07 愛妻弁当ですが何か?
時計を見る。
あと、3分。
あと3分で、昼休憩だ。
山田 正。
本日、初めての、あ・い・さ・い・べ・ん・と・う!
「あ・い・さ・い・べ・ん・と・う」というフレーズが朝から頭から離れない。
そのため、午前中は全く仕事にならなかった。
12時。
バラバラと職員がランチタイムに入る。
多くは食堂へ行き、一部が弁当を広げ、さらに一部は外に食べに行く。
いつもは、食堂にいそいそと行くグループであったが。
今日は、あ・い・さ・い・べ・ん・と・う。
うっかり、ニヤケそうになって奥歯を噛みしめる。
そっと、清子が作ってくれたお弁当を机の上にのせた。
♠清子さんの愛妻弁当!!
うっひょーい!うっひょーい!
開けるのもったいねー!食べるのもったいねー!!
が、しかーし!!
食べないなんてもったいないこと、できねー!!
「お?今日は弁当か、山田くん」
ひとりの世界にひたっていた正に、上司の竹中が声をかけた。
「はい。今日からお弁当を持参することにしまして」
「あー。食堂、値段あがったもんな」
竹中がわかる、わかると言って、なぜか隣に座った。
「それ、美人の奥さんが作ったんだろ?」
そう言われて、正はまたニヤケそうになる。
表情を崩さないように気を付けながら、そっとお弁当の蓋をあけた。
♠なんてことだっ!!卵焼き、タコさんウインナー、そして唐揚げ!!
俺の好きなのばっかり~!!
しかーも!彩りも考えられたブロッコリーにパプリカっ!!!
おにぎり3種類に、お味噌汁きたー!!!!
なんて手間がかかってるんだ!
朝から、なんて手間かけてるんだ清子さんっ!
やっぱり女神なのか!女神なんだなっ!!
「おっ、卵焼きおいしそーだな。1個くれよ」
竹中が指を伸ばした。
「あっ!!!」
正は思わず、大きな声を出してしまった。
「…なんだよ」
いつもぼそぼそと話す正が大きな声を出したから竹中がギョッとした。
正の大きい声を聞いて、残っていた職員がパラパラと寄ってくる。
「おっ!山田さん、それ愛妻弁当?」
「うわー、新婚ってかんじ」
「お味噌汁付いてるとこがいいね」
口々にお弁当を褒める声が聞こえてくる。
♠そうでしょ!そうでしょうよっ!!
清子さんが作ってくれた、愛妻弁当ですから~!!
もっとほめてくれていいよっ!もっと羨ましがってくれていいよっ!!
「えーでも、この内容だったらお味噌汁じゃなくてコンソメスープとかじゃない?」
女性職員のその一言で、スンとなる。
舌打ちしそうになるのをこらえた。
♠日本人はお味噌汁だろ。なんだよ、コンソメスープって。
清子さんのお味噌汁を食べたこともないくせに。
一気に気分が下がる。
が、気を取り直して、お弁当をいただくことにした。
かなりのギャラリーがいたが、気にしないで食べる。
卵焼きを一口。
噛みしめて、噛みしめて…浸る。
「なんだ。そんなに美味いのか?」
竹中がそう言って、正のお弁当から唐揚げを1つつまんで、ぱくっと食べてしまった。
正が固まる。
「お!旨い!」
竹中の表情が驚きから、笑顔に変わった。
♠こいつ、殺すっ!
正の中に殺意が生まれたが、当然それは胸の奥にしまわれた。
「勝手に食べないでください…俺のなんで」
そう言って、黙々と、一口ひとくち、味わいながらお弁当を食べた。
「なあ、明日、俺の分も作ってくれってお願いしてくれない?」
そう竹中が言うと「俺も」「俺も」と数人が手を挙げた。
「…うちは、弁当屋じゃないので無理です」
♠清子さんの料理は、俺だけ食べればいいんだよっ!
正の中に怒りがこみ上げていたが、それが表情にでなかったので誰にも知られずにお昼休みは終了した。
「ごちそうさまでした」
こんなに充実したお昼休みは初めてだと、清子が持たせてくれた水筒のお茶をいただきながらまったりした。
「お茶は、職場にあるって言ったのに」
お弁当にはお茶を付けるべきという清子の言葉に少し戸惑ったが、清子が淹れてくれたお茶は特別に美味しいと感じる正であった。




