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バケモノだけの夜の道

 写真の中で、明るく笑う少女がいた。

 ロングの金髪、フリルのドレス、銀色のマイク。

 名は、古町(ふるまち)朝妃(あさひ)

 25年前に失踪したアイドルだ。

「マジでこの子が、さかだちガイコツの正体なの?」

 暗い夜の街道で、春人が、写真を手にボヤく。

逆屍(さかばね)だよ。さかだちガイゴツじゃなくて」

 みつきが返した。

「さかばね?」

「うん。『さかさま』の『しかばね』で、さかばね」

「はあ……妖怪?」

「まあ、そう。昔って、頭を下にして吊るす拷問とかあったし。あるいは、未練で動きださないよう死体の両足を縛ったりとかね。怨念がそういう妖怪になっても、おかしくない」

「怨念……」

「キャハハ。ビビってるー」

 みつきは春人の頬をツンツンし

「その写真の女の子が正体かどうかは、これから確かめなくちゃ」

「確かめるったって……」

 "ガイコツに訊くのかよ"

 春人は、ふたたび写真に目を落とした。

 少女のはじけるような笑顔は、助けてくれと必死に救いを求めているようにしか見えなかった。

 "土ん中でおねんねしてるぜ"

 瀬崎の言葉が甦る。

 みつきの調べでは、古町朝妃が瀬崎のもとで働いていたのは事実だ。

 当時、瀬崎はオカルト色の濃いバーを営んでいた。

 古町は、かけだしアイドルとしてライブハウスでステージに立ちながら、そのオカルトバーでも歌っていた。

 生活費のためだ。

 ここまでが、真実である。

 アイドル活動が軌道に乗り、副業だったバーでの歌唱をやめたいと言った古町に、瀬崎が激怒し……。

 あのギトギト光る目を思いだすにつけ、じゅうぶん考えられることだった。

「そもそも、ホントにいんの、さかばね?」

「たんなるデマってことはないと思う」

 みつきの言うとおりだった。

 すでに目撃情報は多数ある。

 顔と名を出して堂々と述べる者もいる。

 わざわざ嘘をつく理由のない人間だった。

 きっと今も、さかばねは、よもぎ町のどこかを徘徊しているのだろう。

 しかし――自販機の前を歩きながら、春人は思う。

 噂どおり、たださまよっているのなら、出会うのは簡単ではない。

 真夜中に、存在する保証もないものを探して、ひたすら歩きまわらねばならないというのは、いささか苦痛だった。

 これでは、まるきり別の幽霊に逢ったとしても、おかしくない。

「ねえ、みつき」

「なーに?」

「ひょっとして見つかるまで毎日やるつもり?」

「ううん。今日ダメなら、いない」

「ああ、よかった!……でも、どうして?」

「さかばねになるほど強い怨念があれば、きっとあたしたちと引きあうはずだもん」

「ふーん」

 いつもの舌たらずな説明だが、春人はなんとなく理解した。

 さかばねは、無念を知らせたいのかもしれない。

 ならば自身を探す者のもとへ向かうはず――春人はそう解釈した。

「あれ、にゃんだろう?」

 みつきが、おどけた感じで前を指さした。

 それは一瞬、人に見えた。

 が、どうやら違う。

 街灯と街灯の中央、ちょうど暗がりになっているところに、それは佇んでいる。

 白い枯木のようでもある。

 瞳をこらせば、それはまぎれもない、さかさまの人骨だった。

「出やがった!」

 春人が声をあげる。

 こんなに早く出くわすとは。

 さすがに逃げるわけにいかない。

 ただし、どうすればいいか分からない。

 ところが、みつきは軽いあしどりでテクテク寄っていく。

「お、おい」

 みつきは、さかばねにピッタリ寄りそい

「ちょうどいいのがあったにゃ〜」

 猫のつめとぎのしぐさで、なでなでしたのだった。

 さかばねは、グラッとして

 ドシャアン……

 糸の切れたマリオネットのように横たわった。

「偽物だにゃん」

 みつきは、片足をあげて猫ポーズを決めた。

「に、偽物?」

 みつきがコックリうなずく。

「なんで分かったの?」

 みつきは、じゃれつくように関節の部分を叩いた。

 白いボルトが見えている。

 骨格標本だ。

 タチの悪いイタズラである。

「これが、さかばねの正体?」

 春人が願望を込めて問うも

「うんにゃ〜」

 みつきは、かぶりを振って否定した。

「でも、これはおまわりさんに届けるにゃん」

「そりゃあ、ずっと置いとくのもな……」

「ごほうびにチュールもらえるかにゃ?」

 そう首をかしげた。

「もっといいもんがあるぜ」

「俺たちに付きあえばな」

「骨までかわいがってやる」

 物陰から、3人の男が現れた。

 1人は、手にスマホを持っている。

 ガイコツに驚く通行人を撮影していたのだろう。

「な、なんだ、おまえら!?」

「すっこんでろ!」

 みつきは、また猫のようにクンクン嗅ぐふりをして

「知ってる匂いだにゃん」

 背を丸め、シャーッとうなった。 

 春人も気づいた。

 街灯にうすぼんやり浮かびあがる3つの顔。

 FUKUMADEN――あのオカルトショップの常連たちだ。

 店にいた時より、顔つきがゆがんでいる。

 日頃から憑いているものが出てきたのだと、霊感のない春人にも分かった。

「んん?だれかと思えば、店で倒れたガキじゃねえか」

「じゃ、こっちはあのねえちゃんか」

「幽霊なら、やり放題だよなあ」

 みつきは余裕たっぷりに

「ご主人様を怒らせないほうがいいにゃん」

 言葉を返した。

「ご主人様だあ?」

「まさか、あのガキのことか?」

「また狼にでもなってみやがれ」

 3人が、ゲラゲラ笑う。

 そのうちの1人が、みつきの白衣(びゃくえ)に手をかける。

 みつきが、わざと身をひねる。

 衣が乱れ、右半身がさらけだされた。

 肩から腰への曲線——神に身を捧げんとする巫女の図だった。

 ドクンッ

 血湧き、肉躍り、骨軋む。

「ヒャッハー!いいねえ」

「自分から、おっぱい出しやがったぞ」

身体(こっち)は大人なんだな」

 3人は、理性を失い、みつきに襲いかかった。

 ドサッ

 1人が、地面に転がる。

「こけてやんの」

「ざまあねえや」 

 仲間の哄笑をよそに、転んだ男は両手で顔を押さえ

「ぐぎゃあああああ!」

 のたうちまわっている。

「おい、どうした!?」

「おおげさだぞ」

 男は、痛みを他所(よそ)へそらすかのように、頭部を左右から掻きむしった。

 額から顎まで、3本の爪痕があった。

 残る2人が、ギョッとして顔を見あわせる。

 が、そこにはすでに別の顔が挟まっていた。

 琥珀色の目。

 縦に裂けた鼻腔。

 しらしらと並ぶ牙。

 獰猛なトカゲの(かしら)だった。

「あ……」

「が……」

 声も出ない2人だったが

 メキョッ

 1人が、鈍い音とともに後方へふっとんだ。

 春人が(あばら)を蹴ったのだ。

 男は、電柱に頭をぶつけ失神した。

「バ、バケモノオオオオオ!」

 最後の1人は、背を向ける動きのまま、足をもつれさせて倒れた。

 春人の尾が足首に絡んでいたのだ。

 それでも這って逃げようとしたが

「ひっ!」

 顔を天にのけぞらせて硬直した。

 春人が、右尻をゾブリと噛んだのだ。

 ぎううううう

「ひいっ…ひいっ…ひいっ!」

 男は、尻が半分になる寸前で、クルンと白目をむき意識を失った。

 最初の男だけが、まだうめいている。

「はい、そこまでだにゃん」

 みつきが、手をパンパンたたきながら近づいてくる。

「ご主人様、ありがとにゃん。ゴロゴロ」

 春人の長い首筋にほおずりした。

 そして、衣のはだけを直さぬまま、ヒョイと背にまたがったのだった。

「ギ!?」

 春人が、ギョロリとみつきの顔を見る。

「このまま探したほうが、早そうだもん」

 みつきは、猫語をやめて言った。

 たしかに、そうだ。

 恐竜の状態のほうが、はるかに速く動ける。

 しかも、五感がパワーアップするため、異変に気づきやすい。

 名案といえば名案だ。

 けど……恐竜の状態を保つには、みつきも胸を出したままでなくてはならない。

 恐竜にまたがる半裸の巫女。

 これじゃあ、さかだちしたガイコツより異常だ。

 待てよ。

 かえって、だれも信じないかもしれない。

 怪談の次は猥談かよ、と。

 しかし、だからといって……

「レッツゴー!」

 春人は、内心やむなく、しかし弾丸のように駆けだしていた。

 タタタタタ……!

 夜の街が、左右にズバズバ裂けてゆく。

 コンビニも、ポストも、信号も、(うしろ)にすいこまれる。

 ブラックホールから逃げるアトラクションだ。

「きゃー!気持ちいい!」

 そのカッコで言うな、変態か。

 ツッコミがわりに急カーブする。

 鉤爪(かぎづめ)がスパイクになり、ゼロ減速。

 ザン

 みつきの髪が鳴る。

「前が見えないー!」

 知ったこっちゃない。

「わわわわわ!」

 今度は、金切声(かなきりごえ)

 横から来るバイクに反応したのだ。

 が、とうに知っている。

 ガシンッ

 アスファルトを蹴って、軽々とバイクを跳びこえた。

 ガガガガガッ

 着地のけたたましい足音に、バイクのブレーキ音がキキキと重なる。

 ふりかえらない。

 (はし)る。

 (はし)る。

 (はし)る。

 縦横無尽だ。

 五感もフル稼働している。

 気温、湿度、風量、街並、配置、色彩........

 肌という肌から情報をダウンロードする。

 16年も住んだよもぎ町が、みずみずしく描きなおされる。

 コンクリートのジャングルだ。

 そして奴は、たしかにいる。

 カシャン カシャン カシャン……

 さかばねの歩む音がする。

 音と言っていいのかどうか。

 地面の震動?

 気配?

 とにかく奴は、歩いている。

 ただひたすらに淡々と。

 だからこそ存在を感じる。

 騒音の中、耳を澄ませば、精確な時計の針の音だけが、浮かびあがって聞こえるように。

 奴も俺に気づいているのかな。

 だったら相思相愛だ。

 ふふん。

 俺ったら、乙女なことを考........!!

 ギギンッ

 春人は鉤爪で急ブレーキをかけた。

 息を殺して首を突きだし、くろぐろ伸びる一本道をじいっと見つめる。

 見えない闇の中、動くものがある。

 五感のどれで分かるのか、自分でも分からない。

 だが、とにかく動いている。

 そして、こちらに向かってくる。

 カシャン カシャン カシャン……

 背中にしがみついていたみつきが、ストッと横に降り

「あー、怖かったー」

 楽しくてたまらない声を漏らした。

 カシャン カシャン カシャン……

 灰色の朦朧体(もうろうたい)が見えた。

「ご対面(たいめーん)

 カシャン カシャン カシャン……

 まごうことなき人骨が、さかだちで歩いている。

 今度こそ、さかばねだ。

「春人くん、とりあえずやっつけちゃって」

 え?

 やっつける?

 すっかり狩る気になっていたが、そう言われると(ハテナ)が湧く。

 問答無用で斬っちまったら、正体を知ることもできないんじゃないか?

 殺らなきゃ殺られるほどヤバい妖怪だったってことか?

 ふん!

 知らん。

 とにかく狩る。

 そのほうが俺好みだ。

 カシャン カシャン カシャン……

 もう小さな骨の1本1本まで分かる。

 どれから砕いてやろうかな。

 グルアアアアア!

 春人は、咆哮とともに、さかばねのゆくてに立ちはだかった。

 カシャン カシャン カシャン……

 さかばねは、まるで頓着(とんぢゃく)しない。

 春人の放った闘気も、骨の間から抜けてしまったかのようだ。

 カシャン カシャン カシャン……

 さかばねが、迫る。

 春人が、退がる。

 きわどい間合が保たれている。

 その気になれば、こちらの攻撃が届くはずの間合だ。

 だが、出られない。

 さかばねの異様さに圧倒されている。

 黒い眼窩の奥で、血走った目玉がこちらをにらんでいる気がする。

 カシャン カシャン カシャン……

 徐々に間合が詰まっている。

 会話できるくらいに。

 命乞(いのちごい)なんざ、まっぴらごめんだ!

 春人は、地面を蹴って踏みこみ、爪撃を叩きこんでいた。

 カッシャアアアアアン........

 (かすみ)を裂くような手ごたえで、さかばねがバラバラに散らばった。

「........?」

 春人は、ふたたび攻撃の態勢を取りつつ、目をグッと開いた。

 カシャン カシャン カシャン……

 手の骨だけが、変わらずアスファルトを這っている。

 痩せさらばえたピアニストが、終わらない曲を弾いている。

 と、置きざりの骨たちがカタカタ動いた。

 音を立てながら地面をすべり、手を追いかけて群がる。

 コツン カチャン カチ コン カシッ........

 腕、胴、脚の順に組みあがると、最後にしゃれこうべがピョンと両肩の間におさまり、もとどおりのさかばねになった。

 カシャン カシャン カシャン……

 何事もなかったように進んでゆく。

「やっぱりね」

 みつきが、遠ざかるさかばねを見おくりながら、白衣(びゃくえ)を着なおした。

「やっぱりって、どういうこと?」

 春人は、元の姿に戻りざま問うた。

「怨念を感じないの。これっぽちも。これは死んだ人の念じゃない。生きてる人の念でもない。むしろ予言かも」

「予言?」

「うん。これから起こるできごとを、よもぎ町の霊気が、目に見えるように表象したみたい」

 春人は、いろいろと考えてから、訊ねた。

「これ以上、何が起こるっていうの?」

「分からない。いつなのかも、なんなのかも........」

 カシャン カシャン カシャン……

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