第六十三話 『開幕直前』
夏の甲子園大会が開催間近に迫った頃、SNSでは今年の優勝予想が盛んに議論されていた。
『やっぱ最有力は大阪桐蔭だろ。
MAX157まで到達したエース赤沢に、どこにも穴のない打線。控えにも150付近が二人もいる、近年の中でも最強の布陣。
これで負けたらおかしいって』
『そりゃ投手では明らかに抜けているのは確かだけどな。
打力の爆発力なら花巻東の方が上じゃないか。いくら赤沢が強くても、エースに投げさせられない試合が出てくるんだし』
『打力ってなら少数精鋭の智辯和歌山だって全然負けてないぜ。
今年は150投手もいるし、安定感と爆発力の総取りっていう点で花巻東の上位互換だと思うが』
『勢いなら、健大高崎がいいんじゃないか。
ここ数年は完全にSクラス入りして優勝候補にカウントされてる。優勝まで行かなくてもベスト4は行けると俺は見てる』
『最新野球の仙台育英を俺は推したい。現代野球ってもんの強さを見せてくれると俺は信じてる。
とはいえ今年は150到達は出てないみたいだけど』
『最新っていうなら、あそこはどうよ、星海?』
『欺瞞性特化の最新鋭多球種投手と、MAX150の正統派剛腕の二枚看板のとこか。打線は巨漢外国人ハーフが完全な化け物っていう。
確かに、上位打線のみならどこの高校よりも上かも。ただ、暁が投げてる限り下位打線が死ぬのと、暁が投げなくなったら全国最高峰クラスの打線になるのが、どっち投げさせた方が強いのか分かりにくいんだよな』
『横浜を破ってるんだから強いのは確かだけど、あそこは初出場だろ?
今年だけの綺羅星にはなれるかもしれんがなあ、甲子園経験のなさが響きそうでとても優勝候補には挙げられない』
『暁は神奈川地区で脅威の無失点だったぞ。失点だけならあの赤沢越えてるんだが』
『いや、赤沢とはイニング数が違うし……赤沢だって大阪地区合計2失点なんだから誤差みたいなもんでは?
完投できない投手はさすがに甲子園ではちょっと。やっぱ大阪桐蔭だろ』
『今年のドラ1は投手なら赤沢、打者なら虎杖がほぼ決まってるようなもんだからなあ。
こいつらは明らかに高校生のスペックを超えてる。
正直、赤沢VS虎杖のカードが見たいんだけど、当たるの準決勝だろ確か。そこまで星海生き残れっかな』
『単体スペックだけで勝ち残れるとは限らないのが甲子園だぜ。
優勝候補はどこも層がおかしいし、ぶっちゃけどこが優勝してもおかしくないくらい今年は仕上がってる』
『そうは言うが、今年の大阪桐蔭は優勝候補の中でもひときわヤバいだろ。平均値だって他に負けてないのに最大値では一つ抜けてる』
『それはそう。俺の中では最有力が大阪桐蔭、対抗が智辯和歌山、大穴に健大高崎で、超絶大穴が星海って感じだな』
『分かる。特に星海は来年以降は虎杖がいなくなって神奈川勝ち残れるか分からないから、今年が甲子園で見れる最後かもしれんし、俺は応援してる』
『まあ、夢あるもんなあ、初出場校が甲子園優勝とか。立ちはだかる壁は厚すぎるが、頑張ってはもらいたい』
SNS全体としては、星海には応援ムードこそあるものの本気で優勝候補に挙げる声は少なかった。
世間においては未だ暁の『打撃破壊』について知るものはおらず、彼のことはただ全国規模でもトップクラスに優秀な投手としてしか見られてはいない。
一部の最新理論を尊ぶものからは称賛されているが、いまだ根深い剛腕・球速信仰を中心とした世代にとっては、やはり赤沢のようなわかりやすい形の方が上と見られていた。
既存の野球観におさまらぬ、認知ハックという手段を使った倫理観皆無な暁のその投法を知るものは未だに味方の他にはいない。
もしそれが世間の知るところとなれば、非難よりも先に「そんなことが本当に野球で可能なのか」という論議の方が先立つであろう。
それまでの間は、ただ彼の残した成績が積もりゆく。
神奈川県の甲子園出場校に割り当てられたホテル、大阪ガーデンパレス。
そこに開催4日前から前入りした星海学園の選手たちは、割り当てられた練習時間での甲子園練習を終えて宿に戻っていた。
「どうだった、お前ら?」
わずか20分しか与えられない現地での練習時間中に進捗を訪ねる合間などあるはずもなく、怜はホテルのラウンジで暁と田代を集めて聞く。
「土の感触が少し違った。足でつかむ意識がいりそうだ」
こちらの発言は田代。力で押すタイプであるがゆえに足元の踏ん張りが最重要。
そしてそのあたりの部分は晶ですら現地で事細かに指導できる状況ではない以上、田代本人の修正力に任せるほかはない。
「俺も多少の修正はいるかな。けど、どうにかなるだろ」
こちらは暁。本来繊細極まりない投球ゆえにどこかが欠ければ崩れかねないのだが、そこは本人の感覚による適時修正力がずば抜けているため問題にしない。
技巧派の脆さを本人の資質で強引に解決しているタイプであった。
「1回戦はいきなり沖縄尚学高校、ベスト16からベスト8は十分進めると目されるところだ。
暁先発からの田代継投で高坂で締める。まあいつもの新・黄金リレーだが、環境が変わった分だけ継投の粗は出やすい。
初戦だし入念に行きたいな」
「割と強いところと当たったよな。その分2回戦・3回戦は随分ましだが」
「監督のくじ運がなあ。シードの番号当ててくれないから6回戦わなきゃいけないし」
田代も暁も、甲子園の完全くじ運の妙に肩をすくめる。シード権を得られる確率は約3割程度であるので、あまり責めることもできないのだが。
「準々決勝からは暁が完投の連発になる。点数の流れによっては田代が出ることもあるかもしれないが、基本はそうだ。体調管理は入念にな」
完投はできないと世間には思わせておきながら、本番でいきなり投げさせ続けるという情報戦を仕掛ける監督は、やはり性格が悪いと選手たちの総意である。
「雨が降らないかの方が俺は気になる」
一方で、暁はといえば己の投球を乱す天候という最大の敵を危険視している。
8月のカンカン照りも体力を奪うが、それ以上に雨もまた彼らの勝率を下げる。
「天気予報では1回戦は問題なさそうだが……それ以降は後すぎて信頼がおけないからな」
天気予報なんてものはせいぜい信頼できるのは3日後くらいまで、1週間先にもなればもう何のあてにもならないと言っていい。
ゆえに一番の不確定要素はこれだった。
「準々決勝までなら田代が投げればどうにかなるだろうが、準決勝以降はもう運を天に任せるしかない」
準決勝・決勝ともなればもう優勝候補しか上がってこず、さすがにこれに今の田代をぶつけてもよくて互角、悪ければ力負けだ。
「すまんな、結局お前頼りだ」
悔しそうに、己の力不足を歯嚙みするように田代は言葉を絞り出すが、暁は懐からクッキーを取り出してかじって。
「ま、なんとかするさ。それより、俺が今相談に乗ってほしいのは……」
おもむろに、腕を組んで何かを悩んでいる暁。それに対して田代は。
「なんだ、言ってみろ。不安事項は一つでも潰そう」
勝つために最善を尽くそうとする田代の心意気を暁は平然と。
「甲子園土産、何を持って帰ったらいいと思う? 兵庫って何が名産かな?」
わりとどうでもいい日常の悩みを持ち出す暁の言葉に、田代は絶句。
怜もまた、深くため息をつく。
「家族だけじゃなくクラスメートにも買ってやった方がいいよな。どう思う?」
のほほんとした表情でクッキーをかじり続けるエースの言葉に、田代と怜は顔を見合わせて首を横に振る。
「一番喜ぶ土産は、勝利の報告だろ」
ひどくまっとうな言葉の内に「頼むから試合に集中しろ」という意図を込めた怜の発言に、なぜか感銘を受けたかのような暁は深く頷き。
「なるほど、盲点だったな。……それなら、全員狂わせて持ち帰ることにしようか」
暁は瞳の奥に、戦意の炎を灯らせ穏やかな顔の奥にどう猛さを潜ませる。
田代も怜も、温度差に風邪を引きそうになりながらも、これがうちのエースなんだよなと少々諦め気味。
「やれやれ、対戦校には少し同情するな」
「嘘をつくな。お前にそんな感性はないだろう」
どうにか場を締めようとする怜であったが、普段の冷徹さを元にそんなことはお前は考えもしないはずだろう、と田代にさらに突っ込まれてしまうのであった。
拙作のファンタジー小説『強化ナイトは奔走する』と交互に掲載するため、隔日更新になります。
次回は11月3日公開です。
・連載中のTRPG風世界ファンタジー小説
『強化ナイトは奔走する』(カクヨム)
https://kakuyomu.jp/works/11054822662514950220




