第六十話 『彼女たちの今』
夏の県大会、準々決勝の翌日、彼女らは席を一つにしていた。
「はろはろ~、ましろん、まおちー。この3人でお茶も数ヶ月ぶりだね」
響がそう、お菓子を用意した真白と、お茶を淹れた真央に声をかけながら椅子に座る。
「そうね、響はずっと忙しくしてたから」
「私と真白は、まだ結構一緒に話すこともあったわよ」
「え~、何?親友を一人だけ仲間外れはひどくない?」
本当は気にしてないのに、弄りに入る響。
真白と真央はそれに苦笑して簡単に受け流す。こういうのは慣れていた。
「響、時谷さんへの受け継ぎは進んでいるの?」
「うん、飲みこみいいよ。秋からはきっとあーしとは違う形でみんなを支えてくれるはず。
あーしと違って、野球にも結構詳しいしね」
心理戦専門で生半可な野球知識を持ち込みたがらなかった響に対して、時間軸のスカウティングで貢献する沙耶は中学時代のマネージャー経験もあって普通に選手や監督と議論できるだけの知識を持つ。
貢献の仕方は違っても、頼もしさには遜色ないと響は感じていた。
「今でも、あーしより沙耶ちゃんの方がいい場面もありそうだしねー」
ころころと笑う響。
それでもこの夏、ベンチマネージャーとして活躍するのは間違いなく響の方だ。
「私は後継とかないから、あなた達みたいに教育業務とは無縁だわ」
真白は専門性のありすぎるメンタルケアの担当というだけあって、後継ぎを作れるような代物ではなかった。
秋からは、他の高校の延長線上のようなモチベーション管理とお弁当などでの気分上げばかりになり、真白のような面談やフレーズによる心理操作などはなくなるだろう。
「けど、暁くんは真白のお菓子がなくなったら真っ先に騒ぎそうね」
「あー、分かる。暁っちはましろん作にご執心だからねー」
くすくす笑う二人に真白は、自身の白髪をさらっと指で梳りながら。
「私のを気に入ってくれるのは嬉しいけど、あの子もそろそろ他の子の食べ物でもモチベーション上げてもらわなきゃね。
でも、それはそれで少し寂しいような、複雑な気分だわ。あの子ほど嬉しがって食べてくれた子はいなかったから」
「ふふふ、それで真白、高校卒業したら調理師学校行くんでしょう?影響されまくってるわよね」
「それで先生方からはお小言もらったわ。監督が間に入ってくれなかったらうるさかったでしょうね」
成績優秀者を大学進学実績にしたい教師も、割と自由な星海にはまだ一部残っている。
それを「自分の人生の責任も舵取りもとるのは生徒自身だ」と説き伏せた監督は、その場においては教育者の鑑のように見えたと真白は語る。
「ましろんがプロの料理人になったら、ごちそうしてね」
ちょっと愚痴っぽくなったところを響が明るい展望図でまぜっかえす。
「二人は大学進学でしょ?」
「うん、あーしは慶応女子目指すよ」
「私は大学は絞り切れてないけど、教育学部で将来子供たちに野球を教えたいな」
それぞれの未来をひとしきり語った後、話は再び現在へ戻っていく。
「教育っていえば、葵ちゃんの首尾はどう?まおちー」
「あの子は元々左右田くんからある程度野球知識は得ていたから、星海式をちゃんと馴染ませれば問題ないわ。
今も勉強中で、秋からは二人三脚みたいになるだろうけど、来年度にはしっかり後輩に教えられるはずよ」
「ふふ、真央も1年の頃はてんやわんやだったものね」
真白が、過去話を持ち出してくる。
「もう、真白ったら。でも、葵ちゃんは素直だし、教育係としての未来は心配いらないわ。
むしろ問題は……」
少し口を濁す真央に、真白が。
「藤堂さん、あの子に心酔しきっちゃったもんね」
「まさか、暁っちの崇拝者が紫苑ちゃん一人ではすまないとは……」
エース自ら可愛がった結果、「先生」「先生」と事あるごとに言うようになってしまった葵は、もう押しも押されぬ『暁信者』の一人である。
もう暁が貶されるとなると、幼馴染であった左右田に対しても平気で噛みつく小動物になってしまった。
暁は単に、懐いてくれる後輩を猫可愛がりしただけのつもりだったのだが。
「暁っち、ちょっと周りに慕う女の子多すぎなんだよなー。
澪菜ちゃんも最近怪しいし」
ラプソード大好きっ子で、誰とでも距離の取り方を考えない見た目だけ清楚の困ったちゃんな後輩のことを思うが、響は珍しくため息をつく。
つい先日も星海に負けたばかりの対戦校に突撃して、データの裏付けの意図を聞こうとしかけたのを、響が尻を拭かなければいけなかった。
「あはは、あの子は優秀なんだけどね」
乾いた笑いの真央。何も言わずただ微笑むだけの真白。
「ほんとに、あの子はもう……問題児は紫苑ちゃんだけでよかったよ」
毒舌で他人の心境に想像力が働かないところがある紫苑、己の知りたいことのために周囲の反応もルールも置き去りにする澪菜、星海野球部における問題児マネージャーの代表であった。
変わり者の多い星海であっても、ここまで自制の効かないタイプは近年でも珍しい。
「でも、私たちにはもう時間がないわ。あとは後輩たちに任せなきゃ」
もし甲子園に行けなければあと1週間程度、行けたとしても1ヶ月。
それが彼女たち3年生の引退までのタイムリミット。
「ましろんはそう言うけど、心配だよ、あーしは」
「あら、響が一番心配なのはあの子の方じゃないの?」
「え、暁っち?」
「あら、私は彼だなんて一言も口にしてないけど?」
からかわれたと分かった響は顔を赤くして「ましろん!」と飛び掛かってわちゃわちゃとくすぐりに入る。
そんな戯れタイムを挟んで、真央はお茶を飲んで。
「でも、暁くんは甲子園に行かせてあげたいわね」
「そだね。まだやっぱり、気にしてるから。去年のこと。
本当に振り切るためには、きっと」
しんみりとした空気に急になる。
「準決勝は東海相模、決勝で横浜高校――どっちも強敵よね。横浜高校は、うちと同格」
「ん。監督が言うには、大阪桐蔭と違って横浜高校とは相性がいいらしいけどね。
伝統ある名門校スタイルが、奇手への対応を半歩遅らせるとかなんとか」
よく分かってないながらも、響は受け売りの言葉を口にする。
革新的で手段にこだわりの薄い大阪桐蔭、伝統校らしく横綱相撲を好む横浜高校、異端の飛び道具を好む星海学園。
三すくみの関係に近い。
総合的な力の差はほとんどなく、爆発力であれば星海が一歩抜きんでるかもしれない。だが、全く油断できない相手。
あえての暁完投ではなく『新・黄金リレー』のみを用いるこの県大会、突破率は実は6割強程度しかない。
それでも、暁が完投できるという情報を隠さなければ今年の甲子園優勝は成しえないとの、苦肉の策である。
甲子園出場自体は厳しくなっているのが分かっている。それでもと、監督はこの戦略をとると決めたのだ。
甲子園出場だけではなく、初めての甲子園優勝を目指す。打線の中核、虎杖レオンがいる今年は大きなチャンスだと監督は考えていた。
この男が抜ければ打線の弱体は余儀なくされる。来期以降は投手は他校より上でも打力が他の強豪に劣るようになると監督は見ていた。
だからこそ、今年の優勝を目指す。多少苦しかろうが、1%でも優勝の目を。
「まだみんなと、一緒にいたいな」
そうこぼす響に、真央も真白も無言で頷いた。




