なのだ。

「うん、これ、めっちゃいい!」

 佐藤満月(みつき)は、鏡の前でポーズを決めていた。

 片手を腰に当て、他方の袖をヒラリと広げている。

 やはり巫女装束なのだが、今日は袴が黄色だった。

 鏡の中の自分と目が合って気恥ずかしそうにクシュッと笑い、ポーズを変えた。

 元気いっぱいのバンザイ。

 遠近を付けた両手ピース。

 片足を上げたオテンバ。

 手で口を隠してビックリ。

 頭を抱えてガビーン。

 黄色い袴が揺れるたび、部屋が明るくなるかのようだった。

 めっちゃいい、というのは、袴のことを言っているらしい。

「あっ」

 みつきは、思いだしたように黄色い花の髪飾りを付けると

「おそろいだね」

 鏡に話しかけたのだった。

 ふんわりまるみがあるアンティーク調の姿見だ。

 金色(こんじき)(つた)にふちどられており、ところどころやはり金色の花があしらわれている。

 みつきは、ふたたび鏡に正対すると、自分の背後に映る者に

「ごきげんうるわしゅう?」

 袴をつまんで左右に広げ、洋風の挨拶をした。

「ハハハ……」

 返ってきたのは、苦笑だった。

 苦が9割、笑が1割であるが。

「いいよ、すごくいい」

 春人はそう言ってすぐ

「うれしいね。こんなむさくるしい部屋で、そんだけ喜んでもらえたら」

 こんな世辞を言った。

 みつきは、パアッと目を輝かせ

「じゃあさ、じゃあさ、模様替えしちゃってい~い?あたし好みに!」

 春人は高笑いして

「悪いね、何度も」

 礼を言ったのだった。

 メチャクチャにしてくれたのもお前みたいなもんだろうがという思いが、変なふうに口をついたのである。

 穴だらけ傷だらけの春人の部屋。

 部屋はその人の心を表すと言うが、みつきというハリケーンが春人の常識をぶち壊した今の状況を象徴していた。

 スタイリストになりきったみつきは、顎をつまんで部屋を見まわし

「うん……うん、悪くない」

 かってに納得している。

 ツッコむ気力もない春人だが、ひそかにみつきに感謝してもいた。

 朝から晩まで電気もつけずにゲームばかりしていた頃の部屋に比べ、たしかに灯るものがあるのだから。

 床の穴からヒョッコリ出た芽が、思いがけずヒマワリになったみたいな……。

「決めた!」

 みつきの張りきった声に春人はビクリとした。

「テーマは『春と君』でいく!」

「テーマ?」

「そう、やっぱ春人くんの部屋だからね。読み方を変えれば『春と(くん)』になるようにと思って。うれしいでしょ?」

「ん、ああ、ありがとな」

 わけも分からんまま言った礼にみつきは答えず、部屋の端まで歩いていって

「よいしょ」

 カーテンの破れに手をつっこみ、ひび割れた窓を開けはなった。

 とくに風はないので、どうという変化もない。

「ポカポカ、フワフワ、ウラウラ、サラサラ、ソヨソヨ、ヒラヒラ、ワクワク、キラキラ……」

 みつきは、外に向かって、呪文のように呟きはじめた。

 それが春にまつわる擬音であることは春人にも分かる。

 やがて、すでに言った擬音のくりかえしになった頃、カーテンが踊りはじめた。

 風ではない。

 みずから意思を持つがごとく、愉快そうに動いているのである。

 なんだか春人まで心が弾んだ。

 みつきは、あいかわらず呟いている。

 と——部屋の内部に変化が起こった。

 壁の穴、床の傷をふさぐかのように草が茂ったのである。

 そこに、小さな黄色いつぼみが点々とほころぶ。

 いつのまにやら黄色い蝶まで舞っている。

「うわ、待って、ちょっと待って」

 聞いて、みつきは呪文を切って振りむき

「ん?まだ気に入らないとこある?」

「ない!じゅうぶんだ。マジありがと」

 あわてふためいて答えた。

 みつきはそれに満足そうな表情を浮かべ

「じゃあ、みんな、よろしくね」

 あちこちに目をやりながら言った。

 草がサワサワ、花がフワフワ、蝶がハタハタそれに答えた。

 ほんの一瞬、春人は詩人になったのだが

「あ!」

 なんと机の上のPCからも草花が沸いている。

「やっべ」

 あわてて電源を入れる。

 驚くべし、ふつうに起動できた。

「すごいでしょ。今、この部屋に招いたのは霊的な春だから、物を壊しちゃうようなことは基本ないの」

 みつきは得意げに言った。

 それでも「基本」の一語が怖いあまり、動作確認のつもりで、いつもの動画サイトを開いてみたのが運の尽き。

 お気に入りのエロ動画、それも佳境の部分が再生された。

 放心する2人の前を蝶がとりなすように泳ぐ。

「アッハッハッハ」 

 沈黙を破ったのは、みつき。

「さすがだね、春人くん。きわどい意味の春も、ちゃんと生活に取り入れてるなんて」

 片手で顔を覆い、他方の手で春人の頬をやさしく打った。

 春人は、ぐうの音も出ず、動画を最新ニュースに切り替える。

『××市よもぎ町で起こっている連続強盗事件についてです。

 深夜の住宅に複数人の強盗が押し入って暴力を振るい、金品を奪う事件が、先月から数えてすでに5件、発生しています。

 警察は、いわゆる闇バイトによる犯行ととらえ、捜査を進めていますが、なぜここまで局所的なのかなど、依然として謎は多いままです。

 唯一、自首してきた37歳の男は、ゾンビになれる酒が飲みたい、と供述しており、警察は男の薬物使用歴を調べるとともに精神鑑定を進めています』

 春は土中の生命が動きだす覚醒(めざめ)の季節だ。

 それにまぎれて、地獄の住者が地上に這い出てくる季節でもある。

 ありうるようでありえない妖しの事件が、しばしば起こる。

 そんな意味のことをみつきが口にしたのは、ニュースが選挙の話題に変わってからだった。

 

 

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