第五十一話 『その日に向けて』
今年も、GW前に行うGW合宿。
4日間に渡る三校合同で行う練習の日々と、練習試合が待っている。
この県外高校との対戦目的は、田代・暁をそれぞれ完投させ、単体性能でどこまでやれるかを測ることであった。
特に田代が、どの程度のレベルであれば単独で抑えられるのかは、夏において暁をどれだけ温存できるかという最重要項目につながる。
成長し完投体力がついてきた暁ではあるが、それはまだ単体の試合であれば、といったところ。
安定した完投能力を夏までに身につけるべく現在練習を重ねている。
過密日程である夏の大会においては、エースがどれだけ強かろうが控え投手の層の厚さがなければ大会全体を通して勝つことなどできない。
『微差緩急システム』の実装により、星海内部の力関係で再び突出した暁に対してどう追いつくか、それが田代をはじめとする控え投手陣の課題となっていた。
「夏の第1シードは取れたししばらくは練習モードだな」
監督は春季県大会の準々決勝を勝ち上がったことで、目標のシード権を獲得し、もうこの大会に大きな意味を見出してはいない。
正直監督視点では、残りの試合はただ試合経験を積む、程度の理由しか見いだせず、ここから先はいつ負けても構わないのだ。
実験的に左右田や比較的力のない控えをぶつけてみるのもいい、とすら思っていた。
「監督、そゆことあんまし口にしないほうがいいとあーしは思うよ。期待してないって思われちゃうから」
すでに通常運転モードになっている監督に苦言を呈するのは、響。
2・3年はもう「監督はこういう人」と分かっているから問題も起きないが、まだ入学して1ヶ月経ってない1年生に聞かれてはことだ。
特に、真面目な子ほどショックを受けるだろう。
監督は軽く肩をすくめるだけで、響から合宿場に持ち込んだ器具のチェックリストを受け取る。
「本当は左右田も直接この目で見てみたかったが、今一軍に上げてもベンチで観戦してるだけになるからな」
この合宿中の練習試合が完投前提である以上、出番などあるわけもない。それなら二軍側で投げる経験を積んでもらおう、という考え。
一軍の中で連携を取る練習を積めないのは痛いが、それは試合外の練習の際に二軍から出向させることで補おうと監督は思っていた。
どうせ、合宿の数日間では連携は熟成させられない、という割り切りである。
このあたりの柔軟性や、特別扱いを忌避しないところが星海の特徴である。
「天川、藤代の調子はどうだ?」
「監督も知ってるだろうけど、打撃成績は相変わらず死んでんね。だけど、ケアありなら9回まで脳は持ちそうって報告が出てるみたい。
技術的には、一通りあーしのノウハウは使えるようになってて、後は現場でどう扱うかと、藤代っちなりの扱い方を覚える段階かなー」
相も変わらず魔改造を受けている、暁専用OSのキャッチャー。
各種インストールはほぼ済んでおり、後は最適化を待つばかり、という感じか。
「夏までに、あーしの心理戦の全てを引き継がせるよ。そこから発展させるのは、藤代っち次第。
あーあ、あーしも一つ下だったら、あの子たちともっと長く一緒にいられたのにな」
おどけて見せるが、その中には少しの切なさが混じっている。離れがたい、というのは響の正直な気持ちなのだろう。
「なんだ、そこまで愛着わいてるなら高校出たらそのままスタッフになって、将来監督目指すか?」
「あはは、それは勘弁してほしいかなー。あーし、慶応大行くつもりだから。
てか、高卒のうら若きマネージャーがいきなりスタッフになってたら、監督が愛人雇用したとか、さんざん言われちゃうかもよー」
監督の半ば本気の勧誘をあっさりと受け流し、響はころころと笑う。
「あーしは、遠くから見守ることにするよ。だから引退までの間、出来ることは全部するつもり。夏までよろしくね、監督」
いえーい、と監督とハイタッチしてから響は資料を押し付け、次の仕事を求めて立ち去っていく。
監督はその背を見送ってから、ぱらぱらと資料をめくって中身を確認しだした。
「ふおー!これが山梨学院と浦和学院の選手たち!さっそく「データとるん」くんの出番ですね!
あ、どーもどーも」
澪菜は奇声を上げたかと思えば、マウンドの後ろ、最も全体を見渡せる場所に居座り、そこにラプソードを設置し始める。
「あのお嬢ちゃん、ここはうちの――浦和学院用の場所で、君のところの高校はあっちだよ」
「あ、これはこれはご丁寧にどうも。しかし私は間違えてなどいません。これから3時間の間ここに居座り、あなた方を丸裸にして役立てるのです。
ですので、放っておいてください。いえ、やっぱり待ってください。あなたには私の疑問に答えるという名誉ある役職をつけてあげましょう」
浦和学院の部員もこれには啞然。偵察に来たと平気で口にしたうえ、なんと他校の二軍部員をパシろうとしている。
あまりにも澪菜らしい行動であるが、当然これに慣れているわけもなく、浦和学院の部員は困惑するばかり。
「お、いい回転数です。しかしまだ最適化できるような――あなた、あの選手に一通りの変化球を10球ずつ投げるようにお願いしてきてくれませんか?」
しかも、他校の練習内容にまで口を出し始める。
唯我独尊のラプソード狂、藍原澪菜ここにあり。
「見当たらないと思えば、お前はいったい何をしているんだ?
いや、答えなくていい。どうせ聞くだけ無駄だ」
「おや波間先輩。うちのピッチャーたちに張り付いてなくていいんですか?」
すでに呆れをにじませた晶の言葉に、のんきに答える澪菜。
「こいつがお騒がせした。謝罪はまた改めて。
いいから来い、藍原」
「ああ!なぜ首根っこを掴むんです!?これではまるで猫ではないですか!
波間先輩も一緒にここのピッチャーを観察していきましょうよ!ね、それがいいですって!」
「黙れ。早く来い」
澪菜が引きずられていくのを、浦和学院の面々は茫然と見送る。
そして、あまりにも多くの情報量だったため、彼らは設置されたままのラプソードを見落とすことになる。
3時間後、ほくほく顔の澪菜が「やー、ありがとうございました。「データとるん」くん、お手柄でしたよ!」などといいながら回収しに来るまで、完全にその存在を忘れたまま、データを端末に送り続ける最新機器をその場に放置するのだった。
星海陣営まで連行された澪菜は、軽い説教を受けたのちに解放、星海用の敷地に澪菜はラプソードを設置し始める。
「お前、いつ回収したんだ?」
「回収なんてしてませんよ。あれは初代、こっちは2代目「データとるん」くんです。
初代は今もお仕事してくれています」
2台目の私物を事も無げに配置し、投打データを端末に絶賛送り続ける働き者の機械に対して、澪菜は誇らしげ。
晶はもう、回収に行くのも虚しくなりとりあえず放置することに決めた。
「3代目もいてくれれば、山梨学院側にも設置できたのですが――お父様におねだりを忘れましたから仕方ありません。
向こうが使っているトラックマンのデータ送信先にこの端末を追加しておいたので、あの地蔵などに頼るのは業腹ですが、とりあえずは問題ありませんよ」
「いや、問題しかないが。お前は本当に何をやっている?」
「三校のデータ照らし合わせと解析ですが、何か?」
この澪菜、まるで晶の心労を意に介さない。むしろ自分がやっていることが正当な行為であると思い込んでいる。
ラプソードと異なり、トラックマンは端末登録さえすれば閲覧モードで盗み見れることまで悪用する、倫理観のなさ。
さすがは『クリーンナップぶっ壊し理論』の提唱者だけはある。
「私は今日、打を中心に見ていきますので、波間先輩は投手陣をよろしくお願いします」
澪菜はそう言って、晶に役割分担を告げ、自作のラプソードを讃える歌を歌いながらその場を後にする。
晶に耐えがたい頭痛だけを残して。




