4.吸血鬼
同時刻、黒木は生体反応のある場所を目視で確認し、目を見開いた。
そこには、重武装の兵士が4人と、黒衣を纏った男が1人いた。
恐ろしいのは、生体反応装置に、黒衣を纏った男が殆ど反応していないところだった。
『……こちら黒木。緊急事態発生。敵部隊と遭遇した』
『了解。攻撃支援を中断、そちらに向かいます―――』
その後の会話は、殆ど聞き流していた。
赤城が何かをやらかした、というわけではないだろう。助けに行きたい気持ちもあったが、それ以上に、黒木は自らの中で暴れ狂う"闘争心"を抑え込むのに必死だった。
ほぼ確実に、この惨劇の黒幕であろう。それを一撃で仕留められる、絶好のチャンスだ。
黒衣を纏った男がリーダー、その周りは間違いなく護衛だろう。
口角を上げた黒木は、壬生が今いる場所をさり気なく確認した後、一気に踏み込んだ。
人間が出せるエネルギーではない踏み込みは、床に亀裂を走らせ、50mほどの距離を一気に詰めた。
凄まじい勢いで飛び込んだ黒木は、既に周囲の護衛2人の頭部を撃ち抜き、その奥の護衛の首筋と腹部も撃ち抜いた。
流石に着地時のコントロールは難しい、と頭の中で考えながら、再び踏み込む。
小高い丘のような場所で、周囲30mは汚染されていなかった。だが地上の退路は無く、相手にとっては不利なことこの上ない場所だった。
音を立てて跳躍、残りの1人を頭上から撃ち抜くと、その場でずっと立っていた黒衣の男に銃口を突き付けた。
『動くな、極東陸軍だ』
男は動じることなく、その場に立ち続けている。
黒木は一旦昂る闘争心をリセットし、冷静になった。
『……あんたは何者だ、答えろ』
敵を捕えた場合、捕えた本人が書類を書かなければならない。その時に書かなければならない情報を、ここで聞きだすつもりだった。
だが、男はそれを答えることは無かった。
「下らんな……俺がお前ら如きに、後れを取るとでも思ったか」
油断した。そう思って即座に引き金を引いたが、そこに男はいなかった。
「間抜けが」
後ろから声がしたと同時に、背中に途轍もない衝撃が走る。
軽く20mほど吹っ飛ばされる。何とか態勢を立て直したが、背中の重力制御翼が破壊されていることに気が付いた。
沸騰した怒りが、黒木の脳内を埋め尽くす。
目にも留まらに速さでハンドガンが抜かれ、同時に発砲。男も流石に見切れず、一発が胴体に当たった。
だが、男は平然と立っている。
『……防弾かッ!』
怒りは思考を更に加速させる。
不敵の笑みを浮かべた男は、懐から何かを取りだした。
それは、禍々しい程に大きな、到底人間が扱えるような代物ではないハンドキャノンだった。
黒木は小規模なクレーターが形成されるほど強く踏み込むと、右に移動した。
すぐ脇を、大口径の弾丸が擦過する。凄まじい破壊力を持つそれは、ネクスフィアでも容易に貫通、破壊するだろう。
立て続けに2、3発と、移動するたびに真横を擦過していく。
このまま行けば勝機はある。
そう思った矢先、黒木は"死"を感じ取った。
銃口がこちらへ真っ直ぐと追随していた。
『クソッ!』
脚が負荷で圧し折れることも厭わず、全力で止めようとしたが、それすらも無駄な努力だった。
フードの下から笑みを漏らす男の顔が、脳裏に焼き付いていた。
だが、その必中の一撃は、発射されなかった。
その直前、別の方向から、極音速で飛翔してきた何かが、男の胴体を貫いていた。
◇◆◇◆◇
『……すまん。助かった』
『大丈夫ですよ。どうせタイミング見計らって飛び出したので、間に合うとは思ってました。その脚は、蒼鷺さんがいつの間にかこっちに向かってたみたいなので、ついでに"直して"もらいましょう』
壬生は苦笑しながら、黒木の左脚を見た。折れた箇所からは無数の"生体部品"が露出しており、拉げたネクスフィアの一部が僅かに刺さっていた。
「……13mm弾は流石に防げんか。だが、選択を誤ったな。狙撃手」
『まだ生きてたんですか』
壬生は真顔でそう言うと、対物ライフルの銃口を男の顔に向けた。
「撃ってもらっても構わんが、既に"修復"は開始している。―――もう遅い」
躊躇いはなかった。
凄まじい反動を物ともせず、男の頭部に向けて引き金を引く。距離は僅か3m、この距離なら、まず外すことは無い。
だが、壬生は油断しない。黒木がここまで追い込まれるということは、何かがある。
そう思い、次弾発射の用意をしたところで、壬生は気が付いた。
男は既に、その場所にはいなかった。
壬生の両目が、仄かに紅く発光する。それと同時に、壬生の思考が凄まじい勢いで加速し、主観時間を一気に引き下げる。
男はそのゆっくりとした世界の中でも、掻き消えるようにして移動していた。
そして、その直後には真後ろから銃口を突き付けられていた。
「―――中々手応えのある敵だった。久々に楽しめたぞ」
壬生は硬直し、対物ライフルを地面に落とした。
そして、身動きの取れない黒木は、壬生の後ろにいる男の腹部を見て、思わず目を剥いた。
"修復"と、男は言っていた。そして文字通り、男の腹部は、真紅色の物体で覆われており、数瞬後には全て元通りとなっていた。
「俺は"吸血鬼"だ。ただのコードネームだが、しっかりと脳裏に焼き付けておけ」
無力化したことを確認した"吸血鬼"と名乗った男は、黒衣の下に身に付けていたネクスフィアを利用し、何処かへ飛び去っていった。
◇◆◇◆◇
それから数分後、黒木たちは上空にある支援機から再び降りてきた霧舞と合流した。
『大丈夫ー?随分派手にやられたねー』
笑いながらそう言っているが、普段よりはテンションが低かった。
『取り敢えず、全員何とか生きて帰れそうだ。帰ったら大忙しだな』
『……えぇ、そうですね』
だが、それ以上に黒木と壬生は落ち込んでいた。それもそうだろう。殺されなかっただけ良かったが、それは裏を返せば"戦力外通告"もいいところだ。
しかし、相手は恐ろしく強い。文字通りの化け物だ。それを相手にし、奇跡的に生還で来たのであれば、取り敢えず今はそれだけでもいいのではないか。
2人はそう思ってそれぞれ準備を済ますと、霧舞に黒木を担がせて、上空にある支援機まで飛んでいった。




