強さを求める訳
メリルと共に剣の鍛錬を終えた後、ミストは半月ほど前に《取引》で入手した本を読んでいた。
「またその本を読んでいるのですか?」
「ああ。基礎とはいえ魔法についての本だからな。そんな簡単に全て理解することはできない」
剣の鍛錬の合間に、ミストは魔法についての勉強も進めていた。
「《EWO》の魔法とどこが違うのですか?」
――ふと、気になったメリルがミストに尋ねた。
「《EWO》は一度魔法陣を見るだけで自動的に設定された魔法を習得し、その魔法名を唱えるだけで使用できたが、この世界は魔力を操作して魔法陣を自力で構築しなければ魔法を使えない。当然、その魔法陣の一部でも誤った構成にしてしまうと、望んだ結果を起こせない。運が悪ければ味方を攻撃してしまうこともある」
「そのような違いがあるのですか。……しかし、魔法陣を暗記して、それを構築する練習をするだけですし、何か理解を要することはありませんよね?」
メリルは先ほどのミストの言葉に疑問を覚えた。
「魔法陣を暗記するだけなら、その通りだ。だが、魔法陣そのものを理解すれば、魔法陣を少し弄って魔法の規模を変更したり、今は存在していない新しい魔法を作り出したりできる。だから、その知識をこの本で学んでいるんだ」
ミストは手にしている魔法書をメリルに見せながら、話を続ける。
「他にも理由がある。魔法は他人を殺傷できる武器と同じく危険なものだ。だから、武器の所持を制限するように魔法にも制限がかけられている。魔法を使うために必要な設計図と言える魔法陣もその一部だ。この《基礎魔法書》に魔法陣の解説はあるが、小さな水滴を作る魔法陣一つしか載っていない。要するに、攻撃性や利便性の低い魔法でも比較的高価で、魔法陣を入手するのが難しいということだ」
「貴族のような立場の人間族は魔法陣を独占して力を持っていそうですね」
メリルの予想を聞いたミストは頷く。
「ああ。魔法を使って、上の立場の人間族は下の立場の平民たちを支配している。平民のほとんどが魔法を使えないから、貴族の横暴な振る舞いや圧政に反抗しても殺されることが多い」
「そんなに酷い状況なら、平民たちは逃げないのでしょうか?」
「逃げられないのが実情だ。ダンジョンから出た魔物が繁殖し、世界中に生息するようになったことで、人間族が生活できる環境は、頑丈な外壁の中だけとなった。その影響で外部との接触が極端に減り、閉鎖された一つの町が一つの国のような状態になっている。だから、他の町に移動したければ、護衛として凄腕の冒険者を高額な報酬を払って雇う必要がある。しかし、搾取されている平民たちにその余裕はなく、生まれた町から出たことがないというのも珍しくない」
この世界の情勢を知ったメリルは、顔を曇らせる。
「辛い日々を過ごす人が多いのですね」
「そうだな。そんな生活に嫌気が差して冒険者を志し、魔物に殺されるというのもよくある話だ」
《交流》で情報収集を行っているミストは、様々な知識を得た。
そして……考えた。
この世界も一人で生きるには限界がある。
だから、助け合うために集団社会が成立しているはずだ。
それなのに、その集団に属している他者の財産を奪うなどの諍いが後を絶たない。
人間関係を良好に保ち、努力して得た成果を他人に取られたり、気に入らないからと足を引っ張られたりすることを避けるのも面倒だ。
だが、ダンジョンマスターなら他者に邪魔されずに、自分の都合を優先できる。
その環境と大切なメリルを守るため、何者にも負けない力を身につける。
それまでは、ダンジョンの出入りもせず、徹底的にダンジョンの存在を隠し、ダンジョンを発見されたとしても、情報を漏らさないように侵入者は必殺できる万全の体勢を整える。
これほど自身の力に拘る理由は、絶大な力を持つ組織では足りないからだ。
自身ではなく他者のため、完全な信用はできない。
裏切り、認識の齟齬、動きの迅速さ、組織文化、人員の怪我、病気、老化、世代交代などのリスクがあり、栄枯盛衰の言葉通り、いつか必ず滅びの時が来る。
対して、ダンジョンマスターは限りなく隙が少ない。
ダンジョンという要塞と多種多様な魔物を操り、不老で肉体は衰えず、病に蝕まれず、食事と睡眠も必要なく、ダンジョンコアがあれば、殺されても魔力を消費して復活する。
それに加えて、ミストがこの世界で隔絶した強さを身につけることができれば――――失わずに済むだろう。
やりたいことだけを好きなだけやれる、このミストとメリルの世界を――――




