第99話 それなら直しましたよ
〈お便り〉を使って遠距離からコンタクトを取ったのは、敵の指揮官の男。
大きな戦斧を手にした禿頭の巨漢で、見た目は野盗の頭目と言った方がしっくりくる。
「ガキだと? おい、何だ、テメェは? 見た感じ、獣人じゃねぇな? 人族か?」
「はい。訳あって、フェリオネアに協力しています」
「これはテメェの魔法か? つーか、一体どういう魔法なんだ? 見たことも聞いたこともねぇぞ?」
「そんなことより、今すぐ兵たちに戦いをやめさせてください。これ以上は無駄な被害が出るだけです」
「ククク、降伏だと? 誰だか知らねぇが、舐められたもんだな? まだ戦いは始まったばかりじゃねぇか」
「いえ、もう結果は見えています。兵力で勝っていても、二つの砦に前後を挟まれた状態では勝ち目はありませんよ」
指揮官の男は鼻を鳴らした。
「はっ、その城壁の一つを間もなく破壊できそうなんだがな?」
「あ、それなら直しましたよ」
「……は?」
男が慌てて後ろを振り返ると、最初に作った砦の城壁が元通りになっていた。
先ほどまで攻撃魔法で削られ、今にも崩されそうになっていたけれど、僕が〈修繕〉を使って直しておいたのだ。
ちなみに二つの砦は僕の家として認定されているので、〈即帰宅〉を使えば一瞬で行き来ができる。
「ど、どうなってやがる!? 一体どんなカラクリだ!?」
「もちろんそれは教えられません」
「……ちぃっ! だがこの程度で降伏すると思うなよ! どこに隠れてやがるか知らねぇが、オレ自らテメェの首を刎ね飛ばしてくれる!」
男はそう叫ぶと、側近の兵たちを率いて自ら砦の一つへと向かっていった。
「うーん、ダメか」
「さっさと〈火起こし〉あたりで燃やしちゃえばいいと思うわ」
「その前にもう一つ試したい手があるんだ。〈家具移動〉!」
その名の通り、家具を移動させられる生活魔法が〈家具移動〉だ。
重たい家具も軽々と動かせるので、引っ越しやレイアウトの変更にとても便利。
ズズズズズズズズズズズズ……。
「……ねぇ、何か砦が動いてない?」
「うん。上手くいったみたい」
「もしかしてその〈家具移動〉ってやつで? 私、はじめて知ったわ。砦って家具だったのね」
「はは、もちろん砦は家具じゃないけど、これは僕が〈日曜大工〉で作ったやつだからね。ギリギリ家具の一種って判定なんじゃないかな」
〈家具移動〉で動かしたのは砦そのもの。
それも二つの砦を同時に、しかも互いに近づいていく形で動かしたのだ。
「お、おい、なんかちょっと砦が移動してねぇか!?」
「馬鹿を言え! そんなことあるはず……って、マジで移動してやがる!?」
「しかも前後どっちもだぞ!?」
「てか、迫ってきている!?」
「こ、このままだと挟まれるぞおおおおおおっ!?」
両側から砦が迫ってきていることに気づいて、敵兵たちが大いに慌て出す。
やがて三千超の兵たちが、二つの砦に挟まれてぎゅうぎゅう詰めになっていった。
もはや戦うどころか、身動きすら取ることができない。
「どうですか? まだ降伏する気はありませんか?」
改めて〈お便り〉を通じて敵の指揮官に問うと、
「こんなん降伏するしかねぇだろおおおおおおおおっ!」
そんな絶叫が響き渡った。
「じゃあ、少しスペースを作るので、武器を捨てて砦の方に一人で出向いてください」
砦同士の距離を遠ざけ、どうにか動ける程度の空間を作ると、男は砦の前までやってきた。
そして門扉を開けてやると、大人しく中に入ってくる。
ちなみに城壁に設けられた唯一の門扉は、ギリギリ人一人が通り抜けられる程度の大きさだ。
僕たちは中庭で出迎えた。
「対面では初めまして。ライルと言います」
「……ドレアルだ。ククク、その程度の護衛でオレを制そうとは舐めてくれたもんだな?」
ドレアルと名乗った指揮官の男の手には、いつの間にか拳鍔と呼ばれる格闘具が装着されていた。
地面を蹴ってこちらへ躍りかかってくる。
「〈快眠〉」
「すやぁ……」
目の前で白目を剥いて、巨体がひっくり返った。
顔面を地面に思い切りぶつけたけれど、深く眠っているようでまったく起きない。
「こういう可能性もあると思って、あらかじめ発動を準備しておいたんだ」
「私が斬り捨ててやってもよかったけど?」
指揮官が捕まったことで、敵軍は大人しく撤退していった。
戦闘が始まってから一時間も経っておらず、フェリオネア軍が受けた被害はほぼゼロ。
完勝と言っていいだろう。
「……なんか戦いが始まったかと思うと、よく分からないうちに勝ってたんだが」
「それな」
「何にしても勝ちは勝ちだ! 俺たちが街を守ったんだ!」
「そうだな! フェリオネア万歳!」
「今夜は宴だ、宴!」
獣人たちは勝利の喜びに酔い痴れながら、フェリオネアへと凱旋。
夜には盛大な祝宴が開かれたのだった。
「それでこいつはどうするの?」
「うーん、向こうとの交渉材料にできればいいかなって思ってるんだけど」
牢屋に入ったドレアルを前に、僕とシルアはそんなやり取りを交わす。
本人は半ば自虐的に笑って、
「ククク、シュネイル伯爵は容赦のない方だ。戦いに敗北した指揮官なんざ、なんの価値もねぇだろうぜ」
「と本人は言ってるけど? さっさと処刑しちゃえば?」
「まぁまぁ、殺すのは簡単だからさ」
処刑を勧めてくるシルアを宥めると、ドレアルは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「はっ、そっちの獣娘と比べて随分と甘ちゃんだな? その甘さがいずれテメェの命取りになるかもしれねぇぜ?」
「その前に人体実験として利用したいんだ」
「前言撤回ッ! テメェの方がよっぽどヤベェよッ!」
「まずは……人族にも効果があるか確かめてみたかったんだ。〈ペット飼育〉」
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