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第五十四話 『適性』


 田代の行動に対して、直接の正否を教えるでもなく、本人が気づくまではと監督はベンチの皆に口止め。

 その意図を組んだ皆は、やはり監督は性格がよくないと思いながらも、ただ教わることと経験で学ぶことの差を認識するがゆえに、語ることはせず。


 6回までを1失点までに抑えた田代は、7回のマウンドへと登っていく。



「ふむ、6回までで97球か。三振型としては少なめに抑えた数ではあるが、球数だけに拘泥した結果、消耗率はどうだろうな」



「中盤、結局重いストレートが4割弱でしたからね。あれでは110球相当なんじゃないですか?」



「ふーん、監督も藤代っちもよく分かんね。あーしにはさっぱりだよ。

 田代っちはそろそろきついってことなの?」



 監督と怜が語るのに対して、響がそうコメントする。

 サイドテールの髪を下から掌でぽふぽふとしながら聞く響に、暁は。



「いや、球速は5km/h程度落ちてますが、球威は頑張って保とうとしてますよ、響先輩。

 田代は球速も大事ですが、それ以上に球威が肝の投手ですからね。

 本格的に球威も落ちて打たれだすのは、あと20球くらい投げた頃――たぶん8回の途中からじゃないですかね。


 あ、ほら、また三振に取った」



「ギアの上げ方が球速より球威に寄っているのはいい傾向だな。

 剛腕型はどうしても球速にこだわりがちだが、投手の打たれづらさは球速だけではない。

 最初から最後まで球速も球威もほとんど変わらない暁は特異例だが」



「え、なんで俺、急に刺されたの?」



 解説する暁に補足する監督。しかし急に裏切られて暁はびっくりの表情。



「暁は、最初から最後まで抜いて投げる上に9回までの平均球数も100球ちょっとですからね。安定した出力でずっと投げ切るタイプ。

 なにより疲労でのフォームの乱れは暁の投球の根幹を揺るがすから、こいつの完投体力は純粋な『この投手はどれだけ投げて体力の限界が来るか』よりも厳し目に見るべき。


 だから、単純な体力のなさというよりは、高度な継戦能力の維持が初期は5イニングまでしか持たなかった――そして今は完投でも問題なくなりつつある、といったところですね」



「うん、つまりお前は『異常』側なんだぞ、暁」



「怜も監督もひどい……」



 ぶーたれた暁は大好きなクッキーをもぐもぐすることで心の安定を図りだす。これには響も苦笑。



(暁っち、やっぱり前には近づいてきてるけど、勝ちにはこだわってるよね。

 頼もしくはあるけど、少し不安。

 あーしが甘やかしてあげ過ぎるとよくないってましろんには止められちゃってるからな。

 あーしは暁っちの力にもっとなりたいのに)



 響は無意識に、足先がコンと暁のスパイクに触れる。

 暁はその意味に気付くこともなく、かすかに首をひねった。






 一方で、田代はマウンド上で8回を迎えると出力低下が露わになりだした。球数は120に近くなったことで球速はさらに落ち、球威も明確に下がりだす。

 田代自身の性能が元から高いゆえに戦えはするが、実戦ならば実力伯仲の投手が控えにいれば交代が視野に入ってもおかしくない。


 問題は、この状態の田代、つまり80%程度に出力が落ちた状態でなお、暁以外の投手陣よりも能力が上になるということだ。

 高坂であれば1イニングならば今の田代以上に抑えられるだろうが、それは継投効果ありきであり高坂自身の性能のみではない。そして、今回の性能チェックでは田代が完投しなければ意味がない。



(配球は変化球を中心にシフトして、ストレートを投げるときは出力を上げる!

 まだ抑えてみせる!)



 田代の選択は、今を抑えるという点では最善に近い。

 だがこれはストレートをボールゾーンの見せ球にして比率を下げてなお、投げればその分消耗を増す諸刃の剣。

 ストレートが中核に据えられた投法は、そのストレートが弱体すればその分打ち込まれやすくなる欠点を抱える。


 それでもなお、絞り出した力は一時的にストレートに力を与え、まだ余力があると相手打線に錯覚させることに成功。

 この8回をどうにか1失点で収めることに成功する。

 だがその代償に急速に弱体化が進むことになる。



「ふむ、そろそろ工藤が今の田代より優位になったかな。

 普段ならここで高坂への継投だが、高坂もナックルボーラーの性質上、温存させたい選手。

 ワンポイント的に投げられる便利屋投手を増やしたいな。やはり二軍から左右田を上げて投入するか?その分だけ野手枠が圧迫されるが、今は仕方なく思える」



 ぶつぶつと呟いている監督に、暁が口を挟む。



「その左右田ってやつ、適性はどうなんですか?監督が言うんだから、中継ぎ特性は高いんでしょうけど」



「ああ。あいつは全適性がある。そこに関しては去年の暁と同じで使いやすい。

 とはいえ、お前と違って完成度はまだだ。中堅以下には先発・抑えで使えても、強豪の下位~中位になれば途中で1イニング中継ぎ起用で挟むのが現実的だろう」



 暁の疑問に監督は答えるが、内心(あれだけ突っかかってるやつ相手にいまだ「左右田ってやつ」という扱いは何なんだ?眼中に入ってなさすぎて向こうがかわいそうになるな)などと思っていた。



「左右田っちって両投げ投手でしょ?

 うちの中等部担当スカウトも面白いの拾ってきたよねー」



「そうだな、ああも打者に合わせて腕を切り替えられる投手は希少だ。

 暁の次のエースを任せたい男だが、どう成長するか……他の選手も伸びるだろうから面白いことになりそうだな。

 おっと、田代が帰ってくるぞ」



「田代に疲労回復用のドリンクと、甘味と、集中を高める梅干しエキス配合のをあげないと」



「暁っち、それマネージャーの仕事なのになんでエースがやってるん?」



 響のもっともな言葉にしかし暁はきょとんと。



「え、でも俺今は投げないから暇だし。響先輩は相手見てないといけないでしょ」



「そうなんだけど、この子やっぱエースの自覚もプライドも薄いよ」



 効率でいえばその通りなのだが、投げてない時の精神性があまりに俗物すぎると苦笑する響。

 まあそこを可愛いと思ってしまっている響もどうなのか、ではあるが。



「ただいま帰りました」



 そんなところにどさっとベンチに深く座り込むように戻ってきた田代に、甲斐甲斐しく飲食物を渡していく暁。

 怜はそれに苦笑しながら、田代にタオルとアイシング用の氷を渡してやる。



「田代、点差は開いてるんだからもう少し抜き気味でいい。野球は点数をやらないスポーツじゃなく、最終的に点数差で勝っていればいいスポーツだ」



 さすがに見かねたのか、忠告する怜。



「点をほぼやらない暁をリードしてるお前に言われてもな。

 分かってるさ、普段はちゃんと援護に頼る。けど今日は俺の試金石だ。このままやらせてくれ」



「6点差で9回。まあ普通にやってれば大体勝ちなんだけどねー」



 炎上しなければ問題なく、もししても常道なら即座に交代させるから火消し役まで燃え上がらなければ逆転の目は薄い。

 田代が投げている場合の星海打線の力は、全国でも屈指。打ち合いで早々負けるものではない。

 浦和学院相手に余裕のある試合展開。



「田代、今の感じで連投はできそうか?」



 そして監督は、ここで連投体制を改めて確認。もちろん、自己申告だけを信用する気はなく明日の練習内容で判断するつもりだが、田代自身の自覚も訊ねておく。



「もう1回の、完投だけなら。

 今の消耗加減なら、明日には大体は回復してると思います。流石に明日投げろと言われたら今日よりは抑えめに投げさせてもらいますが」



 田代の消耗加減は、一般エースの完投での消耗加減とそこまで大きく違うわけではない。

 おそらく9回には球速が7km/hほど、球威も落ちておそらくストレート2種があまり変わらなくなるとは思えど、140球近く全力投球に近い形ならばそれはそうなるというものだ。

 8回までに2点で抑えているという状況で、十分な実力を証明している。

 これならば神奈川の強豪相手であれ、二強以外ならばある程度の余裕を持って勝てるだろう。

 ただ少し、力が入っていたので立ち回りには改善が必要ではあろうが。



「打席、行ってきます」



 弱音も吐かず向かっていく田代は、自分の打撃でも二塁打を放ってさらに1点を追加する。


 そして9回、さすがに捉えられた田代は2点を失うが、絞り出すように変化球を駆使してストレートも見せ球にし、浦和学院打線を合計4点で抑え、締める。


 球数は結局160球に近づいたが、どうにかこうにか潜り抜けた。

 そして点数自体は9-4で勝利と、割かし余裕のある試合展開であった。

 田代で十分、単体ですら神奈川の強豪に勝ちうる。それを証明できる試合内容だったと言える。



カクヨム版に連載が追い付いたため、本日より第3部完結まで、12:10に1日1更新になります。

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