剣聖との鍛錬
中一のときに《EWO》を始めたミストは大学二年になると、現実世界より10倍速く時間が進む《EWO》では70年が経過していた。
古参プレイヤーの一人になっていたミストは、プレイヤーの平均レベルより少し上といったところで、プレイ時間の割にあまりレベルが高くなかった。
なぜなら、魔物を倒してレベルを上げ、ゲーム内通貨の金を稼いで装備を調えた方が簡単に強くなれるが、ミストは冒険者ギルドに隣接する訓練場の教官などに指導を受け、剣術や魔法などを基礎から学ぶことを重視しており、熱心にレベル上げをすることがなかったからである。
ミストは技量向上のために、剣聖と呼ばれるほどの剣の達人と戦っていた。
凄まじい剣技の冴えを見せる剣聖に、ミストは対抗する。
予備動作が限りなく少ないため、いつ踏み込んでくるか、どこからどのように攻撃してくるか、互いにわからないような状態で、剣聖はミストの攻撃を主に回避で対処し、ミストは主に盾によって対処している。
両者とも剣で相手の剣を受け止めることはなく、一瞬たりとも戦闘は停滞しない。
激しい戦闘は疲労を急激に蓄積させるが、少しでも精彩を欠けば、相手の剣の餌食となる。
ほんの僅かな隙さえも見せない両者は、相手の隙を作り出すために攻防の最中、視線でフェイントをかけて相手を惑そうとしながらも動きは鈍る様子もない。
二人は決して《アシストスキル》を使おうとしない。
システムにアシストされる《アシストスキル》による攻撃は高威力だが、動きが読まれやすく、《アシストスキル》の使用を終えるか、中断すると動きが止まってしまう。
相手に隙があるときに使用しなければ、攻撃を躱され、技後硬直中に反撃される。
だから、《アシストスキル》は相手に隙があれば積極的に用いるが、互いの相手は隙を作れたとしても、即座に体勢を立て直し、反撃の一撃を放つ技量の持ち主だ。
結果、この高速戦闘中に《アシストスキル》を使用することができない。
ミストが上段から振り下ろしてくる攻撃を、剣聖は剣の腹を弾くことで最小限の力で逸らし、ミストに鋭い突きを放つ。
ミストは切っ先が霞むような速さで迫ってくる剣聖の剣に対して、大きく負荷がかかるように盾で受け止める。
――僅かな異音
今までの激しい戦闘と先の突きを盾で受け止められたことで、剣聖の剣に罅が入る。
剣聖は自身の剣が長くは持たないと悟って焦りを覚えるが、表には出さない。
しかし、剣の負担を軽減するために盾で防がれることを避けながらの戦闘となり、攻撃の選択肢が狭まってしまう。
一方、ミストは勝ちを急ぐことなく、盾を積極的に用いて剣聖の剣により強い負荷をかけていた。
そのため、さらに剣聖は戦闘のやりにくさが増すことになった。
そして、ついに――――
剣聖の剣が折れる。
剣を失った剣聖は、徐々に追い詰められていく。
幾度も傷を負いながらも攻撃を避けていたが、首に突きつけられた剣を見て、剣聖はミストに降参する。
初めて会った日から、ほとんど変わっていないミストの容姿を見て、剣聖は不満を口にする。
「老化が遅くて、死んでも生き返るなんて羨ましいよ。体が衰えて剣が持てない日が来ないんだから」
ミストの前に立っている20代の青年が、圧倒的な才能と努力を重ね、剣聖の称号を得た人物である。
「俺は、お前の才能が羨ましいよ」
そう言いながら、ミストは剣を鞘に収める。
一般的な才能しか持っていなかったミストは、70年の鍛錬を積んでようやく今の剣聖の実力に少し勝るという状態だった。
ミストと剣聖の成長速度は違う。今は勝つことができるとしても、いつか必ず剣聖に負けるときが来てしまう。
「僕は才能、君は時間が味方だよね。時が経って君に勝てるようになったとしても、もっと時が経てば今度は老いた僕が負けることになる」
プレイヤーであるミストは、《EWO》で死んでも生き返る。
《EWO》の住人である剣聖は、プレイヤーと比べて10倍の速度で老いていく。
「ミスト。用事があるって言っていた時間ですよ」
メリル――ミストの契約精霊――がログアウトを促す。
「……もうそんな時間か。またな」
剣聖に声をかけると、ミストとメリルは姿を消した。




