第四十七話 『藍原澪菜が仲間になった』
私立・星海学園、高校野球激戦区神奈川に位置する歴史は浅目ながらも最新機器を揃えた、強豪の一つに数えられる高校。
「勝てれば過程はどうでもいい」「セオリーにはこだわらない」「合理性重視」といったチーム方針を掲げ、それ故に異端だろうが受け入れる懐の深さを持ち、野球IQの高い選手を集める校風である。
そこに、女子マネージャーとしてラプソードを相棒に入学した、一人の少女がいた。
少女の名は藍原澪菜、今はまだ一介のラプソード狂信者であった。
説明しよう!ラプソードとは、高精度カメラとレーダーで弾道を測定・分析する器具である。トラックマンに比べて安価で持ち運びしやすいため、世間的には廉価版として――
「いいえ、違います!ラプソードこそ至高なんです!
トラックマンなんてただの地蔵!必要な時にその場にないものなんて高性能を謳っても役に立ちません!
その点、ラプソードは違います!
いつでも持ち運びオーケー!精度だって最新版はトラックマンに負けないどころか、項目によっては優位!
劣位なところはすぐ追い抜くに決まってるんです!
ラプソード最高!ラプソード最高!」
ナレーションを遮るのはやめていただきたかった。
彼女はサラサラの腰まであるストレートの黒髪を風にたなびかせ、少し目を細めて耳に手をかざしてまるで風音の旋律を楽しむように。
知性のある目を配置した顔立ちは、とても整っており、ほぼ平均身長でDカップというスタイル抜群のくびれ美人。
まさに清楚系お嬢様――静止画であれば。
「暁幻大、あなたを必ず丸裸にして見せます!
私のこのラプソード3.0、『2代目「データとるん」くん』で!」
口を開かなければ、動いたりしなければ、どう見ても清楚系お嬢様の、その実性格はラプソード狂の「おもしれ-女」。
それが藍原澪菜という人間であった。
彼女が『それ』に最初に触れたのは小学3年生のある日だった。
父親が野球好きで、他の息子娘に断られた父は、まだ不安定にふらふらと歩き回る澪菜を連れて、よく観客席のVIP部屋に通っていた。
そこで彼女は目にしたのだ――トラックマンを。
澪菜は聞いた。
「お父様、あれは何のための機械なのですか?」
父は答えた。
「ああ、あれがあれば野球の全部が分かるんだよ」
「まあ」
澪菜はきらきらした目でトラックマンを見つめた。
翌日、澪菜は父の袖をつかんでおねだりした。
「私もあれが欲しいです」
父は末っ子に対して激甘だった。
「そうか。澪菜がそういうのなら――しかし、澪菜にはラプソードの方がいいのではないかな」
「なぜですか?」
父は語った、トラックマンは据え置き型であり、一方でラプソードは携帯できるということを。
「そんな!『とらっくまんさん』は、私のことが嫌いなんですのね!?」
幼い澪菜の中では、いつでも一緒にいてくれない=『嫌われている』であった。
この時から、澪菜はともにあることを拒否するトラックマンが嫌いになった。
そして、いつでも持ち運べて、枕元に置いて冷却・湿度管理つき専用収納ケースにお布団をかけると一緒に寝てくれる、ラプソードが大好きになった。
澪菜は数日後から、意気揚々と買い与えられた当時最新機種のラプソード2.0――後に「データとるん」くんと名付けることになる自分専用となった機器を持ち、近くのリトルリーグのチームの練習している場に勝手に入り込んだ。
そこで、澪菜はさらに勝手に自分の「データとるん」くんで測定し、その場にいる少年に好き勝手に口をはさんだ。
当時の澪菜にまともな分析能力があるわけもない。
ただ、機器の力を自分の力だと考え、『球速』『変化量』『打球速度』『飛距離』といった、まだ意味の分かりやすい項目について「あなたは数が低いからダメです、もっと高くしてください」と少年たちに言いつのったのである。
澪菜に悪意はなかった。自分に力があるのだから、教えてあげなきゃ、などという使命感まであった。
当然、喧嘩になった。口論から、もみくちゃのひっかき合いになり、執事に引き離されて。
翌日にはまた、同じチームの元にラプソードを手に意気揚々と向かう日々。
そんな原初の風景は形を変えて続き、だんだんと澪菜は専門知識を身につけていくことになる。
こうして、ラプソード狂は爆誕した。
星海の投球練習場の中、澪菜は練習中の暁の元にずかずかと足を踏み入れる。
「あなたがへんてこな投球をすると有名な暁幻大ですね!私が今来ましたよ!」
「えと……だれ?」
さしもの暁もこれには困惑。その場にいた晶は、近づくことに危険を感じたのか咄嗟に一歩身を引いている。
「わが名は藍原澪菜!あなたにラプソードの叡智を授けるものです!安心してください!これであなたはさらなる高みに上れることでしょう!」
「お、おう。でも、今は晶と調整中で、後に……」
「かまいません!私が後を受け継ぎましょう!そこの古びた職人より、私の最新ラプソードの方が貢献できるはずです!」
藍原澪菜、地雷を踏む。
「は?おい後輩、今なんだと?」
「私の方が役立てると言いました。あ・な・た・よ・り」
こうして、長く続く特殊なライバル関係の始まりが、暁を脇に置いてなされようとしていた。
そして同時に、味方の投打データ収集・解析の専門家たる澪菜と、目視によるフォーム調整職人たる晶の、『手を組めばこの上なく頼もしい』チームの結成秘話でもあった。
この当時、全くチーム感は存在しなかったが。むしろ主義主張の戦争状態に近かったが。
そんな2人を見やりながら暁は。
「梅本先輩、俺本当に先輩やれるかな?」
なんだか情けない声で、先輩たる自信を早くもなくしつつあった。
「で、お前は結局何なの?」
「わが名は――」
「それはもういい」
いったん落ち着いて、改めて話を聞こうとする暁。なおも変わる気配のない澪菜を押しとどめ、どうにかこうにか話を聞き出す。
「今年入学した1年生、藍原家『インディクム』グループの財閥末子、物理で100点以外とったことなし、ラプソードの申し子、藍原澪菜です。よろしくお願いします」
「なんなんだこの情報量の多い女は?」
晶が呆れたようにぶっきらぼうに、疲れを見せて呟く。
「澪、菜?」
「はい?なんでしょうか?いきなり名前を呼んで。口説いてますか?ごめんなさい、まずはデータをとらせてもらってからで」
「違う違う違う。
去年、データスクリプト解析が専門の星野澪って先輩がいたんだ。
それで、同じ漢字なんだな、って。データ解析するやつはそういう名前の傾向でもあるのか?」
「分かりませんが、同じラプソード愛好家として光栄ですね」
うんうんと頷いている澪菜だが、その笑顔に次の瞬間ひびが入った。
「いや、澪先輩はトラックマン使ってたけど」
「……トラックマン?あんな携帯性皆無の、地蔵なんかを使用してると?
ああ、撤回します!同じ名前だなんて遺憾ですね!」
「こいつは本当になんなんだ?変人すぎる」
「でもご安心ください!これからは私があなたのサブ担当マネージャーとして、しっかりラプソードの魅力を教え込んでいきますので!」
突如もたらされた情報に、暁と晶は顔を見合わせる。
「なんて?」
「入部した1分後に、監督に直談判して、そうしてもらいました。
私ほどエースに貢献できる人間はいないでしょうからね!当然ですね!」
なんという自信家。歴と能力が付随しているからなおのこと困る。
「そういうわけで、よろしくお願いしますね、暁先輩!
あ、それと、一応、そっちの古びた職人先輩も」
「波間、だ。お前には礼儀というものはないのか」
「おっと失敬、波間先輩。
どうも野球のこととなると、選手以外は後回しにしてしまいまして。このチームの選手全員のフルネームと学年はしっかり記憶したのですが」
悪気ゼロで、なんだかすごいことを言っている。
「入部して1日で?」
「正確には半日です」
能力と性格が、困った方向で釣り合っている後輩が、女子マネージャーとして暁一行に加わった。
そんなゲーム的な文言が流れたような気がして、暁は自身の精神の疲れを痛感するのだった。




