第六十二話 『果たされる再会』
『さて、ここまでを振り返ってみましょう。
6イニングが終わって、横浜高校は3安打に完全に抑えられ無得点。
星海学園はヒット数こそ5本ですが、投手の替わり際を捉えて2得点をあげています』
『ともにヒット数は少ないですが、散発的に単打で済むのとまとまって長打が重なるのでは、得点期待値が全く違うことの証左ですね。
しかし両校の得点差はいまだ2点、ひっくり返すことも十分に可能な射程圏内です』
『そして田代選手がマウンドに上がります。MAX球速こそ上がっていませんが、平均球速をはじめとして安定感が増し、星海の二枚看板と呼び声の高い選手です』
『星海学園は見た目の派手さにとらわれることなく、その試合に本当に寄与できる能力が何かを考えている傾向がありますね。
この年台はどうしても最大球速の引き上げを狙いたくなるものですが、暁選手も田代選手も安定して最後まで投げ切るという意識が強く見られます。
普段80%の瞬間120%ではなく、普段100%で瞬間110%。田代選手はそれを目指しているのかもしれません』
『しかし、2年生で150km/h到達は素晴らしいですよね?』
『そうですね。近年は150km/hを超える選手も全国に普通に見られるようにはなりましたが、それは一部であることは変わりません。
そして、田代選手はただの150km/h投手ではない。2種類のストレートを投げ分ける、非常に優れた投手です。大抵の強豪校でエースとしてやっていけますよ』
そう考えるならば、田代が2番手でしかない星海の陣容が少々おかしく思えてくる。
『田代選手、この回をしっかりと抑えていきます!残り2回を潜り抜けることができるか!?
それにしても横浜高校、この試合はなかなか打つことができませんね』
「そうですね、上手くタイミングが合っていないように思えます。
暁選手の変則的な投球に対して調子を崩してしまったのでしょうか?」
まさか暁が、意図的に打者の認知を攻撃してスイングを狂わせ破壊して回っているなどとは鈴木解説者も思わない。
理論上は可能であるとはいえ、本気でそんなことを実行に移そうと思うのは頭のおかしい人間だけだ。
『横浜高校、反撃の目は潰させないと2点差を維持します。交代際はあわやと思われましたが、しっかり立て直してきましたね』
『そうですね。こういった、不意に負けないマインドを作るノウハウに優れているのはさすがは名門校といったところです。
常に追う立場の高校と違って、どっしりと構えています。
しかし残りの攻撃チャンスは2イニングのみ。横浜高校側にも内心の焦りはあるでしょうがプレイに影響しないように頑張ってもらいたいですね』
横浜高校もついに、手段を選ばず点数を取りに行く態勢になる。
暁がクリーンナップを破壊し打線を中央で寸断しているとはいえ、下位打線からの陣容が厚い横浜高校には完全な機能停止とまではいかない。
1試合における得点期待値は2点以上下げているであろうが、それでもゼロにならないだけの力がある。
『横浜高校、揺さぶって揺さぶって1点を返しました!しかし田代選手、その後の後続はしっかりと抑えます!』
『どちらも素晴らしいですね。横浜高校の地力も、田代選手の落ち着きも。
下位打線でも長打がある、これが強豪同士では当たり前です』
『おおっと!返す刀に星海学園、8回裏に虎杖選手が2ランホームラン!これで4-1!詰め寄った横浜高校を3点差に引き離します!』
『甘く入ったわけでもないのに、力でスタンドに弾き返しましたね。これは虎杖選手を褒めるしかないでしょう。
しかしこちらも後続は抑えました。
横浜高校の最後の打順は4番からです。きっと逆転を狙って大きく振ってくると思いますよ』
そう、ラストイニングは4番から開始。暁によって打撃を破壊されている、4番と5番が続けて出なければならない。
それが何を意味するかというと。
『横浜高校、4番、5番と三振です!全くタイミングが合っていません!』
『うーん、これはちょっとおかしいですね。強振しているとはいえ、ここまで体が泳ぐでしょうか?
いえ失礼、少し考えに耽ってしまいました。
横浜高校はこれで2アウト、完全な背水の陣です。ここから3点を返すことができるか、田代選手が抑えきり初の甲子園出場を成し遂げるか、注目です』
『150km/h!さらに150km/h!田代選手、続けて最速をたたき出します!遊び球なし!一気に勝利への道を駆け抜ける!最短で、邪魔はさせないという心意気!
そして――大きく山のようなカーブを描く球が、アウトコース低めぎりぎりに決まります!
アウト!アウトです!そしてこの瞬間、星海学園の創立以来初めての甲子園出場が決まりました!
今年の神奈川の覇者は、星海学園だあっ!』
実況が、観客席が沸く。
球場を揺るがすような歓声が、勝利への喝采がこだまする。
暁は田代が連続三振に打ち取ったその姿をベンチから身を乗り出して見つめ、勝負が決まった瞬間にゆっくりと息を吐いて体を少し後ろに倒す。
そして噛み締めるように、椅子の下でこぶしを握って。
「今度こそ勝ったよ、梅本先輩」
そう誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
怜はただ一人、その震えた声を耳に入れていたがあえて何も言うこともなく、わずかに口元をほころばせて青空を見上げる。
快晴、星海の夏はまだ少しだけ続く。甲子園へと舞台を変え、更なる激闘を経て、甲子園優勝までの日々を過ごすのだ。
テレビの前、二人の男女が前のめりになって画面を見ていた。
試合は終わり、選手たちが整列している。そして礼も終わり、一方は肩を落として去り、もう一方はその場でもみくちゃになっている。
「ああ、ああ……」
その光景を見て、梅本は手で顔を覆って涙を流す。
それは、母校の甲子園出場をただ喜んでいるだけではない。
「見てくれ澪……笑ってる、笑ってるよ、あいつが。
前みたいに、いや前以上に……屈託なく、笑ってる」
1年前の敗北から、梅本の夢を潰したという自責から、笑顔の奥に暗いものを滲ませていた暁。
だがテレビ越しの笑顔にそんな影は全く見当たらない。
その事実に、梅本は自分こそが救われたように涙を流す。
「おめでとう、おめでとう、暁……」
暁がとりわけ懐いていただけではなく、梅本にとっても暁は特別な後輩だった。彼に背負わせてしまった重荷のことを思い返さない日はなかった。
「本当に、よかったわね。
ねえ忠一、あの子に会いに行ってあげたら?」
澪もまた涙を流しながらそっと梅本を抱きしめ、優しい声で提案する。
お互いが相手を傷つけるのを怖がって一度も会えていなかったのを知っていた。
大学に進学してもよく星海学園の方角を梅本が眺めているのを知っていた。
「そう、だな。久しぶりに一緒に訪ねてみるか。ああ、土産においしそうなお菓子を差し入れてやらないとな」
甘党の暁にとって、その時間はきっとお菓子以上に甘いものになる。
数日後、星海学園のグラウンドに横幅のあるがっしりとした、熊のような様相の男が訪ねてきていた。
見慣れない姿に1年生達が首を捻る中、暁が弾け飛ぶように駆け寄り、抱きつく。
「梅本先輩!」
「おおう、お前、でかくなったな」
1年前より身長が伸び、もう自分と目線が変わらなくなった後輩の肩を、ポンポンと叩く。
「おいおい、エースが子供っぽいところを見せたら後輩が何かと思うぞ。
ほら、お土産だ。なんだか行列のできるプリンらしい」
「わーい!ありがとうございます!
梅本先輩、俺、たくさん話したいことが」
「ああ、いくらでも、教えてくれ」
いつかのように、梅本は暁の柔らかい栗色の髪をくしゃくしゃとかき回す。
その光景を、澪は少し離れたところから見ていた。
そこに響が寄ってきて。
「澪先輩、あっちに混ざらなくていーの?」
「いいのよ。そんなの、野暮ってもんでしょう」
いつものようにクールな対応を崩さず、しかし目元だけは柔らかく緩めている。
「あなたこそ、行きたいんじゃないの?いつものあの子のこと、報告してくれてたじゃない。
ありがとうね、天川さん」
「ううん、あーしもあの笑顔見れてうれしいから。
でもちょっとだけ妬けちゃうな。暁っちがああいう姿見せるの、梅本先輩にだけなんだもん」
普段から子供っぽいところは垣間見せるが、ああも前面に押し出す姿は限定されている。今年度に入ってからは、先輩として振舞おうと頑張っているところもあることだし。
「忠一も暁くんも、本当に嬉しそう……」
夏本番、熱気の立ち込める中、男二人が並んでプリンを食べている平和な姿に、少女たちは微笑む。
「本当によかったね、暁っち」
まだまだ暑さの続く中、響はそれでもこの瞬間を心に秘めるように優しく笑った。
暁、梅本、澪、響――誰もの顔に、笑みがあった。
(第3部 『高2~、新しい仲間と取り戻すもの』、完)
【お知らせと休載のご案内】
区切りがいいのと、ストックの積み立てのため、約1ヶ月ほどのお休み期間をいただきます。
再開は11月1日を予定しています。
プロットはラストまでできているため、エタる心配はないかと思います。なんなら続編のNPB編が3年分までプロットできている状態なので。
安心して暁たちの高校3年間の軌跡を追いかけていただければ感無量です。
それではまた、お会いいたしましょう。
――――凡神
休載中のおともに、新作ファンタジー作品を読みたければどうぞ。
夢と憧れを胸に飛び出してきた10歳の平民少年と13歳の家出令嬢が冒険者として世界をめぐる冒険譚。
『強化ナイトは奔走する』(カクヨム掲載)
https://kakuyomu.jp/works/11054822662514950220




