蠱惑のジェノベーゼ
ねえ、知ってる?
よもぎ町の都市伝説。
あ、ヒトコワじゃないよ。
オバケが出るやつ。
私のお父さんの同僚が見ちゃったんだって。
その人、残業で遅くなって、車で帰ってたの。
混む道路なんだけど、もう深夜1時でガラーンだったから、ずいぶん飛ばしてた。
そしたら途中、歩道の上に白いのがヒョッコリ立ってたんだって。
え?
白いのは白いのだよ。
その人が、そう言ったらしいんだから。
でね、通りすぎざまにブレーキかけて止まったの。
よくやるよねー。
私だったら、むしろアクセル全開で逃げちゃう。
まだ免許、持ってないけどさ。
んでもって、サイドミラー見たら、さかだちのガイコツが映ってたんだって。
その人、ギョッとしたけど、てっきりタチの悪いイタズラだと思ったの。
だれかが模型……えーと、なんていうんだっけ、あれ、理科室で人体模型のとなりにあるやつ。
そう、それ、骨格標本!
だれかが骨格標本を置いてったんだろうなって。
けどね、けどね、よおく見ると、そのガイコツ、なんと動いてんの。
風とかでミラーが揺れてそう見えるんだって祈りながら、おそるおそるふりかえったら、ガイコツが手でカシャン、カシャンって、さかだち歩きしてるんだって。
しかも、自分のほうに向かってきてる。
泣くくらいビビって、急発進しようとしたんだけど、よりによってエンジンがうまくかかんなくて。
「頼む、頼む」って、ホントに泣きながらキーをひねったら、やっとかかって。
あとのことは、なんも覚えてないらしいよ。
気づいたら家だったんだって。
ん?
するどい(笑)。
私もそう思った。
エンジンかかんないとか、ホラー映画だよね。
嘘くさいっつーの。
でもパパが言うには、その同僚すっごくマジメ系らしいの。
出張とかでも、それこそ幽霊が出そうなホテルに泊まって、経費を節約したりしてて。
だから、嘘なんかつくはずないんだって。
まあエンジンのくだりは、あえて恥ずかしく盛ったのかも。
信じてもらおうとして。
でも、ガイコツ自体はマジっぽい。
なんでかっていうと、じつは見た人がほかにもいるから。
ううん、これはSNS情報。
深夜、ガイコツがさかだちして歩いてるって話。
よもぎ町のあっちこっちで。
でも襲ってくるとかではなくて、だからこそヤバいっていうか、怖いっていうか。
あっ、信じてないでしょ。
顔に書いてあるもん。
え、反対?
じゃあ信じてるってこと?
なんでまた?
え、え、え、嘘でしょ!?
自分で見たの!?
さかだちガイコツ!
どこで、どこで?
このカフェの前で?
どひえー。
2人の女子高生は、店内でその話をすることに気がさしたのか、まだ飲みかけのフロートを手にそそくさ出ていった。
もとより落ちついた内装の店内が、もっと寂しくなる。
間接照明。
木目内壁。
観葉植物。
自然音響。
どことなく"和"の雰囲気を醸している。
凛楽樟——それがこのカフェの名前だった。
残る客は、奥のテーブルの2人だけだ。
男と女。
どちらも若い。
普通ならカップルと判断するだろうが、ヘンテコな身なりがそれを阻んでいる。
まず目につくのは女。
白衣に緋袴。
いわゆる巫女装束である。
とびきりの美貌のため、そういう役の女優めいている。
男のほうは、冴えない。
ヨレヨレのTシャツに、色のさめたジーンズ。
気も弱そうだ。
部屋から引っぱりだされましたと言わんばかりである。
このアンバランスコンビ、2人して店の名物であるジェノベーゼパスタを食べている。
女は、すすりこそしないものの、「あむっ」と食いついたり「んー」と陶然としたり、料理と語らうみたいな食べっぷり。
男は、ほとんどフォークも動かさず、芋虫が糸を吐くのを逆再生するかのように、ズルズル意気地のない音を立てている。
他人の相席でも、こう対極になるだろうか。
パスタが美味いことだけは分かる図だった。
「ごちそうさま。えーん、食べおわっちゃった」
みつきが満ちたりた声をあげる。
「ジェノベーゼだっけ?美味いもんだな」
春人は未練がましくフォークをなめ
「助手をやってくれとか言ってたけど?」
「うん!これ!」
みつきは、スマホの画面を春人に見せた。
「……」
春人は、しばらく画面を見つめ、指先でスクロールを始め、やがて自分の手でスマホを支えた。
『ミッキー&ハルドの怪異探偵事務所』
オープンチャットだった。
よもぎ町の怪談好きが集まる遊び場である。
管理人は名探偵ミッキーことみつき。
悪魔も目のくらむ絶世の美女という設定。
ハルドという醜怪な大男が春人らしい。
死体をつなぎあわせて造った助手なんだとか。
「これなに?」
「あたしたちの砦だよん」
その答えにもならない屈託のなさが、かえって春人にみつきの真意を悟らせていた。
つまり、ガチで怪異に直面している者が、ダメもとで相談してくることを狙っているのだ。
「で、今のところ収穫あった?」
春人が訊くと、みつきはパアッと目を輝かせた。
「あのう、佐藤みつきさん、でしょうか?」
横から声がした。
見れば、店員の女性である。
40代なかば。
こだわりのないメガネ。
ポニーテールの黒髪。
スッキリした印象だった。
「はい!こっちが相方の上田春人くんでーす」
みつきが春人を紹介すると
「あの、今日はよろしくお願いいたします。凛楽樟の店長をやらせていただいております新村茜と申します」
新村は、うやうやしく頭を下げた。
「あ……はい。お願いします」
春人は、あわてて頭を下げながら、このしとやかな女性が相談者なんだなと思った。
「あ、下げますね」
新村が2人の皿を重ねると
「過去イチおいしかったです!」
みつきの賛辞が飛んだ。
「ありがとうございます」
新村は、純朴な笑顔を見せた。
食器をかたし、テーブル脇に椅子を置いて座る。
「ぶしつけながら、相談の内容について話してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。聞かせて、聞かせて」
「この地下にある店のことなんです……」
新村は、訥々と語りだした。
その店が移転してきたのは、半年前であったという。
BARAISON――天国を意味するパライソを文字った店名だそうだ。
オカルトショップである。
呪物と称する品を専門にあつかっており、客も怪しげな者ばかり。
夜になると、扉の奥から不気味な重低音が漏れてくる。
店そのものが呪物に見えた。
そのせいなのか、ここのところカフェの売上が落ちてきている。
客が気味悪がって近づかない懸念はある。
バイトの子たちも、いやがっている。
そしてなにより、霊的な悪影響が不安だった。
自分は霊感があるわけではない。
だが、地下へと続くその階段を見るたび、胸さわぎがする。
なにか、とんでもないことが起こるのではないかと。
「根拠のない相談で申しわけありません」
新村は、伏目がちに締めた。
春人は内心ホッとしていた。
死人が出たわけでもない。
客足が落ちつくのも、オープンして1年も経たないなら無理もない。
騒音を雑居ビルの管理者に相談するくらいが、落としどころに思われたのである。
「そんなことない。これはちゃんと対処しなきゃ」
みつきは、首を大きく横に振って、新村の謝罪と春人の安堵を否定した。
「呪物ってホント危険だから。すでに使われたことのある物は特に」
みつきは、そんな店がそれなりに繁盛していること自体、悪霊が呼びあって集団を作る"お客呼び"が生じていると説いた。
真剣に聴いていた新村が
「場所を変えるしかないのでしょうか?」
問うと、ふたたび首を横に振り
「こういう時のための怪異"探偵"事務所だもん!」
名探偵ミッキーは、呆然とする助手ハルドの肩をポンと叩いた。




