第98話 今度こそ幻覚かよ
ついに敵軍が見えてきた。
事前調査にはなかったはずの砦を前に、撤退してくれることも期待したけれど、少し戸惑った様子を見せただけで、構わず向かってきた。
主塔の上で敵軍を眺めながら、シルアが訊いてくる。
「それで何を使って殲滅するの? 〈火起こし〉? それとも〈水生成〉で溺死させる?」
「……相手が魔物ならともかく、人間相手にそんな殺戮方法は取れないよ」
最初からそのつもりなら、わざわざ砦なんて築いたりはしない。
そうこうしている間に、ついに敵軍の先頭が砦の眼前へ。
戦いが始まった。
「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」
いきなり峡谷に砦が出現し、不利な攻城戦になったにもかかわらず、敵軍の士気は高い。
城壁に梯子をかけると、それを登って城壁を越えようとしてくる。
「負けるな!」
「人族どもを蹴散らせえええええっ!」
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
もちろん獣人たちの士気も負けてはいない。
梯子を登ってきた敵兵を蹴り落としたり、矢を射って地上の敵兵を攻撃したり、砦を必死に防衛している。
「魔法部隊、前へ!」
そんな中、敵軍の後方にいた魔法部隊が動き出した。
「発射!」
攻撃魔法が一斉に放たれ、それらが次々と城壁を直撃する。
どうやら乗り越えるのは容易ではないと判断し、城壁ごと破壊するつもりのようだ。
石で作られた堅固な壁とはいえ、何度も喰らい続けるとそのうち突破されてしまうだろう。
「それじゃあ、僕たち別動隊も動くよ。みんな遅れずに後をついてくるように」
「「「はい!」」」
僕の呼びかけに、元犯罪グループの青年たちが威勢よく返事をする。
実は僕たち別動隊は、敵軍に見えない場所から密かに断崖絶壁を登り、頂上までやってきていた。
「……〈歩行補助〉と〈重さ軽減〉が必要かと思ったけど、なくても余裕だったね」
「こういうのは得意だもの」
さすが猫の獣人たちで、足場なんてほとんどないのに軽々と駆け上がったのだ。
これは敵軍にはできない芸当だろう。
ちなみに僕はというと、〈重さ軽減〉を使ったうえでシルアに背負われて登った。
正直かなり恥ずかしいけれど、時間もないので仕方がない。
そうして僕たちは断崖絶壁の上から敵軍の背後へ。
完全に後方に回ったところで、僕は告げる。
「こ、ここから降りていくよ」
自分で言っておきながら、めちゃくちゃ怖い。
なにせこの断崖絶壁をこれから駆け下りていくというのだ。
当然、崖というのは登るよりも降りる方が難しい。
「やっぱり〈歩行補助〉と〈重さ軽減〉を……」
「そんなの要らないわよ。行くわ」
僕の言葉を余所に、シルアが崖を下り始めた。
青年たちがそれに続く。
「ひいいいいいいいっ!?」
「静かにしなさい。バレるわよ」
「~~~~っ」
そうして一気に崖を駆け下りた僕たちは、完全に敵軍の背後を取る形に。
「っ!? 後ろに敵がいるぞ!?」
「いつの間に!?」
「おい、後方に敵だ!」
気づかれてしまった。
すぐに敵兵がこちらに躍りかかってきたけれど、
「親分と姉御を守れえええええええっ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
青年たちが敵と激突し、食い止めてくれる。
そうして彼らが時間を作ってくれている間に、僕はその生活魔法を発動した。
「〈日曜大工〉!」
見る見るうちにもう一つの砦が築かれていく。
「な……と、砦が……?」
「い、一体何が起こっているんだ……?」
「これは夢か……?」
あっという間に完成したそれを前に、敵兵が呆然と立ち尽くしている。
その隙に僕たちは砦の中へと駆け込んだ。
「まさか、砦を二つも作っちゃうなんて。しかも敵軍を完全に挟み込んじゃうとか。さすがにとんでもアイデア過ぎよ」
シルアが呆れたように言う。
砦を攻めていたと思っていたら、砦に囲まれていたなんて、敵からすれば恐怖だろう。
「これで降伏してくれたらいいんだけど……ちょっと〈お便り〉を使って呼びかけてみよう」
◇ ◇ ◇
「クハハハハッ! 獣人どもも、なかなかやるではないか。だがあの邪魔な壁を破壊するまで、そう時間はかからなさそうだな」
魔法部隊による魔法攻撃を受けて、徐々に抉られていく砦の城壁を見ながら、シュネイル軍の指揮官ドレアルは哄笑を響かせていた。
肩に担いだ巨大な戦斧をゆっくりと下ろす。
「さて、そうなるといよいよオレの出番というわけだ」
指揮官の中には後方の安全圏から指示を出す者も多いが、彼はそのタイプではない。
自ら最前線に飛び込み、そのオーガじみた怪力から繰り出す戦斧で、これまで数多くの敵を屠ってきたのだ。
当然のようにこの戦いでも敵陣に乗り込むつもりだった。
しかしそのときである。
「ドレアル様っ! 大変ですっ! こ、後方に新たな砦が……っ!」
「は?」
言われて振り返ったドレアルが見たのは、前方にある砦と瓜二つの砦。
もちろんつい先ほどまでは影も形もなかったはずのものだ。
「……おいおいおいおい、今度こそ幻覚かよ?」
さらに予想外の出来事が発生する。
目の前の空間が四角く切り取られたかと思うと、少年の顔が映し出された。
「えーと、あなたが指揮官ですよね? フェリオネア軍を代表して、降伏を勧告します」
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