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本能寺に開く扉は炎を上げて  作者: 瀬緒 遊
第二部:尾張から駿河へ
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17 美濃御前の梅園

 若い騎馬武者が小薙刀を小脇に、軽快に駆けてくる。


 梅の木がほどよい距離を持っていくつも植えられ、花の頃にはさぞかしと思わせるような美濃みの御前ごぜんお気に入りの梅園だった。


 その樹々の間を縫うように駆けてくると、馬上の武者はくるりと薙刀なぎなたを回旋させて構え、右手にあった木の一本に速度を落とさず近づいて、手に持つ武器を一閃させた。


「おみごと!」

 近くで声が上がる。が、振り向きもせず次の木に向かう。今後は左、また一閃。


「これも当てた!」

 また歓声が上がる。その騎馬が過ぎて行った後の木の下には、両断された手のひらほどの大きさの木の板が落ちている。


 梅園をぐるりと回り、入口あたりに戻って来たその騎馬武者は息を切らせながら、

「今度は八枚!違いましてか?」


 そこでは五、六人の軽武装の者と騎馬の一人が待っていたが、馬上の一人がそれに返した。

「残念じゃったの、お久。十じゃ」

 わっ、とまわりの者らが笑い声を上げる。


 長い髪を首筋で硬いまげにし針金入りの鉢巻きを汗止めに巻いたこの騎馬武者は梁田の久恵、年は十六。これも笑いをこぼしながら、機嫌のよさそうなその主人に抗議した。

「十と?みなみな五、六枚ではありませぬか。この久恵だけ、なにゆえ倍もの板を割らねばなりませぬ」


 薙刀を渡された美濃御前はそれを受け取ると、美しい所作しょさでそれを小脇に構えつつ答えた。

「お久の割った板が欲しいという者が多くての。五枚や六枚では足らぬとな」


 それぞれの梅の木の傍にいた者らが、割れた板を持って駆けてきた。これらはみな美濃御前の侍女であったが、いずれも馬乗りはかまに鉢巻きの勇ましい姿であった。


 明るく開け広げな女主人の気性を映して活発で屈託のない娘が多かったが、これらが礼賛を惜しまないのが久恵だった。小太刀や薙刀の上手は他にもいたが、馬に乗らせれば母衣ほろ衆にも負けぬ技量と度胸の、美濃御前自慢の女武者であった。


 織田家中にも若い娘らの憧れを集める若武者は少なくない。赤母衣あかほろ利家としいえ黒母衣くろほろ成政なりまさなどはその武勇と立身において筆頭であったが、相手が男であればもてはやすだけでも不義の風紀のと叱られぬものでもない。そこで侍女らの中でも凛々しいものを賞賛して楽しむのは、御前のふるさと美濃の稲葉山城においてはほとんど伝統であったという。


「女子高の生徒みたいですね」

と浩之などは、野に咲く花を束ねたものなどの罪のない贈り物を贈られ困惑する久恵に、先の世でも同じようなものだと話してやったりしていた。


 嫁入り前は稲葉山の大勢の侍女らの憧憬どうけいを一身に集めていたという美濃御前は、肌と髪の美しい背の高い人だった。この人は尾張に嫁ぐとすぐにふたつ年下の夫、信長に願って梅園を作らせた。


 あっさり許した信長であったが、この新妻がそれを騎射薙刀の稽古場として作事し始めたのを知ると、蝮の娘、花の咲く木を愛でたいという嫁ならかわいいものなどと思ったが甘かったわと左右に苦笑したという。  


「この戦乱の世、武将の娘や妻にもあらば、ことあれば斬り防いだり、城を落ちてゆかねばならぬこともあろう。そんな折に薙刀ひとつ振れぬ、輿こしを探せのお姫様ではあさましい死に方をすることになろうぞえ」


 美濃の梟雄きょうゆう、斎藤道三の娘はそうした方針のもと、使う侍女らには行儀作法にも厳しかったが、その武術馬術の指導にも厳しく当たった。


 この日の稽古は、梅の木に吊るした木の板を騎乗から薙刀で落とすというものだったが、どの木のどの枝に何枚の板が吊られてあるかは事前に教えられない。そのため注意深く探しながら速度を落とさず、馬の脚を誤らせず、しかもその小さな的を正確に斬るなり打つなりしなくてはならぬ難しい技であった。


 向こうで、板を吊るす作業が終わった合図に旗を振っているのが見えた。


「さ、若御台も我が庭じゃとあなどって馬の脚をあやまらせなどなさりませぬよう。」


 そう言うのは、道三公からつけられて尾張にやって来た美濃御前の腹心、麻江あさえという女中であった。これは他の小娘みたいな侍女らとはなにをやらせても格段の差を見せる女丈夫じょじょうぶで、めったに笑顔など見せない口数の少ない女だったが、誰よりも美濃御前に信頼されていた。


 麻江にちらと片頬で微笑んで見せると、愛馬に鞭を打つが早いか、美濃御前は駆けだした。


 ただでも女にしては背が高いのに、習慣にしている稽古のために腕、肩、背中も鍛えられた御前の騎乗の後姿は、久恵が見ても惚れ惚れするようだった。


 しかも御前はその髪もすばらしかった。類なく黒くたっぷりと重たげで、強い輝きを持つその束ねた髪を馬のひとあしごとに大きく打たせてゆく御前は、後ろで見る女たちにいつもため息をつかせた。

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