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6.最終試験という名の実戦投入

 2047年4月。黄昏蝕から三ヶ月経過した今日は、晴天だった。

 軍は依然として警戒レベルを引き上げ、緊迫した空気が基地内部に張り詰めている。だが基地の外はのんびりとした空気が漂い、そこで生活している人々は、至って普通な休日を過ごしていた。

 

「外は平和ですね」

 人気のないショッピングモールの屋上でそう呟いたのは、私服姿の壬生だった。

 うつ伏せになっている壬生が構えているのは、普段使っている対物ライフルではなく、対人用のスナイパーライフルだ。

 ボルトアクション式、装弾数は5発。有効射程距離は700mほどだが、銃身自体に消音機能を付与しているため、周囲に音が響き渡ることは無い。

 真下にある喧噪が、やけに遠く感じる。横にいる赤城は何も喋ることなく、ただ与えられた"観測手"の役割をきっちり果たそうとしている。

 そして、どれくらい時間が経過したのか、赤城が不意に口を開いた。

「……標的確認」

 ほぼ同時に、壬生がスコープ越しにそれを捉える。

 大柄の男が2人、どちらもスーツ姿で、腰にはハンドガンとナイフを携えている。

『こちら黒木、確認した。霧舞、そっちはどうだ?』

『ほいほい、こっちも確認したよ。紅咲ちゃんも準備オッケー』

 それを聞いた壬生は、思考による操作で義眼の能力を解放。仄かに紅く発光した両目は、知覚をオーバークロックするのと同時に、必中の方程式を一瞬にして組み上げていた。

「了解しました。紅咲さんに合わせます」

 壬生は正面から見て左奥側にいた男を照準。周囲に護衛が6人いたが、それらはすぐ傍で待機している黒木が一掃することになっている。

 数秒後、視界の右側から、凄まじい速度で飛翔するライフル弾を捉えた。同時に壬生はトリガーを絞り、即座にボルトを引いて排莢。次弾を装填すべくボルトを戻そうとしたが、どうやらその必要はなさそうだった。

 陰から躍り出た黒木が、サプレッサー付きのアサルトライフルで護衛を一掃するのが見えた。既に標的である2人は頭部を撃ち抜かれており、10秒と経たずに護衛も全て斃れた。

『標的の死亡を確認。引き上げるぞ』

 黒木は近くで待機していた軍の輸送用トラックから"清掃部隊"が出てきたのを確認し、一瞬で姿を晦ます。

「なかなかやりますね」

 壬生はライフルを分解しながら称賛する。赤城は何も言わなかったが、頷いていた。


◇◆◇◆◇


 薄暗い部屋で、私は一人待たされていた。

 その間に、新しく支給された個人用の携帯端末を確認する。

 機能自体は至ってシンプルだと思っていたが、どうやら蒼鷺が色々と仕込んだらしい。少しいじってみると、軍のデータベースの深部に易々と入り込めた。

「……?」

 そこで、ふと目に入った文字に、眉を顰める。

 詳細を見ようとしたが、タイミング良く部屋に誰かが入ってきたので、半ば反射的に電源を切った。

 白衣姿の蒼鷺と、その後ろに戦闘服を纏った霧舞がいた。

「やぁ、腕の調子はどうだい?」

「……漸く馴染んできたところです。ある程度の戦闘も熟せるかと」

 そう言うと、蒼鷺は頷き、束になった資料を渡してきた。

 2047年現在、紙媒体はあまり使われていない。電子媒体に信頼性が出てきた今、特に軍では紙で資料が配られることは無い。

 だが、紙で渡されたということは、余程重要な何かが記されている。

「そろそろ君には、本格的な作戦に参加してもらう。が、その前に、我々が置かれている現状を、改めて知ってもらおうと思う。それはその為の"レポート"だ」

 蒼鷺はそう言って近くの椅子に座ると、ラップトップ型の端末を起動した。

「"黄昏蝕"……三ヶ月前に発生した、忌々しい出来事だ。そして、774機械化特殊分隊は今、それらを実行した"実行部隊"の殲滅と、この出来事の"真相"を掴むべく、裏で密かに動いている」

 まず最初に表示されたのは、血液が入った試験管が無数に並んでいるものだった。

「これは、発生直後に採取したサンプルだ。検査の結果、ごく僅かだが、正体不明のウィルスの残骸が確認された。全ての検査結果が出揃っていないから何とも言えんが、ウィルスによって汚染された血液は有毒だ。触れただけでは特に影響はないが、体内に取り込んで血液と反応させると……ウィルスの残骸が何故か活性化し、そいつも同じ運命を辿ることになる。そこに至るまでのプロセスは依然として解明できていないが、その辺りは私たちにとって、どうでもいいことだ」

 そう言って口角を上げた蒼鷺は、次に、巨大な構造物が写された画像を表示した。

「……これに関しては、結論から先に言わせてもらおう。"黄昏蝕"に関するデータが、第六防衛都市地下シェルター最深部のデータベースに残っていることが判明した。一時間ほど前に、ログを洗っていた情報部隊が確認したものだが、残念ながらそのデータ自体は隔離されたデータベース上にあって、こちらからアクセスが出来ない状態だ」

 そこで、と言わんばかりに渡されたのは、黒色の小型端末と、特殊な形状の端子を持ったケーブルだった。

「第六防衛都市地下シェルター最深部へ単独で潜入し、黄昏蝕に関するデータを持って帰る。それが君に課せられた……最終試験だ」

 やることは、至って単純だ。

 シェルター最深部に到達したら、そのデータファイルを吸い上げて帰還する。その手の任務や作戦は、前にも何度かやってきた。

「作戦の詳細はこの後すぐに、君の端末に送る。装備を整えて、30分後に東ゲート前のヘリポートに向かってくれ。細かいことは無線で指示する」

 私は黙って首を縦に振る。

 満足そうな顔をした蒼鷺は、手を振って部屋を出る。

 終始無言だった霧舞も、それに続くようにして外に出ようとしたが、何かを思い出したのか、ふと足を止めて振り返る。

「紅咲ちゃん、これあげる」

 そう言って投げられたものをキャッチする。

「……何ですか、これ」

 霧舞が投げて寄越したそれは、壬生が使用している対物ライフルの13mm弾だ。だが、弾頭は銀白色に輝いている。

「"お守り"よ。頑張ってね」

 にっこりと笑って霧舞が部屋を出ていく。

 取り残された私は、そのお守りを暫し眺めたが、やがて溜息を吐くと、展開した右腕の薬室に入れて、部屋を立ち去った。

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