5.極東陸軍774機械化特殊分隊
目が覚める。身体の感覚があまり無い。だが拘束されている感じはせず、寧ろ浮くのではないかと心配するほど軽い感じがする。
そんなことを考えていると、擦れた視界の隅に、白衣を着た女が立っていた。
「……やぁ。目が覚めたかい?」
声を掛けられたが、上手く喋れない。手を使ってジェスチャーしようと思ったが、ここで両腕に途轍もない違和感を感じた。
「私もあまり、こう言った宣告はしたくないんだけどね……君の両腕は、"機械"になった」
道理で違和感を感じるわけだ、と私は苦笑する。
あの場で何をされたかは今でも鮮明に覚えている。まさか生きていられるとは思いもしなかったが、そうなった場合、どちらにしろ元の腕は失うことになることは覚悟していた。
「……流石は元特殊部隊員、この程度では動じないか。普通ならここで暴れ回って鎮静剤を打ち込むんだが、どうやら必要ないらしい」
そう言って微笑む白衣姿の女の後ろには、注射器を持った戦闘服姿の女がいた。
「え、蒼鷺さん。これ、出来ないんですか?」
戦闘服姿の女は、注射器を差し出して嘆いている。
どこから突っ込めばいいのか、どうやら蒼鷺と呼ばれた白衣姿の女もそう思っているらしく、呆れた顔をしながら話を続ける。
「もう察しているとは思うが、君がどのような人物かは調べてある……おっと、自己紹介が遅れたな。私は蒼鷺蓮、私の後ろにいる彼女は霧舞霖だ。君の名前も直接聞きたいところだが、まだ上手く喋れないみたいだから、今は話を聞くだけでいい」
そう言うと、蒼鷺は近くにあるパイプ椅子に腰を掛けた。
「君も軍上層部直属の特殊部隊員だ。名前は聞いたことあるだろう……"機械化特殊分隊"、私たちはそこに所属している」
当然、聞き覚えはあった。"極東陸軍774機械化特殊分隊"、噂話程度に聞き流していたが、まさか存在しているとは思わなかった。
「後ろにいる霧舞君は分隊長で、両腕と両脚を失っている。私は大したことないが、右脚を失っている。他の分隊員も同じように、何処かしらを失い、その部位を機械化している。……そして、君の両腕も同じように機械化してある」
蒼鷺は、不敵な笑みを浮かべる。
「既に書類は用意してある。あとは君が頷くだけで、晴れて私たちの仲間となる」
そう言うと、霧舞は腰のポーチから書類の束を取りだすと、蒼鷺に渡した。
それとほぼ同時に、霧舞は太腿のホルダーにあるハンドガンのグリップに手を掛けた。
どうやら、断ったら命の保障は無い、ということらしい。
「残念なことに、私たちの名前と所属を知り、顔も見られた。済まないが、時期が時期でね。もしここで断られたら―――君を殺さなければならない」
銃口が向けられる。
どのみち、"外の世界"で生きることは叶わないのだろう。
なら、選択肢は一つしかなかった。
「……そうか。分かった」
蒼鷺は微笑むと、書類にサインをして、ハンドガンを仕舞った霧舞に渡した。
「ようこそ、紅咲君。私たちは君を歓迎するよ」
◇◆◇◆◇
「赤城」
その声に、思わず振り向く。
「……何です?」
そう言ったが、答えは返って来ず、代わりに冷たい缶コーヒーが飛んできた。
それをキャッチしたはいいものの、ラベルを見て苦虫を噛み潰したような顔をする。無糖だった。
「嫌がらせですか?」
「少し休もうぜ。もう4時間以上動き続けてるぞ」
どうやら、ずっと見ていたようだ。
演習場にはボロ雑巾のようになったターゲット用の人形が無数に置かれており、床にはその破片やらが散らばっていた。
仕方なく近くのベンチに腰を掛けると、黒木は隠していたボトルとタオルを差し出す。
それを無言で奪い取った赤城はそっぽを向くと、ボトルに入っていた飲料水を一気に飲み干した。
「落ち着いたか?」
「……ありがとう、ございます」
一息吐いた赤城は正面に向き直ると、少し気まずそうな顔をした。
黒木はそれを見て何か思いついたのか、赤城がさり気なくベンチに置いていた缶コーヒーをいきなり開けると、一気に飲み干した。
そして何の拍子もなくいきなり缶を投げると、缶は落ちることなく、パァン!という音を響かせて爆ぜた。
だが、赤城が驚くことは無かった。
右目が仄かに蒼く発光している。赤城の右目は、知覚のオーバークロックを可能とした義眼だ。
故に、赤城には手に取るように、放物線を描く缶を貫いた"13mm徹甲弾"が視えていた。
「どんな悩み抱えてるかは知らんけど、今のが視えるなら、それでいいんじゃないか?」
意味ありげに笑みを浮かべた黒木は、満足そうにして立ち去る。
暫しの間呆然としていた赤城は、やがて静かに立ち上がると、演習場に散らばったゴミを片付け始めた。だがその顔は先ほどの気まずそうな顔とは打って変わり、僅かだが微笑んでいた。




