第五話 『大学のベンチより』
専修大学野球部、星海学園との練習試合を了承した強豪大学チーム。その実力は甲子園ならベスト8常連に相当する。
大学グラウンドに選手たちは集まり、歓談していた。
「星海ねえ、今年の春は頑張ってるよな。神奈川で準々決勝進出だろ?」
「エースの室井と主将がいいよな。プロ注目株って聞くぜ」
「けどまあ、他地区ならともかく神奈川でこれ以上はな、普通に無理だろ。この時期にうちと練習試合するなんて、もう諦めてるんじゃないか?」
「向こうのオーダー表見たけど、先発と1番打者にそれぞれ1年生を入れてたぜ。もう夏に焦点当ててるんだろう」
彼らはわずかに見下し気味。
実際、彼らの中では星海は「新興にもかかわらず強豪の仲間入りができているが、自分たちには劣る」といった認識であった。
結果、空気が少し緩んでいる。
そんな彼らに大学監督が声をかける。
「おい、もっと気を引き締めろ。向こうさんはできるだけ全力のうちとやりたいと言ってるんだ。恥ずかしいところを見せるんじゃない。
今年の1年は怪物で、夏は新体制で甲子園を狙うと豪語してたぞ。
いい選手が将来うちに来てくれるかもしれない。丁重に叩きのめせ」
そんなことを言っている大学監督さえもが『勝って当たり前』という空気を出していた。
「まずは先発の1年を打ち込んでエースを引きずり出せ。室井も完成度の高い剛腕だが、お前らなら打てなくはないだろう。
試合の進み具合によってこっちも1~2年を試したいんだからな、早めに打ち崩してくれよ」
ベンチから1番打者がバッターボックスへと送り込まれ、マウンド上の暁の投球練習を選手たちはベンチから眺める。
「かなり独特のフォームだな。腕が体で隠れてリリースが見えづらそうだ」
「だけど球速はそんな速くないか。高1にしてはかなりいい方だが、俺らなら問題ない」
「お、いいところ投げるじゃん。制球はいい……のかな?投球練習だけじゃわからん」
7球の試合前の準備投球が終わり、1番打者がバッターボックスに入り構える。
そして。
「あ、あいつ2球で凡退しやがった」
「おいおい、何やってんだよ。あ、帰ってきた。
おい、ちょっと積極的すぎだろお前。もうちょっと引きだせよ」
ヘルメットをベンチに置いた1番打者は少し首を捻りながらも答える。
「1球目で、ホップはしてたけど打ちごろだと思ったんだよ。
2球目も同じストレートだと思ったんだが、少し変化したのか、それとも俺のスイングの微調整が甘かったのか……。
とりあえず、球筋はかなり見えにくい。少し慎重に行った方がいいかもしれない」
1番打者の役割として、情報共有をする。
わずか2球で終わったために情報量は少ないが、積み重ねが大事であることを彼らはよく知っていた。
「さて、我らが2番は……うげ、なんだあのえぐい落ち球。あれがあの投手の切り札か?」
「4球で三振……まずいな、ペースを握られてる。早めに打たないと調子に乗らせるぞ」
「焦るなって。しょせんは高1、すぐにぼろが出るだろうさ」
「お、お帰り。どうだった?」
2番打者は少しバットをしまい、不機嫌そうに席に座る。
「あいつ、変化球がストレートにしか見えない。速度も途中までの軌道も違いが分からん。2球、別の変化球を使われたが、変化に気付いたのは振るタイミングだった。
リリースも視認しづらいし、バッターボックスに立ってみないと厄介さが伝わりにくいタイプだ。
あと、なんかイラっとする」
「おいおい、イラっとするって、三振とられたからってそんなキレるなよ」
2番打者はガシガシと頭を掻きながら。
「そうじゃなくて。あー、言葉にしにくいな。
なんていうか、捉えれそうなのに微妙に合わないっていうか、向こうの球に安定感が感じられないっていうか」
「安定してないなら簡単に崩れるだろ。なんだ、やっぱ高1じゃないか」
「うん?ああ、そうか、そうだな。そうなるか」
「ほら、3番がレフト前に打ったぞ。やっぱりクリーンナップには通用しないってことだ」
「おい、それだと俺には通用して当たり前みたいに聞こえるんだが?」
2番が目を細めると、大学監督がポンと話し込んでいた二人の頭を軽く叩く。
「お前ら、遊んでないで真剣に観戦するか応援しないか。代えられたいのか?」
「すみませんでした」
「すみません。でもパワー自慢のあいつが思ったより飛ばせませんでしたね」
「ん?そうだな。タイミングをつかみにくいんだろ、フォームがフォームだ。
しかし面白い選手だ、将来うちに来てくれればいいんだが。ああいう変則投手は一人いると幅が広がる。
今のうちに星海に恩を売っておくのもいいかもな」
少し悪い顔をする大学監督に見えないよう、選手たちは少し肩をすくめる。
そんなベンチの見守る中で、4番打者は5球目を三振。
「やはりあのえぐい落ち球が決め球のようだな。1打席目とはいえ、うちのクリーンナップを三振に取れるのは高1と思えない。
1イニング目1安打という立ち上がりも優秀だ。今から唾をつけておきたい。
こうなると1番打者の1年生とやらも気になるな。
ほら、お前ら守備に行ってこい」
攻守が交代して、大学監督は選手たちを送り出した後、星海学園側のオーダー表に改めて目を通しながらバッターボックス近くにいるその打者と見比べる。
根付大志、星海側の1番打者に名前を連ねている1年生。暁が中学生投手としては名前だけは聞いたことがある一方で、こちらの名は聞いたことがない。
極端に短くバットを持っていることから、当てることにこの打席は集中していることは分かる。
3球目まで、バッターボックスに入った根付は微動だにしない。4球目、ぎりぎりの球をファウルに。5球目、ボール球を見逃し。6球目、ストライクの球をファウルに。7球目、ボール球を見送る。
「かなり粘るな。なかなかヒットにできないのは球威に押されているのか?」
8球目、『明らかなボール球を』ファウルに。
「は?四球で出られるのに見極めそこなった?いや、だが、選球眼がなければここまで粘れるわけがない」
大学監督の頭の中に疑問符が沸く。
その後も根付は、9球目、10球目、11球目、12球目と連続でファウルにしていき、13球目でやっとキャッチャーフライになって凡退。
「なんだあいつ、レベルの高いピッチャーにどれだけ粘れるかの練習でもしていたのか?昭和のバッターでもなかろうに」
大学監督は首を傾げ、星海側の意図を訝しんだ。
まさか、根付が相手投手に最大限球数を投げさせることで疲労させ、投手運用計画を狂わせることを主眼にした攻撃的な嫌がらせに特化したバッターである、などと言うことは大学監督の知る由もない。
今の1番バッターのトレンドは4~5球内に自力で打って塁に出られる打者。
昭和型の粘る打者をさらに尖らせたような、相手投手の疲労を狙いながらついでに情報も得ることを重視する、などという形は再現性がないという印象で最初から思考の外なのである。
一方で星海監督は、特に夏の過密日程において根付が行う投手運用計画の破壊効果は極めて効果的だと判断していた。
あとはそれが甲子園級の投手に対しても再現できるかどうか。それがこの練習試合を通した根付への最終テストなのである。
根付にとってはヒットすら粘ることに失敗した判定。球数を増やした上で出塁率は高い数値を維持するのが理想であり、打率なんてものは低い方がいいという異質の野球観を持っている。
こんな感性は通常の野球部では受け入れられないのが当たり前で、「出塁できるならヒットも四球も変わらない。相手が疲労する効果もあるならその分優位」などと判断すること自体が特殊。
星海の監督は根付や暁を『異常』呼ばわりしているが、それを受け入れる当人もまた異端の監督であった。
当然、そんな事情を知らない大学監督からは「理由は分からないが過剰なほどに粘る練習をしている打者を採用する、星海は変わっている」という認識になる。
その認識は、通常の優れた打者の延長上にあるように見える続く数人の打者を見ることで、大学監督の頭の中にあの1番打者は特別変、というものになって刷り込まれた。
それから3回の終わりまでイニングが進み、互いに点数が入らないまま試合が流れる。
中でも四球が1つヒットを1つしか許さないままの暁に対する、不自然なまでの打てなさには大学監督も困惑していた。
ばらつきがある上に打ちごろに見える球速。決め球は非常に素晴らしいが、その過程でいつ崩れてもおかしくないという印象を抱くのに実際には全く崩れず、球にバットが当たってもほとんど飛ばない。
いい投手だとは思うがうちの打者なら打てておかしくないのに運が悪すぎると思う。
そして続く4回、星海のエース室井が登板する。
暁よりもずっと球速のある剛腕投手。暁によってストレスをため込んだ直後に経験するその重いストレートは、160km/h以上に錯覚させる。
普段150オーバーの投手を相手にしている大学チームにとってすら脅威。
次々と大学の強打者たちがなすすべもなく空振りを連発していく。
これぞ星海監督が考案し、効果を試したいと思っていた継投プランの一端。
暁が先発で打者にストレスを与えながら速度への感覚を鋭敏にした後で、10km/h以上速い室井に交代し物理的速度で粉砕する。
人間の速度認識を利用した継投は世の中に存在するが、星海監督は自チーム内でこれを最大化するプランとして暁を組み込んだ。
そしてその効果は甲子園級の打者に相当するこの大学チームにも通用するという確信を抱く。
日本最大の激戦区とも言われる神奈川での甲子園出場、それを現実に見据えられると星海監督はベンチの下で拳を握っていた。




