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本能寺に開く扉は炎を上げて  作者: 瀬緒 遊
第三部:天下布武
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41 祈り

美濃御前は判断を下すに機敏だった。


 留守役の福富貞家に、小谷のお市から意味ありげな手紙が届いたと手短に告げた。


 何も重要なことは書かれていない、書けるはずがない。お市の輿入れの際に付けてやった侍女はすべて織田に送り返し、お市の書く手紙はすべて検閲している浅井家だ。しかし何か、書いている以上の意味があるはずだ。


 浅井の様子を能う限りの速さで確認させよとまずは指示したが、そのあとはもう御前の指示は不要だった。


 福富も信長に留守を任されただけのことはある男だった。万一の浅井氏背信の場合に対し、岐阜においては出陣の用意。そして犬山、岩倉など尾張北部の各城に早馬を飛ばし、岐阜からの一軍にいつでも随従できるよう出征の用意を整えさせた。


 これらで小谷に急攻すれば、信長率いる越前侵攻軍の後ろを襲おうとしている浅井の兵の相当数をこちらに向けさせることができる。それは敵のただなかを駆け抜けて来なければならぬ信長軍の危険な帰還の、確実な一助になろう。

 

 小走りに部屋を出て行った福富を見送ったあと、美濃御前は深沈と想っていた。信長のことをである。


 信長は近江の大名国人らを検討したとき、浅井家のこの若い当主は家康とよく似ているな、と思った。


 長政は、家康と同じように戦の下手な父を持ち、家康と同じように臣礼をとらされながら人質として敵地に育ち、家康と同じように独立の悲願を果たし、家中をまとめて再興しつつあった若者だった。


 信長が無二の盟友と認める家康とよく似た苦労を克服してきたこの若者に対する期待は、ひょっとしたら初めから大きすぎたのかもしれない。


 確かに浅井の領土が地理的に重要ではあった。京への道筋にあたり、琵琶湖の巨大な水運を擁する近江の国だ。

 しかしわざわざ秘蔵の美少女お市を嫁にくれてやったのも、当たり前なら浅井が用意すべき輿入れの支度金を信長が大盤振る舞いしたのも、長政という人物そのものへの期待あってのことだった。


 近畿を統一し、足利将軍を旗に立ててこの悲惨な戦乱の世を終結させる。どうだ、乗るか?

 ああしかし、信長にそう言われて、いいえ、と言える者がいただろうか。戦国の収束など、威勢の良い掛け声程度にしか思わぬ人がたくさんいると、あの人だって知っていように。


 お犬という同腹の姉がいたにも関わらず、その姉を差し置いて重要な同盟国に送られると聞いてお市は感激した。ひとまわりも年の違うこの妹が、実は数多い兄弟姉妹のなかでも信長と同じ激しい血を一番濃く受けていた。


 きっと両家のくさびとなって、兄上の上洛のため、天下布武のため、浅井のよきしつ(妻)となりまする。


 そう熱意を持って嫁いでいってから数年たった今、空を舞う紙細工を文箱に入れて送って来たお市のことを、同じ女として美濃御前は悲しく思いやった。


 お市が嫁入った先の浅井家で、琵琶湖まわりの特殊で複雑な力関係とその確執の歴史、浅井家中の重臣や隠居の久政それぞれの思惑、そして長政の手腕や信念などを知ってゆくにつれ、とまどい、訴え、怒り、悲しみ、そして最後には夫に対する冷たいあきらめに落ち着いたことが、手に取るように御前にはわかるからだ。


 浅井と織田が手切れとなったら、その波紋は近江だけにとどまるまい。信長が上洛に成功して畿内を制圧してからというもの、各地の大名が公然と対抗するようになっている。


 この隙をつこうと、京では三好が反信長に決起するだろう。信長が建造してやった二条城にかまえる将軍義昭も一枚噛んでくるかもしれない。


 これに、信長から矢銭を要求され、しぶしぶ支払いはしたものの腹に据えかねている本願寺などの一向宗徒や、先を越されて上洛されたと歯噛みしている甲斐の武田が加わったりしたら八方塞がりだ。いや、きっとそうなるだろう。


 これからの信長には、これまでとは比較にならぬ困難な戦が、いつ終わるともわからぬほど続いてゆくだろう。そして今回の長政の背信に学んで、信長は人を疑うようになり、各地に間者や細作を隙間なく配置してゆくだろう。そしてますます、裏切りや嘘を憎む人になるだろう。


 ああ、と、美濃御前は胸の前で手を握り合わせて、つい声を漏らした。


 人を殺す神にならんと戦うあの人が、人を殺すだけの鬼となってしまいませぬように。あの人が、あの胸に滴るあたたかな思いやりを亡くしてしまいませぬように。


 今となっては、美濃御前にできるのはそう祈ることだけだった。


 浅井朝倉連合軍の織田軍へのこの挟撃は、のちに金ヶ崎の戦いと呼ばれた。元亀元年(1570)の春のことだった。

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