第六十五話 『欺瞞と公算』
『星海、強くね? 沖縄尚学を破って、2回戦3回戦も危なげなく突破とか』
『2・3回戦は中堅相手だったけど雨の中で頑張ってたよな』
『打線が思った以上にすごい。特に虎杖、もう6本もホームラン打ってるぜ』
『控え投手も思った以上にいいよな。1年の左右田が俺は面白いと思った』
『両投げ投手ね、星海はレアな選手集めるよな。1年なのにしっかり3回分抑えたのはすごい』
『ただ、ちょっと田代を酷使してないか? まだ準々決勝迎えてないのに合計8イニングだろ。あと3試合持つか?』
『暁はまだ5イニングを1試合目に出しただけだから温存気味なのかな』
『準々決勝は東洋大姫路だっけ?』
『データ野球の強豪だよな。現代野球同士がどう戦うのか楽しみ』
『データ野球って言っても星海は抱えてる選手が異質なのが多いから通常のデータがどれだけ通じるのか』
『そろそろ暁が丸裸になってたりはしないのか?』
『球種多すぎるからその分たくさんデータ量いるんじゃね? 参考にできる似た選手もいないし』
『暁以上に、ナックル使いの高坂が天敵じゃないか? なにしろ本人にもどう投げた球が変化するか分からん』
『暁登板中はどうにかロースコアにゲームを進めて、田代に代わってから攻めたてるつもりかもな、東洋大姫路』
『じゃね? いまんとこ暁は無失点記録を続けてるし』
『なんであいつ神奈川地区も甲子園でも失点しないんだ? 最新欺瞞型投手って言っても限度があるだろ』
『2巡目、3巡目になってもなぜか打たれないんだよな暁。球速も6イニングでは全く落ちないし』
『球速は継投だからっていうのもあるだろうが、そもそも全力で投げてない説もあるからなあ』
『そうなん?』
『だってあいつ常時出力変わらないじゃん。ピンチになっても球速上げるとか一切ない』
『MAX145と言いながら、常時ストレートはMAX球速だもんな。140出したかと思えば、それはフォーム違いだったとかだし』
『後ろから見れば分かるが、前からじゃまじで区別つかんらしいな』
『一応、気づけることもたまー、にはあるらしいぞ。たまーに』
『意図的に見破れなければ意味がないんだが』
『けど、俺は暁より田代が好きだな。2種の150km/hストレート』
『田代も全国区エースとしては上位クラスだもんな。星海は系統の違う2枚看板での継投とか贅沢すぎる』
『重い垂れないストレートと、ホップするストレートを全くの同速で使い分けられます、しかも150km/hだせます、だもんなあ。
なんなのあいつ? 失点はそれなりにあるけど、炎上はほぼしないし』
『もう一人の失点しなさがおかしいんだけなのよ。田代は、普通の150キロ投手にしてはむしろ失点少ないって』
『てか、本当になんで暁は失点しないの?』
『あいつ、打たれるの散発なんだよ。1イニングに3回以上打たれるとかが本当にない。ついでに四球もない。
点数につなげるなら2打で1点もぎ取るか、ホームラン打つしかないイメージ』
『普通に考えて、試合が進むにしたがって打ち込まれていくはずなんだけどな。
誰かそうならない理由知らんの?』
『なんかシステムがあるとかなんとか聞いた奴はいるらしいぞ。中身は教えてもらえなかったらしいが』
『なにそれ? 本人やチームの中では体系化されてるってこと? 偶然とかではなかったの?』
『偶然なら頻発しすぎだろ』
『俺らがそれを掴んでるってことは、もしかしたら東洋大姫路は理屈を分かってるのかもしれないな』
そんな会話がSNS上でなされていたように、実際に東洋大姫路高校は、暁の投球の一端を掴んでいた。
「暁選手はなぜか前球から5~7km/h以内の球を8割がた投げてくる。実質16球種とはいえ、これで球種はほんの少し絞れる。
とはいえ、それで絞れるのは10球種前後まででしかなく、配球意図を読まなければ無理な代物だが……」
「その配球意図が、ところどころ分からないシーンが約半分ある。セオリーに反した、そこにその配球をしても効果はなさそうな、あるいは効果が悪そうな配球もまた混ぜてくるのがこの藤代選手だ」
実際には、そこの配球自体には意図そのものがない。
怜の脳を休めるためにランダムでコースと球種選択をしており、意図がないのだから読めはしない。
その手順は、まず怜が毎回違う秒数をカウントしながらふらふらとミット位置を不規則にゾーン内で動かし、秒数を経過したところでぴたりとミットを止める。
それでコースが決まり、後は暁が前球との球速が微差になる範囲で球種を感覚で適当にセレクトするという形。
こんな、普通のバッテリーであれば叱責を受けるようなやり方が横行して、有用であれば問題ないと採用されるのが星海学園という環境である。
「通常の攻略法で暁選手を攻略するのは極めて難しい、ここぞという時に嚙み合うのを期待しなければならないが、それはつないで点数を奪ううちの野球と相性が悪い。
だからこそ、暁登板中はこちらも相手打線を抑えて点を引き離されず、田代に変わったところで打ち込むことを主とする。
もちろん、打てそうなら暁を崩してもらってなにも構わない」
基本方針としては間違っていない。妥当とも思えるやり方だろう。
だがこれは、星海の監督によって完全に誘導された道筋である。
暁幻大という投手は、もうすでに完投を連発できるスタミナを有している。
そしてこの準々決勝から先、星海の投球プランは多少の無理を承知で暁の完投を基礎としている。
点差が離れれば暁を変えて温存するが、そうでなければ最後まで暁を投げさせて反撃の芽を摘み続ける。
甲子園以前に暁の完投体力を隠ぺいしていたのは、こうして対戦校の判断を狂わせるためである。
非常に性格の悪い情報戦だと言えよう。
「田代他のピッチャーはキャッチャーが変わるためか、配球意図は読みやすい。
実力はあるが読めるならば打ち込むことも可能だ。
ただ、田代も替えのキャッチャーも打撃力という面では3割オーバーの打てるバッテリーになる。こちらもしっかり押さえられるように慎重に組み立てるぞ」
実現しないであろう田代対策を詰めていく東洋大姫路。
彼らの頭の中では5回までをどうにかローゲームに展開して、6回から田代を崩す公算でその確率を高めようとしている。
しかし残念ながら、この試合において田代が試合に出ることはないのであった。
暁幻大、その真価は完投で最も発揮するタイプの投手。回が進むにしたがってどんどんと打てなくなるという、通常の型の投手とは設計からして異なる異質の存在。
完投できないという唯一の弱点すらもが監督によって意図的に作られた偽の弱点だということをこの甲子園の大舞台で初めて開帳する。
甲子園準々決勝、東洋大姫路高校VS星海学園の試合の幕がいままさに上がろうとしていた。




