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本当の俺

 夜の公園だった。

 止まった噴水。

 使われない遊具。

 ひっそり枝を交わす樹々。

 人々が目を離したすきに、別の姿を現したかのようだ。

 そんな異世界のベンチに、腰かけている者がいた。

 佐藤(さとう)満月(みつき)である。

 女の子1人だというのに、まるで怖がる気配がない。

 むしろルンルンしてさえいる。

 鼻歌まじりに足をぷらつかせたり。

 グーッと伸びをして星空を仰いだり。

 円池に宿る月を眺めたり。

 永遠にこうしていられるのではというぐらい自然体だ。

 そして、その容姿の美しさが、この詩的な空間にみごとなまでにマッチしている。

 公園に住まう妖精(フェアリー)そのものだった。

 「あ……」

 みつきが、星を見て、嘆息する。

 時間の経過によるわずかな星座の動きに、ストーリーを感じるらしい。

 星を愛おしそうに見つめてから、そっと目を閉じ、静寂(しじま)に耳を澄ませた。

 音なき音を聴いている。

 途中、みつきはハッと目を開き、公園の入口に顔を向けた。

 なんらかの気配を察したのだろう。

 じいっと瞳をこらすみつきだったが、急にパアッと笑顔になり

「春人くーん!」

 その場でピョンピョンとびはねながら、ちぎれんばかり手を振った。

 春人は、入口からまっすぐみつきのほうに歩きつつ

「おう」

 軽く手を上げて報いたのだった。

 みつきは、感激のあまり走りだした。

 そして、春人の胸に飛びこもうとしたところで

「んぐっ……!」

 息を詰まらせたのである。

 春人が、抱擁するとみせて、みつきの首に両手をかけたのだ。

「あ……が」

 苦しそうにもがくみつきを、春人はらしからぬ怪力で左右にゆさぶり、あおむけに引きたおした。

 首根っこをとらえたまま、みつきに覆いかぶさって、体重をかける。

 みつきは抵抗らしい抵抗ができない。

 それでも、どうにか身をよじった。

 すると、白衣(びゃくえ)が地面にこすれ、前方の合わせが、はだけたのだった。

 ここで、春人の目が、そして全身が、くぎづけになった。

 あらわになった胸元の、白い双子のお月様。

「あ……」

 股間が、カッと熱くなる。

 ジーンズ越しにもわかる、異常な膨張。

 灼熱の杭を打ちこまれたような激痛。

「う、うぁ……」

 あまりのことに立ちあがって、ヨタヨタあとずさった。

 縊りを解かれたみつきが、激しく喘ぐ。

 春人は、手で異常部を抑えこもうとした。

 が、その手が、達せずして止まった。

 熱が、血潮のように、全身に広がったのである。

「ぎゃああああ!」

 春人は、火だるまで踊りくるった。

 手足をがむしゃらに振りまわす。

 ありもしない炎をなんとか消そうともがいている。

 七転八倒のさなか、春人は不思議な感覚を味わっていた。

 恐怖が、分離しようとしている。

 自身が感じている恐怖と、別の恐怖が体内にあるのだ。

 歯が欠けた時の異物感——あれと同様のものが、精神の内部にある。

 しかも無数、動きまわっている。

 そうか、わかったぞ。

 僕に憑りついて、みつきを殺そうとしていた奴らが、驚いて逃げだそうとしているんだ。

 異物の群れは、春人の中を右往左往したあげく、ついにまとめて駆けあがってきて、口からほとばしった。 

 ブウウン ブウウン ブウウン

 ブン ブブ ブン ブブ

 ブブブブブ  ブブブブブ

 蟲たちは、焦燥や恐怖に満ちた羽音を奏でていた。

 春人の口だけにとどまらず、耳から、鼻から、目からさえも、蟲は脱出をはかった。

 外に出るや、水を得た魚のように飛んで逃げる。

 おそらくは最後の1匹が、右の耳からポロリとこぼれおち、横に飛んで逃げたのだった。

 しかし、春人の苦戦は終わらない。

 血沸き、肉躍り、骨軋む。

 全身の骨が、引きのばされる。

「がああああ!」

 春人は地面をのたうちまわった。

 背骨が、メキメキと音を立てて伸びる。

 尾てい骨が裂け、鉄の鞭のような尾が、びるりと噴きだした。

 指先が弾け、鉤爪がせり上がる。

 足首が逆方向へ折れた。

 歯が次々と抜け落ち、牙がギシギシ伸びる。

「ギアアアアア!」

 春人は、獣とも鳥ともつかない咆哮を放った。

 それが止んだとき、苦痛も消えていた。

 そこに立っていたのは、全長2メートルにあまる、肉食恐竜だった。

 ぬらぬら赤黒い体表。

 琥珀色の目。

 額から伸びる1本の角。

 裂けた口から白い牙がのぞく。

 悪魔——そう言ってさしつかえなかった。


 これが、本当の俺だ。

 春人は、清々しかった。

 五感すべてが、桁違いだ。

 総動員すれば、もはや第六感としか言えない領域のことも知覚できそうだ。

 だから、今、背後に敵がいるのも分かる。

 蟲だ。

 奴ら、逃げちゃいない。

 むしろケリをつける気だ。

 また合体しようとしている。

 しかも、さっき、みつきに化けたのとは、わけが違う。

 完全に結合して、もはや分離不能な、1体の妖怪になる気だ。

 それだけ俺との決闘に本気ってことだ。

 そうこなくっちゃなあ。

 どれ。

 戦いたくてしかたない春人は、熱い吐息とともに振りかえった。


 そこに1人の学生がいた。

 黒い学ラン姿。

 190センチ近い長身。

 見まちがえるはずない。

 堂島敦。


 そうか、そういうことか。

 お家芸だもんなあ、お前さんたち、蟲の。

 人の心を読んで、恐れるものに化けるってのは。

 なるほどな、それで堂島か。

 よっしゃ、やるか。

 中学ん時の続きをよ。


 上田春人と堂島敦が2年ぶりに対峙した。

 春人は、この体を試したくて試したくて、さかんに舌なめずりしている。

 堂島は、右の眼球がまだ蟲のままだったため、指を突っこんでグリグリ動かした。

 2人を邪魔するものは無かった。


 これって、恐竜だよね?

 みつきは、ポカンとしている。

 春人が、狼男のような変異体質であることは予測していた。

 魂に残った前世の肉体の記憶が、なにかのキッカケで蘇り、現世の肉体に影響を及ぼす、そういう人間がいる。

 しかし、まさか恐竜だとは。

 しかも、人間の姿の時より、はるかに活き活きしている。

「ステキ……」

 みつきの呟きが、開戦の合図となった。

 

 しかけたのは春人だった。

 あえて何も考えず突っこんだのである。

 地を這う稲妻だ。

 びうんっ

 しかし、その初弾——振りおろしの爪撃は空を切った。

 堂島が、バックステップでさがったからだ。

 こちらも速い。

 さらに春人が追う。

 堂島が逃げる。

 正対したままの鬼ごっことなった。

 びふっ

 しゅん

 びゅっ

 春人は、攻めに攻めた。

 あらゆる角度から、たてつづけに爪撃を繰りだしてゆく。

 堂島が、それらを紙一重でかわす。

 ボクサーのような動きだ。

 ただし、すべてをかわしきれてはいない。

 ときおり鋭い爪の先が、堂島の肉をほじる。

 喉を、目を、肩を。

 血のかわりに紫色の瘴気があふれるが、すぐ傷はふさがる。

 妖怪ゆえの特性だ。

 かまわず春人は間合を詰める。

 この展開が続けば、微量とはいえ、堂島の妖気は減少してゆく。

 じっくりなぶり殺しにしてやろうか。

 そう思ったとき、堂島がこれまでにない動きをした。

 ベシャリ、と地面に這いつくばったのだ。

 そして、手足を脇に広げたまま、巨大な蜘蛛のように這ってきたのである。

 恐るべき速さだった。

 唐突な人外の動きに、春人は反応が遅れた。

 気づいたときには、堂島は足元に迫っていた。

 そしてさらに、両手で地面を突きはなし、頭部を浮上させてきたのである。

 全身を1つのバネにした真下からの頭突だ。

 喰らったらただでは済まない。

 しかし、春人は回避しなかった。

「シュッ」

 鋭い呼気とともに爪を垂直に振りおろして、堂島の頭部を迎え撃った。

 ガギュン

 聞いたことのない音がした。

 堂島の頭突は、春人の顎に届くことなく、その手前で止まっていた。

 春人の右手の3本爪は、堂島の頭頂から潜りこんで、顔面を分断しながら、

ちょうど上唇と下唇の間、口に咥えられたようなところで止まっていた。

 堂島は、目をギュルンと裏返らせ、口角を広げてニターッと笑った。

 死に際の虚勢か?

 そんな春人の油断を、爆音と強風がかき消していた。

 堂島の学ランの背中が、まふたつに割れて羽になり、激しく羽ばたいているのだ。

 しまった!

 思ったときにはもう、春人は大地から引っこ抜かれ、上空へかっさらわれていた。

 地面がみるみる遠くなる。

 あっというまに半空だ。

 堂島は、春人の腰をひしと抱きしめて離さない。

 雲の高さまで来たところで、ガクンと天地が入れ替わった。

 堂島が、まっさかさまに急降下を始めたのだ。

 ここで春人は、堂島の狙いを知った。

 このまま地面に近づけるだけ近づいて加速をつけ、とんぼがえりに春人を投下し、地面に爆散させる趣向なのだ。

 派手な真似しやがる。

 春人の口角がキューッとつりあがる。

 いいぜ、好きなようにやってみな。

 地上がまたたくまにズームアップされていき、そしてとうとう堂島が春人を手放した。

 ビュンッ!

 春人の尾が大気を裂く。

 自由の身になるとともに、宙で背を丸めて回転し、堂島の腹の真ん中を思いきり蹴りこんだのだ。

「げぐっ……!」

 のびやかに歌われるはずだった悲鳴が、短く切れたのには理由がある。

 春人が蹴爪で、堂島の(はらわた)をむんずと掴んだのだ。

 堂島は、腹に恐竜をぶら下げてきりもみしながら、墜落していった。

 ドッシャアン!

 仲良く地面に激突する。

 土煙がおさまると、公園の地面に、春人が堂島を押さえつけていた。

 あおむけに横たわる堂島の顔を後足の鉤爪で踏みつけにし、動きを封じている。

 どうトドメを指してやろうか。

 そんな表情の春人の足の下で、堂島はまたしてもニタリと笑った。

 ぬ!?

 春人が、身構える。

 が、堂島は、全身からブスブスと紫煙を上げると、夜の大気に溶けて消滅したのだった。

 残念だったな、俺はもう死ぬ——そういう笑みだったのだ。

 春人は、悔しさに身をわななかせ、一気に噴水まで駆けていくと、そのポールのてっぺんに跳びのり、

 ぎゃおおおおお!

 あらんかぎり慟哭した。

「おつかれさま、春人くん」

 みつきの労いの言葉も聞かず、哭きつづけている。

 ぎゃおおおおお!

「狼男さんは、月が雲に隠れると元の人間に戻っちゃいまーす」

 言って、みつきは白衣(びゃくえ)の合わせを閉じた。

 ポールの上の春人、途端にバランスを失って、池にドボン。

 ブクブク立ちあがった時には、貧弱なもとの春人に戻っていた。

 春人は、疲労困憊した様子で

「終わったんだね」

 言ったが、みつきは

「なーに言ってんの。これからだよ、妖怪退治」

 笑いとばし

「でも、なんで、なんで、なんで」

 これ以上ないくらい赤面し、

「なんで変身のスイッチが私のおっぱいなの!?」

 言って顔を隠したのだった。

 春人は茫然自失して、今日の朝、ここで思ったことをもう一度思った。

 気まぐれなんて起こすんじゃなかった。

 

 

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