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伏魔殿

『BARAISON』

 黒い鉄扉に赤い文字だった。

 みつきと春人は、オカルトショップの前にいる。

 みつきは、青白いメイクに紫のルージュ。 

 白衣(びゃくえ)には、銃創の赤いシミをいくつか入れて、緋袴(ひばかま)がドップリ|血に染まって見えるようにしている。

 春人は、三白眼のコンタクトに牙のマウスピース。

 服はいつものTシャツにいつものジーンズだが、とがった爪とまばらな剛毛で、今まさに変身する狼男を表現している。

 2人とも、変装というより仮装だ。

「おい、いくらなんでも……」

「へーきへーき。これくらいやんなきゃ」

 春人は毛むくじゃらの両腕を見くらべて溜息をつき、みつきはオバケっぽく舌を出した。

 こんな掛け合いを演じつつも、おたがい扉に手をかけないのは、やはり躊躇しているからだろう。

 ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ

 その向こうからは、心臓を思わせる鈍い音が響いてくる。

「春人くん、せーので開けよ」

「う~ん、わかったよ。じゃあ行くぞ」

「せーの」

「声だけかよ!」

 春人が、やむなく扉を引くと、バサリと顔を覆うものがあった。

「ギャー!」

 豪快に尻餅をつく。

「あわわ」

 顔のなまぬるい感触を払いのけようとする春人。

「ほら、あれ、あれ」

 みつきは入口の上部を指さした。

 天井から紐でつながれた大きなコウモリが、さかさまになって上下している。

 おどかす仕掛けだったのだ。

 ハハハハハ

 中から、いくつもの笑い声がした。

「いいリアクションじゃん」

「怖かったか、おい」

「つくづく初見殺しだあな」

 常連たちは、狼男の仮装に触れもしない。

 しかも、意外と普通の格好をしている。

 言ってしまえば、毒のあるオフィスカジュアルだ。

 年齢は、おおよそ中年。

 皆、妙にヘラヘラしていた。

 みつきは、店内に足を踏みいれながら、さかさまになったコウモリの顔をまじまじと見た。

 狐に似ている。

「あら、お嬢ちゃん、度胸あるじゃない」

 目つきの悪いおばさんが言う。

「かわいい!でっかくすると逆に!」

 強がるみつきを、おばさんはカラカラ笑った。

「剥製よ、それ。フィリピンのオオコウモリ」

「げ!」

 血染(ちぞめ)の巫女は、ようやく立ちあがった狼男にとびつき、また転ばせた。

「コントじゃねえか」

「踏んだり蹴ったりだな、あんちゃん」

「せっかくカッコつけたのによ」

 春人が、みつきにしがみつかれたまま起きあがる。   

 ぶつけた箇所をさすっていたが、ふと嘲笑の言葉が引っかかって手を止めた。

 カッコつけた――2人して扉の前で逡巡し、けっきょく春人から入ったのを知っている言いぶりだった。

 その疑問を察したらしいおばさんが

「燭台があったでしょ?あれ、監視カメラなの」

 こともなげに言い、壁のおどろおどろしい円鏡に目をやった。

 そこには確かに、今の今まで自分がいた場所が映っていた。

「この店、移転してきたのよ。前の店は警察の立ち入りで、つぶされちゃったから」

 "次は察知できるようにね"

 おばさんは、そこを省略した。

 2人は、うすぐらい店内をながめた。

 目の無い人形。

 何語かわからない御札。

 血で満ちた瓶。

 あきらかな拷問器具。

 殺人DVD(スナッフフィルム)

 ゾッとする品がところせましと並んでいる。

 鼓動のBGMが、それらに命を与えそうであった。

「ねえちゃん、ウチで働かねえか?」

 錆のきいた声がした。

 店の奥から、大柄な黒シャツの男が現れる。

 50歳を過ぎていようが、肩幅はある。

 男は、整えられた髭をいじりながら、獣じみた目でみつきを見て

瀬崎(せざき)登志也(としや)だ」

 ぶっきらぼうに言った。

「うほ、としやんが名乗った」

「こりゃ本気だ」

 常連が、はやす。

「なあ、ねえちゃん。名前、教えてくれよ」

 瀬崎が、傲然と見おろして問う。

「あたしはすでに肉体を捨てた。この世の名は無い」

 みつきが、回答を拒む。

「どうだい、お兄ちゃん。いい店だろう?」

 瀬崎は、春人に水を向けた。

 まず男のほうに取り入るのが賢明と踏んだらしい。

「あ、はい。……すごいっす」

「だろう。ウチは本物しか扱ってないからな」

 瀬崎はニンマリして、棚の品を無造作に手に取った。

 糸を編んでこしらえた精緻な脳だった。

「こいつはな人の髪で作ってんのさ。すげえだろう。髪ってやつは情念をよく吸うからな。雑念をとっぱらってくれてスカッとするぜ」

 得意気な解説だった。

「ドラッグをしみこませて嗅ぐんだって、こないだ言ってたじゃねえか」

 客の1人が、からかう。

「だっはっは。初見をそこまで深入りさせるこたあねえやな」

 瀬崎が笑う寸前、露骨な怒気を春人は見た。

「なあ、ねえちゃん。ウチで働かねえか?」

 瀬崎は、ふたたびみつきに向きなおった。

「なにも雑用やれとは言わねえ。そのカッコで、店にいてくれりゃいいのよ。スケベどもが喜ぶぜ」

 常連たちは『喜ぶのはお前だろ』というふうに浅く笑った。

「給料のかわりに(あるじ)の寿命を少しずついただくが、かまわぬな?」

 みつきがドスをきかせると、常連が

「ちょうどいいや。としやん、放っておいたらいつまで生きるかわかんねえもんな」

「昔いた()も、行方しれずになっちゃったそうだし、その霊ってことでいいんじゃね?」

「あら、そもそもここが事故物件だし。前は居酒屋だったそうだけど、料理をのどに詰まらせて、死人が出たそうよ」

 口々に面白がった。

 瀬崎は、むしろ得意げに

「いたなあ、むかーしむかし。なまいきな女が。お姉ちゃんとおんなじくらいだった。アイドル志望だっつーから、かわいがってやってたのによ。やめたいなんてぬかすから、人生ごとやめてもらったのさ。今じゃ土ん中でおねんねしてるぜ。頭を下にしてな。アフリカの部族にそういう埋葬法があるんだ。殺した敵が甦って復讐してくるのを防ぐまじないだそうだ」

 語ったのだった。

 その饒舌さには、どこか本音がのぞいているようにも見えた。

「交渉成立だよな、ねえちゃん?寿命なんて、持ってけ泥棒だ」

 瀬崎が、にじりよった。

「えー、埋められちゃうの、あたし?」

 さすがのみつきも笑ってごまかす。

 その時、春人がフラついて、ドオッと倒れた。

「春人くん!」

 みつきは、とっさによりそうと

「ごめんなさい、彼、虚弱体質で。強くなるつもりで狼だったんだけど」

 言うが早いか、肩を組んで立たせ、逃げるように店を出ていったのだった。

 声をかける間もなかった瀬崎らは動かず、コウモリだけが揺れていた。


 そっと目を開けると、心配そうなメガネの女性の顔があった。

「新村さん……」

 自分の口から出た声で、春人はそれがカフェ店長の新村(にいむら)(あかね)だと悟った。

 新村は、カフェのソファに横たわる春人が起きようとせぬよう、胸をやさしく押さえ

「大丈夫ですか?」

 訊ねたのだった。

「はい……。そっか、僕、オカルトショップで倒れて……」

「私のためにこんなことになるなんて、なんとお詫びを言っていいやら……」

「いや、そんなことないです」

 泣きだしそうな新村をかばいつつ、これだけ善良な人なら、そりゃあんな店イヤだろうな、と春人は思うのだった。

「そのとおり。悪いのは、あたし」

 みつきが、あっけらかんと言った。

「いえ、そんなこと……」

 新村が気まずそうにする。

「春人くん、覚えてる?」

「うん。地下(した)の店でぶったおれた」

「あたし、てっきり春人くんの演技だと思ってたんだよ。あたしを瀬崎から助けるための。けどホントに気を失ってるんだもん。しょうがないから、いったん新村さんにソファ借りて寝かせて。で、目を覚ましたと思ったら、メイクしたまんまのあたしの顔で、また叫んで気絶しちゃって」

「え、じゃあ?」

「そ。2回、飛んでる」

 みつきは、自分の顔で失神されたのが気に食わないらしく、紅唇をとがらせた。

 そういえば瞼の裏に般若の面が残っているが、それは口が裂けても言えなかった。

 コト……

「お口に合えば……」

 新村が、花をたむけるような手つきで、グラスを置いた。

「ありがとうございます」

 春人がそれを手に取って飲む。

 馥郁(ふくいく)とした香りが鼻に抜ける。

「これは……」

「ハーブティーでございます」

「どう、春人くん?生きかえった?」

「うん……。なんかすごく頭の霧が晴れるというか」

「でしょ、でしょ。あたしも飲んでスッキリしたもん。これ、邪気当たりの特効薬だよ」

「邪気当たり、と申しますと?」

「春人くんみたいな繊細なタイプは、邪気が充満したとこ行くと、体調くずしちゃうの。それが邪気当たり。でも、このハーブティーはそれを祓うだけの心がこもってたってわけ。ううん、ハーブティーだけじゃない。これだけ素敵なカフェだもん。あんな店の邪気なんか、寄せつけない。だから大丈夫!」

 みつきの断言に、新村は喜色を浮かべて礼を述べた。

 みつきは、店内あちこちをまわって九字を切ると

「あとは窓とかドアとか、外に接してる部分を常にピッカピカにしとくといいよ。悪い念を鏡みたくはじいてくれるから」

 新村は、また礼を言うと

「あの店は、やはり違法なことをしているのでしょうか?」

 捨てきれぬ不安を口にした。

「してる」

 みつきは、監視カメラやドラッグ、殺人DVD(スナッフフィルム)などのことをあらいざらい話した。

 新村は、眉根を寄せて聞いていたが、人をさかさにして埋めたとうそぶいたくだりで、表情が消えた。

「まさか、そんなことを……」

「ホントかどうかわかんないけど、ね」

 

 

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