表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺に開く扉は炎を上げて  作者: 瀬緒 遊
第一部:尾張
17/51

16 大志の人

 この日も吉法師はおそば去らずの小姓、前田犬千代を従えていたが、許しなく何者かを近づけ、しかも哄笑させる不行き届きに吉法師は声をとがらせた。


 慌てて犬千代が走り寄り、膝をついて詫び入った。

「お許しくださいませ、若殿にお目にかかりたいと申す者が参りまして、御用が済むまで待つというもので待たせておいたのですが、お声をもれ聞き、ふらちにも笑い声をたてました次第。」


 なに、と、吉法師はそちらに目を向けた。地面に膝をついている若者と、女の子供だった。瞳を輝かせている女児になんとなく見覚えがあり、はて、と首をかしげたところ、若者が顔を上げた。


「梁田四郎左衛門政綱、さきごろ妹ともども世話になった礼に参りました。」


 思い出した。あの死んだ猫を抱いて泣いていた兄妹か。接見は正規の手順を踏んで城に申し込め、と叱りつけようとしたその先に、久恵が両手で何物かを捧げてつつつと進み寄って来た。


 犬千代がそれを受け取り、吉法師の方に向けて見せた。紙でできた細工物のようだった。見慣れない形のそれを手に取って仔細に見てみる吉法師に、政綱が声をかけた。

「ご覧くだされ。」


 政綱は同じものを手に持ち、手首を利かせてそれを空に放って見せた。すいっ…と、気持ちよくそれは風に乗って飛んで行き、久恵が拾いに駆けて行った。


 飛んで行ったものを見、手にあるものを見してから、吉法師は同じようにそれを空に飛ばせてみた。風に押され、それは吉法師の頭上で逆さに返って、すぐ近くにぽとんと落ちた。また久恵が駆けて来て拾い、吉法師に手渡した。


 兄が言った。

「それが礼でござります。お探しと伺った式神の仙人、ひっ捕らえてその空飛ぶものを取り上げてまいりました。」


 紙飛行機を手にした吉法師は、何事か考える目つきをして、何度か軽くうなづいてから小さくため息らしい息をもらした。


「ご期待外れでござりましょう。」

 膝をついたままそう言う政綱を、吉法師はじろりと見おろした。


「厚手の紙を折って、風に乗って飛ぶように工夫しただけのもの。連絡に使おうにも風まかせでは矢文ほどの役にも立たず、まして何かを負わせて運ばせることなどとてもかないませぬ。」


 ふん、と吉法師は鼻を鳴らした。

「なるほど、なんというほどのものでもないわ。しかし初めて見た。これを持っていたのは何者じゃ。」


 政綱は愛想笑いもせずに首を振った。

「礼にお持ちしたのはその品物ひとつ。それ以外のことはあるじでなければ漏らせませぬ。」


 ふん。今度は明らかに小馬鹿にした意を表して、また吉法師は鼻を鳴らした。

「斯波の家来と申しておったな。あの武衛様に何を持たせたとて、何事かをできると思うておるならめでたいやつじゃ。」

「思うておりませぬ。」


 打てば響く勢いでそう言い切った政綱に、吉法師は鋭く目をやった。片膝を地にして、政綱は作法通り直接には吉法師の顔を見ない。


「思うておりませぬ。何であれ、お役に立ちそうなものならば、乱世を正すとのお志を持ったお方に使っていただいてこそ冥利。吉法師殿にこそお使いいただくが冥利にござる。」


「何を言う。たった今、わしには漏らせぬと言うた口で。」


 さっと政綱は顔を上げ、吉法師をにらみ返した。

「そうは申しておりませぬ。主でなければ、と申したまで。」


 政綱は吉法師の目から目をそらさない。

 浩之のいう尾張の英雄が吉法師であることはもう疑えなかった。名前の一致だけでなく、たった今聞いたこの人の言葉で、その志は一家の安泰などと言う卑小なものでなく天下の安寧であることが知れた。つい嬉しくて、腹からの笑いが抑えきれなかった。この人のもとでこそ働きたい思いが、その声に熱を持たせた。


「吉法師殿、この政綱をご家来衆の端にお加えなされませ。必ずあなた様のために、あなた様の大志のために、役に立つ者でござる。」


 そして吉法師の返事も待たず、縁側の方をむいて、そこで成り行きを見ていた幼い人質に向かって言った。

「竹千代殿も、この梁田政綱の顔をお見知りおかれよ。きっとあなた様のお役にもいつか立ちましょうぞ。」


 竹千代はにこ、と微笑んた。

「おう、見知りおこうぞ。励め。」

 吉法師は眉を寄せ、勝手にせい、との言葉を投げ捨てて立ち去った。


 

****************************


 この二年後、竹千代は人質交換として改めて駿河の今川義元の元へ送られ、それきり吉法師とは長く無沙汰となる。


 信長と名を改めた吉法師は、父信秀が天文二十一(1552)年に没すると同族同士の争いに忙殺される日々が続く。卓越した実力を見せだした信長に対し、清州の信友がついにその暗殺を企てるが、その食客斯波義統に密告され未然に終わる。信友よりもむしろ信長に将来性を見た斯波家の家老、梁田政忠がその主人を説いたものと言われ、それを裏付けるようにその息子政綱がそのころから信長の供まわりに見られるようになった。


 やがて義統が信友に討たれた後、信長は信友を討ち、弟信行を討ち、ようやく家中を統一させる。足元を固めた信長が、いよいよ外の敵に相対する。


(これで第一部完了です!次回、久恵ちゃんと信長様の外伝をはさんでから第二部、尾張から駿河編に入ります。桶狭間が熱い!)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ