第六十一話 『絶対王者とスターダム』
準決勝、東海大相模すらも6-1で完勝した星海学園は、夏の甲子園出場がかかる横浜高校との決勝戦に駒を進めた。
今年の横浜高校の投手陣はMAX153km/hが1人とMAX150付近が2人という安定感のある層の厚さでここまで勝ち上がってきた。
大阪桐蔭のMAX157km/hまで到達したエース赤沢、そして星海学園の公式MAX球速は145ではあるが安定してそれを出し続け強力な支配力を有する暁、この2人に並ぶ投手こそ出せてはいないが、それでもなお全国トップクラスの投手陣を有していた。
そして打線もまた、投手王国と言われても決して超強豪の名に恥じるものではない。
絶対的エースの不在で総合力では大阪桐蔭に劣るが、全国の5指には入る実力校である、というのが今年の彼らの評価である。
一方で、もう星海学園をフロックだと言うものはどこにも存在しない。
いまだに球速を見る傾向があるがゆえに筆頭とこそ言われはしないが、大阪桐蔭に対抗する尖峰、優勝候補の一角であると見られていた。
果たしてどちらの高校が消えてしまうのか、それは今年のドラフト会議を主導するプロのスカウト陣が押し寄せていることからも注目度が透けて見えていた。
『『かながわCATV情熱プロジェクト』。
今年の夏を彩る全国高等学校野球選手権神奈川大会・決勝、横浜高校VS星海学園の試合をお届けします。
先攻は横浜高校、後攻は星海学園となっています。
横浜高校、昨年夏と秋の屈辱を返し神奈川絶対王者の冠を再び手にするか。
星海学園、みるみるうちに神奈川のスターダムを駆け上がったその実力で初の甲子園出場を手中に収めるか。
注目の試合となっております。
中継は私、斎藤。実況解説は鈴木さんでお送りします』
『よろしくお願いします。
今年は両校とも素晴らしい仕上がりになっていますよ。
三羽烏により投手王国を支える横浜高校、そして2年生の2大エースと主砲の虎杖選手を有する星海学園。今年はどちらが勝ってもおかしくありません』
鈴木解説者は実際には星海のエースは暁幻大その人がけん引していると知ってはいる。だがあえて、ここでは世間的に聞こえがよく認識として広がっている『二大エース』の方を用いた。
正しいことを述べるだけではテレビとしていけないことを知っているのである。
『今大会、少しずつイニング数を伸ばしている暁選手がマウンドに上がります。
5回戦から準決勝まで2回・3回・4回と連投し続けているこの選手が、この大舞台で一体何イニング投げるのか、注目です』
『星海学園は大事な試合ほど長く暁選手に投げさせる傾向にあります。その意図までは不明ですが、結果は出し続けている。
春の選抜ではあの今年の優勝候補筆頭と言われる大阪桐蔭相手にマウンドを降りるまで無失点でリードしていたという、驚異の投手成績を残しました。
今度もやってくれるのか、それとも横浜高校の隙のない打線が王道で打ち破るのか、興味深いですね』
決勝ということもあり、テレビ番組が煽る煽る。
『さあ、プレイボール!
暁選手、『蜃気楼』『錯覚の魔術師』と名を馳せるその幻惑する投球で今日も翻弄していきます。
横浜高校打線も打ちに行きますが、クリーンヒットはなかなか見られません』
『横浜高校はまずは球筋を見極めるために見に入っていますね。
気持ちはとても分かります。暁選手は見分けづらいスリークォーターとサイドの2種類のフォームを使い分ける特殊な投手。これをどうにか見極めたくなるのは人情というものでしょう』
そしてその王道でありセオリー的な解法が、対暁においては最悪の失策。
見極めようと球数を投げさせ、真剣に攻略しようと集中するほどに罠に足を踏み入れる。
横浜高校は奇策ができないのではない。やろうと思えば高レベルで実行できるだけの力がある。
だが、好まない。まずは力と力で打ち破る横綱相撲を試そうとする。
これは伝統ある名門校として、保護者会によるイメージを崩すなという圧力が強いが所以でもある。
まずは1巡目は打てそうなら打つがまずは見る。そして2巡目3巡目に捉えて一気に得点。それを豪華な投手陣が守り切る。
それが投手王国横浜高校のイメージ。横浜高校が課せられた野球の仕方というものだ。
『横浜高校、14球を投げさせましたが三者凡退。
星海学園、素晴らしい1イニング目を飾ります』
『相変わらず暁選手は崩れませんね。同一フォームではその日の中で球速も変化球もブレが非常に少ない。
最後まで失速せず投げ続けるという、余裕を持った投げ方です』
『おや、それではもっと球速を出せるのでしょうか?』
『おそらくはそうでしょうね。公開していませんが、練習ではもっと速い球も投げているのかもしれません。
しかし試合での彼は最大出力を求めるのではなく、安定して投げられる最後まで自分の能力を維持し続ける。
かなりクレバーな選手ですよ』
『おっと、そう言っている間に星海学園が守備につきました。
横浜高校、この決勝のマウンドに登るのはMAX153km/hの4種類の変化球を駆使するエースです』
『彼の素晴らしいところは球速以上にビシリと隅に決まる制球と、変化球のキレです。
変化量がいい物を2種類、打者の直前で変化するものを2種類、上手く使い分ける非常に優れたピッチャーです。
当然、今年のドラフト候補にも名前が挙がっています』
今年のドラ1最有力は157km/hまで到達した完成した右腕、大阪桐蔭の赤沢で間違いないと言われているが、この横浜高校のエースも全国の10指、いや5本指に入らんとする有望選手である。
『星海学園の根付選手、相も変わらず投げさせ続けます。
粘る粘る、一体何球投げさせるつもりなのでしょうか』
『彼のスタイルも全国に周知されましたね。
今大会、彼が1打席で投手に投げさせた数は平均14.8球。夏の過密日程ではこれはあまりに破壊的です。
ですが恐ろしいのはもう一つ、今大会で出塁率も半分を超えていることです。
もちろん序盤は力の差がある対戦ということもあったでしょう。ですがこれだけ粘って出塁もできるのは、もう理外という言葉が相応しく思えます。
インパクトでは虎杖選手が星海打線の中核と評判ですが、それを支えているのはこの根付選手のいぶし銀な活躍でもあると私は言いたいですね』
『鈴木さんは根付選手びいきなところがありますね』
『いやあ、なにしろ彼が打席に入っている間は時間に追われることなく好きに話せますからね。口数の多い私には助かりますよ。
それはともかく、こういう現在の打撃指標では評価されきらない選手を正当に取り上げる場はあってもいいと、私なんかは思ってしまいますね』
笑いを取りつつ、しっかりと問題提起もする鈴木解説者。
解説のプロとしても、テレビ側としての立ち回りとしてもうまい。
『おっと、根付選手、この打席はアウトです。ですが投げさせた球数は16球!たった一人で1イニングに相当する球数を投げさせました』
『これなんですよね。過密日程では投手の蓄積疲労が大きいですから、これは相当嫌なはずです。
超強豪ともなると層の厚さで控え投手も優秀なんですが、その日に調子がいいかどうかまでは実際に投げてみないと分からないところがあります。
相手に継投を強制するのは、絵面からは伝わりませんがとても強いですよ』
絶対的エースに頼っている高校ほどではないが、安定した投手を下ろして不安定かもしれない新たな投手を引っ張り出すことの意義について鈴木解説者は語る。
『星海の2番打者は4球で倒れましたが、3番の主将、プロも注目している鏡峰選手が打席に立ちます。
ネットでは『星海の良心』と弄られている彼ですが、プロからも注目されるほどのバランスのいい選手なんですよね?』
『ええ、その通りです。
星海学園は伝統的に攻・走・守の全てに優れた遊撃手を主将に置きます。昨年の主将もプロ入りしていて、今1軍を目指して奮闘しています。
その後輩である彼にも、プロは注目していますよ』
『打った!打ちました!レフト前ヒット!この試合、最初のヒットは星海学園の鏡峰選手です!
そして出てきます!2m12㎝という圧巻のでかさ、ドミニカハーフ!星海学園の主砲!『カリブの大火砲』、虎杖レオン選手です!』
『斎藤さんはこの虎杖選手が推しでしたね。確かにこのビジュアルは推したくなるのも分かります。
ですが、成績も半端ではありません。昨年夏までの『当たれば大砲外せば巨大扇風機』と一部で揶揄されていた彼とはまるで別人、秋には完全に生まれ変わりました。
今大会では打率4割で、当たれば半分ホームランというありえない打撃成績。ここまでホームランを量産してしまう選手は、歴史上もちょっと見ませんね』
『ああ~!虎杖選手、果敢に振っていきましたがアウトになります!
3アウトで攻守が入れ替わります。ここまで両者ともに無得点!試合はまだ動きません』
『まあ打率4割ということは6割打てませんからね。しかも横浜高校という全国トップレベルの投手相手には4割とはいかないでしょう。
こういう言い方はあれですが、打率が高いからといってその試合その場面で打てるとは限らない。打率は平均値で目安なんですね』
打率・防御率というものは分かりやすいがゆえに一般にもてはやされがちだが、『その時どうか』を示す指標にするには力不足である、という現実を示す鈴木解説者。
分かりやすさやテレビ映えも考えるが、こういう野球の真実もしっかりと織り交ぜていく。
『暁選手、2イニング目のマウンドに上がります。
一方バッターボックスに入るのは横浜高校の主砲。当たれば飛びますよ、この選手は』
『この選手は打率はそこまででもありませんが、ここぞというところで大きく打つタイプの選手です。
コンタクト重視の今の時代に超強豪校で打率3割未満は珍しいですが、得点はここまでもしっかりあげてきています。
この打者に暁選手がどう戦うか注目ですね』
『暁選手、ボール球から入って慎重に組み立てています。3球、4球と投げて――おおっとヒットです!ライト方向に内野の守備を抜けました!
ノーアウトで一塁に入ります』
『今のはよく打ったと打者を褒める場面ですね。
ですが暁選手、いきなりランナーを出しても慌てていません。本当にこの選手は心が強くなりました。
1年生の春からマウンドに立ち続け、2年生の夏でマウンドでみんなの期待を背負う。プレッシャーの中で頑張っています』
『5番、6番と続けて三振に打ち取っていきます。暁選手、その幻惑は横浜高校にも通用するようです!』
『暁選手の特徴の一つですね。1年の夏まで三振型のピッチャーだった彼は、秋以降打たせて取るグラウンドピッチャーに転身しましたが、その三振能力が失われたわけではありません。
必要とあらば前のスタンスに戻って三振を取ってくる、この柔軟さも強さの一つですよ。
ですが、得点圏にランナーを置かないこの状況でともなると、よほど横浜高校に対して慎重になっているようですね』
鈴木解説者の言う通り、この回の暁は脳休めのランダム配球ではなく怜によるリードで投げている。
それで少し打たれている、この事実は大きいだろう。
『7番打者、3球目をレフト方向に打ちますがこれはショートの鏡峰選手に阻まれます。
暁選手、横浜高校を2イニング1ヒット、2イニング1ヒットです!』
『これは素晴らしい立ち上がりといえるでしょうね。
まだ様子見段階とはいえ、横浜高校の打撃力は決して低くありません。超強豪の名に恥じない力を持つ打線をこうですから。
まだ2年生というのが末恐ろしいです』
そして試合は進み。
『暁選手、6回のマウンドを降ります!
この6回までで許したヒット数は何とわずかに3本!6イニング3ヒット、無失点です!しかも四球なし、許したのは単打のみ。二塁から先に一度も進ませませんでした!』
『これはすさまじい成績ですよ。調子の良さもあるのでしょうが、ここまで抑え込むとは。
おっと、暁選手、ゆったりとしたクールダウンをしています。これはどうでしょう?次イニングから交代かもしれませんね。暁選手は春の選抜までも長くて5・6イニングでの交代というものでした』
『完投はしませんか?』
『どうでしょうね。ここまでの活躍であれば投げられるなら投げさせたいと思うのが普通でしょうが、甲子園までは10日程度しかありません。
甲子園に出場すれば、移動や環境の変化もあり連投の疲れを抜く日数は意外と短いものです。選手を思えば、無理はさせないかもしれませんね』
星海の監督と大学の同期ということもあり、なんだかんだで選手を潰さない運用を心がけているということを知っているのだろう。
そのあたりに触れず、ふわっと示唆するだけで済ませる鈴木解説者であった。




