第四話 『GカップとJカップ』
入部から3週間ほど経ち、もう二軍での練習試合での登板回数も6回ほど経験した頃、監督の方から暁に話しかけてきた。
「ああ暁、お前明日から一軍に上がれ」
「え、俺ですか?」
「そうだ。十分公式戦で使えると判断した。明日の調整試合で短いイニングを投げてもらい、その内容次第で春季県大会の準々決勝に出す。
こんなに早く1年生が2人も一軍に上がるのはうちでも珍しいぞ」
ポンポンと右肩を軽く叩いて褒めてくる監督。
「監督、もう1人の一軍に上がる選手って、もしかして田代か怜ですか?」
「うん?いや、その2人も候補には上がったが、決まったのは根付だな。
……おいお前、なんだその『誰?』って顔は」
首を捻っている暁の額を、人差し指でぐりぐり監督は押す。
「いやだって、ここ数週間、ちゃんと話したのって怜と田代と、あと数人だけですし」
「お前、野球はチームスポーツなんだからちゃんとコミュニケーション取れよ」
「分かっているんですけど、なぜか微妙に避けられていまして……俺は普通にしているだけなのになあ」
本当に分かってなさそうな暁の顔を胡乱気に監督は見つめ、呟く。
「いや、そのせいだろ」
「なにがです?」
「お前の普通は周りの普通じゃないってことだ。まあ、一軍では最低限上手くやれるだろ。そうできないやつは上がってこないからな」
「まるで俺がおかしいみたいな言い方しますね」
「『みたい』じゃなくておかしいんだよ、お前は」
ずけずけと言い放った監督に、暁は心底「そんな馬鹿な」という顔をする。
そういう部分が避けられる元であることを暁は自覚していない。コンプレックスを抱いた人間には傲慢さに映るのだと認識していないのだ。
「話を戻すが、根付は外野手だ。お前と同じでちょっと変わった……特殊な……まあなんというか、異常なやつだな」
やんわりと言おうと最初は思ったらしいが、結局ははっきり口にした監督。
暁は「異常!?」とさらにびっくりしている。
「短期ではこういう尖ったタイプの方が使いやすい。期待しているから、頑張れ」
暁の頭をわしゃわしゃとかき回して、監督は去っていく。
暁はまだ、「異常……」などと小さく繰り返していた。
暁がぼんやり見ていた投球練習場の入口から金色の糸が覗き、続けて全体のシルエットが現れる。
平均より少し高い身長に、華奢に見える腰回りと大きく張り出した胸の重厚なボリューム、丸みと弾力のあるヒップが作り出す、触れたくなるような肉感的な砂時計型のコントラスト。
少しウェーブのかかった金糸が腰まで届き、毛先が薄めのピンクブロンドに染められてグラデーションになっている。それが若竹色の爽やかな若々しい緑に、勿忘草の柔らかい青みの少し混ざったシュシュで、サイドテールに軽く結わえられていた。
「やほー、って、どしたん?そんなに落ち込んで。
監督にいじめられた?お姉さんが聞いてあげよっか?」
すすす、と距離感近く暁の傍に屈む、ユニフォームを着たギャル風の女性。
「それが、監督が俺のこと異常だって」
「あーね。監督、言葉のチョイス、ミスっちゃったかー。
大丈夫だよ暁っち、監督は悪い意味で言ってないから。
ほら考えてみて、エジソンやアインシュタインは一般的には『天才』って言い現わすことが多いけど、実際はその域にも収まらない『異常個体』でしょ。彼らはむしろ、『だからこそ』成功したんだよ。
星海はそういう普通の枠組みから外れる子の特性も受け入れ、育てるのが特徴なの。どんな子でもいいところを最大限生かす、それがうちの育成方針。
一軍はそれが馴染んでいるから、二軍の子みたいにビビっちゃったりしないで受け入れてくれるから安心しなー」
よしよし、と監督に乱された暁の栗色の髪を手櫛で整えるギャル。
そこでふと、初めて暁は少女に気が付いたように。
「ところであなたは?」
「おっと、自己紹介忘れてた。
あーしは天川響、2年生にして一軍のベンチマネージャー、ついでに真央の親友でもあるよん。いえーい、ピースピース」
指先を下に向けたギャルピースをしながら、もう片手の人差指を立てて目元に添わせるようにポーズを取ってくる。
「あ、俺は暁幻大です」
「知ってるよん。
一軍に上がるって聞いたから、挨拶に来たの。もう一人の子にもこの後顔を出すつもり。
暁っちも困ったことがあったら何でもあーしに相談しな。なんでもしてあげるからねー」
にこにこ笑いながら、シェイクハンド。
「ただし、このGカップの豊満おっぱいは触らせてあげませーん。残念だったな、少年。うりうり」
つんつんと暁の頬をつつきながら、ちょっと蠱惑的に、悪戯っぽく、響はころころと笑っていた。
「まあ、まさかこのあーしの部内一のカップ数が今年、追い抜かれてしまうとは思わなかったわけだけど」
響の言葉に何と返していいか分からない暁が困っていると、投球練習場の奥から響とは対照的な仄暗い空気を纏った少女が、男を伴って歩んでくる。
「天川先輩、その場にいない後輩の容姿をいじるのは感心しませんよ」
現れたのは、艶のあるラベンダー色の髪が肩甲骨のあたりまで広がり、くせっ毛で先端が内側にカーブしているが細く柔らかそうな髪質。そして身長は平均に比べてもかなり小柄で響の顎の位置に頭頂部が来るくらい。
それに対して胸元は圧倒的なボリュームで膨らみ布地を押上げていた。
赤味の強い深紫をベースにしたロリータ服っぽい形状に朱色のリボンが散らされ、白のレースとフリルが色味を締めており、投球練習場の雰囲気にあまりにもそぐわない。
「ありゃ、紫苑ちゃんいたんだ。それに藤代っちも、やほー」
怜は軽く響に頭を下げ、暁に手を挙げて応じるだけで横に数歩ずれる。
巻き込まれたくないという意図が透けて見えるようだ。
「てか紫苑ちゃん、綺麗な服だけど部活中は脱がなきゃ。汚れちゃうよ」
「おっしゃる通りなのですが、ユニフォームに入らないので今特注している最中なんです。私、Jカップなので」
「わお、マウントとられちった」
おどけたように肩をすくめる響から視線を外して、紫苑と呼ばれた少女はスカートをつまみ、優雅にカーテンシーを行う。
「霧島紫苑と申します、お見知りおきを。
専門は負けパターン分析と相手の嫌がる配球のシミュレーション。ちょうど藤代くんに教え込んでいるところです」
「ちなみに、あーしが藤代っちのメイン担当マネージャーで、紫苑ちゃんはサブね。だから仲良しなんだ」
響の補足に紫苑はこてんと首を傾げ、
「仲良しなのですか?」
「秒で否定された!?」
「いえ、冗談です。うふふ。
暁くん、あなたのことは興味深いと目をつけていました。私の理論を証明してくれるかもしれない素材……いつでも私を頼ってくださいね。
藤代くん、行きましょう。これから先は座学の時間です」
優雅にスカートを揺らしながら、紫苑は無言で従う怜を連れて投球練習場の外へと出ていく。
その様を見送った暁はポツリ、
「この学園、変なやつばっかりいるな」
その呟きをしっかりと拾った響は。
「それ、暁っちが言っちゃうんだ……」
呆れたように、困ったように頬に指をあてた。




