7(ごゆっくり)
「ボス、何ですかい?」スピーカーから男の声がした。「でっかい音がしたようですが、」
マイアミとアリゾナがぼくを見た。よりによってブザーの一番近くにいたのがぼくだった。ふたりは目顔で出るのを促した。
ぼくはスイッチを押し、「ボスは今……トイレに行ってるよ」指が震えていた。
男「さっきの音は?」
ぼく「ままあることだよ」
男「まま?」
ぼく「良くあること」
男「そうですかい」
ぼく「うっかり椅子を倒しただけだよ」
男「ああ、成程。失礼しました」
どっと安堵が押し寄せた。オーケー。どうにか乗り切った。と思ったら違った。
男「あ、お客人」
ぼく「なに?」
心臓が口から飛び出そうだった。男は云った。「何もお構いできませんが、ごゆっくり」
カチャリ。通話は切れた。静寂が部屋を占めた。室温が高くなっている。暑い。いや熱い。鼻の下のじっとりとした汗を、手の甲でぐいと拭った。
ふぅ、と小さくマイアミが息を吐いた。「防音でなかったのか」ぼくを見て、「血の巡りが悪そうなヤツでよかったな」
「もしかして」アリゾナがふと、思いついたように、「これで人数、ぴったりだったりするんじゃないかしら?」
なんの話をしているんだ、この女は。「それどころじゃない。シカゴが、」
しかしアリゾナは、「坊や」と諭すように、「もうその段階は遠く火星まで飛び去ったのよ」
「でも、」
ぼくはマイアミを見た。彼も同感と云うように頷いて見せた。ふたたびアリゾナを見ると、「こういうことは、ままあるの」
ぼくは唸った。
「不服そうだな」マイアミは空の拳銃をぼくに向け、「ルールが変われば、結果も変わる」
目の端でアリゾナが小さく頷くのを捉えた。彼女もまた同じ考えなのだと理解した。
「いいな?」
「……シカゴは人数が違うと云った」
ぼくの言葉に、マイアミとアリゾナが目配せし合った。ぼくは続けた。「多いのか少ないのか分からない」
マイアミが鼻を鳴らした。「いまさらバカこくなよ、小僧」
「でも、みんな別々に仕事を云い渡された。それなのに今日、全員呼んだ理由は?」
「ふうん」とアリゾナ。「シカゴがまだ何か隠していると思うの、坊や?」
ぼくは肩を竦め、「そんなこと分かるもんか。可能性の話、仮定の話だ」
「ほう?」マイアミは顎に手を当て、「小僧はシカゴを悪者にしたいのか」
「まさか。シカゴはぼくの叔父さんの恩人なんだ」
「へえ? そうかい?」マイアミは鼻で笑った。「それを信じろと?」
「シカゴがこうなっちゃ、坊ちゃんも同じ縄で吊るしかないかないんじゃないかしら?」
アリゾナがさらりと恐ろしい提案をした。
「恩があるのは叔父さんで、ぼくじゃない」
「でも叔父さんには恩があるんでしょ? 坊やが告げ口するでしょ? おお、我が甥っ子よ、ありがとうって? ねぇ、マイアミ。あなた、叔父さんに目ェつけられちゃうかもだわよ?」
「姐さん、アンタも自分は安全だと思ってるのかい?」マイアミはふふんと口角を上げた。
「あらやだ」アリゾナは表情を崩さず、「あらやだ」二度云って。「アタシもなの? なら、尚更ね」
「待って待って待って」ぼくは必死になって、「関係ない。云わない。誰にも」
「そりゃ無理だよ、小僧」とマイアミ。
「難しいわね」とアリゾナ。
「どうしたら信じて貰えるのさ? そうだマイアミ、その銃をぼくに貸してくれ」
「どうして?」
「もう一度、シカゴを撃つ。ぼくが」
「ほう」マイアミはヒュウと口笛を吹いた。「面白い提案だな、小僧」
「死体を撃って、連帯責任を気取るつもり?」アリゾナが不穏な視線を向けてきた。
「覚悟を見せればいいさ」
「甘いわね」
「黙りな。姐さん」マイアミはポケットから一発の弾丸を取り出し、ぼくと弾丸を交互に見て、「こういうことに首を突っ込むのは最後にするんだな」凄みのある声で云う。
ぼくはごくりと唾を飲み、「分かった」やっと口にした言葉はかすれていた。
マイアミがアリゾナに目配せしたのが分かった。そしてマイアミは弾丸をポケットに戻した。
全身に安堵が駆け巡るをのを感じた。ぼくの覚悟はどうやら認められたらしい。
ビーッ。インターホンが鳴った。
「ボス! ボス!」慌てた声に続き、何か湿った物をドスッと叩く音がした。
一拍置いて、「遅れた」
さっと事務所の空気が変わった。室温が十度は下がった。




