表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

湧いて出たヒロイン

 なんだよ……これ……。

 25歳の関根充(せきねみつる)は、現場を見て思った。

 寺が、燃えている。

 あちこちから轟々と炎が噴きだし、おびただしい火の粉が夜空に舞う。

 関根は、地域の消防団員だ。

 火災の一報を受け、寝間着(ねまき)同然で走ってきたのだ。

 ところが到着してみると、見たことのない火勢である。

 さびれた寺から、それも深夜に、どうして出火するのか。

 そんなこと考えてる場合か!

 関根は、今どうすべきかに意識を集中した。

 現時点で、消防関係者は自分だけ。

 すでに消火器の出る幕ではない。

 ひとまず、遠巻きの見物人たちにもっと離れるよう叫び、寺のほうに目を戻した。

 そして関根は魔物を見たのだった。

 堂の中に、ひとつの黒い影が、かけずりまわっているのだ。

 人ではない。

 よつんばいである。

 火の海をダーッと横切ったかと思うと、犬のようにグルグル回ったり、激しく飛びはねたりしている。

 熱がるよりも、むしろはしゃいでいるふうだ。

 やがて、黒い影は、勢いあまって寺の外にころげ出た。

 熊!?

 そうではなかった。

 熊ほどもある巨大な鼠だった。

 ぶっくりした体に、火傷ひとつない。

 しかも、まるで人間のようにキューッと口を曲げて笑っている。

 血が凍った。

 鼠は、しょうこりもなく、火の寺に駆けこむと、燃えたつ柱にむしゃぶりつき、その赤い舌でベロベロ舐めた。

 すると、油でも塗ったように、その部分の炎がボワッと強まった。

 鼠は満足そうに目を細めると、床に、戸に、庇に、同じことをくりかえしてゆき、火事を育てた。

 こいつが!?

 関根の脳裏に、恐ろしい直感が。

 こいつが、火をつけやがったのか!?

 もはやそうとしか思えない。

 あるいは、俺の頭がイカれちまったのか?

 関根の混乱をよそに、鼠は嬉々として寺をしゃぶりあげた。



 ジャーッ

 自宅トイレで用を足した春人は、石鹸でよおく手を洗った。

 進歩したな。

 洗いながら、思う。

 これまでなら、ろくに手洗いしなかった。

 それが洗うようになった。

 きっかけは、こないだの恐怖体験だ。

 妖怪を彷彿とさせるような”汚らわしいもの”を身の回りから排除したい。

 そうすれば平穏なひきこもりライフが戻ってくる——まあ、一種の願掛けだ。

 ドアを開けて戻った自室も、前よりいくらか片付いている。

 まず、散乱していた雑誌がない。

 そして、使わなくなったゲーム機も押し入れで黙っている。

 たまっていた埃も、掃除機に吸わせた。

 ところが!?

 部屋のど真ん中で、異常事態が発生していた。

 バスケットボールくらいの塊が、フワフワ浮かんでいるのだ。

 赤と白。

 質感は布っぽい。

 空中でモゴモゴ動いている。

 春人は、まばたきを忘れた。

 と、塊がフワッとほぐれて、何か分かる状態になった。

 着物だった。

 白い羽織と赤い袴。

 両者は、わずかに戯れると、展示品のような正しい位置関係になった。

 そして、内側からそっとふくらみ始め、まるで透明人間が試着したみたいになった。

 次の瞬間、透明人間はパッと明るい光を発し、実物の人間になっていた。

「ふー、よかった、うまくいって」

 佐藤満月(みつき)は、胸に手を当て、安堵の表情を浮かべた。

 そして、部屋の隅で声も出ない春人を見つけ

「ね?うまくいったでしょ?」

 腰に手を当て、エヘンとばかり胸を張ったのである。

「……何がうまくいったの?」

 春人は口を開いていた。

霊手繰(すだまたぐり)の術」

「スダマタグリ?」

 みつきはニッコリうなずき

「うん。春人くんに用があって」

「いや、てことは今のって、どこへでも行けちゃうの?」

「ううん。春人くんの部屋だけ」

「はあ?」

「ほら、春人くん、あたしで変身したでしょ?あれで霊的に繋がっちゃったの。だから来れた」

 何が何だか分からない。

 しかし、それでもあるていど会話が成立するようになってしまっている自分になんだか危機感を覚えた。

「全然わかんないんだけどさ、これから僕の部屋にフリーパスってこと?」

「そだよ」

「困るって」

「なんで?」

「いや、部屋に勝手に入るのとかってどうかと思うよ」

「入ったというより生じた、だけどね。それに........」

 みつきは、胸を隠すしぐさをしながら

「あたしのおっぱい見たでしょ?」

「ありゃしかたない!」

「じゃ、これも結縁(けちえん)が生じちゃったんだから、しかたないよ」

 なぜだか駄々っ子をなだめるがごとく、春人の頭を撫でたのだった。

 春人は、長い長い溜息をつくと

「さっき言ってた用ってのは?」

 みつきはポンと手を叩き

「ああそうだった。春人くん、発火鼠(はっかねずみ)って分かる?」

二十日鼠(はつかねずみ)、じゃなくて?」

 ここでみつきはクシュッと苦笑し

「だったらかわいいんだけど」

 真顔で声をひそめたのだった。


 

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ