第四十三話 『後遺症』
実のところ、『微差緩急システム』は実行すれば、誰でも多大な効果を発揮できるような類のものではない。
暁が元々持っていた3つの基盤が、システムの効果を何倍にも増幅させている。
『リリースの見えづらいフォーム』。
これにより、打者が『球が出てくる瞬間」を捉えにくくなる。
これだけで、速度感知の起点そのものが曖昧になり、微差を検知しようとする脳への負荷が、最初から跳ね上がる。
『トンネリングが優秀な球種群』
ストレートと変化球の軌道を、長く重ねることができる。
『速度だけが違う』という状態を、視覚的に極限まで与えることができる。
打者の脳は『軌道の違い』で処理を助けてもらえなくなり、純粋に速度情報だけを頼りにせざるを得なくなる。
結果、微差に対する過敏化が加速していく。
『見分けづらい2種フォームにより自然発生する速度差』
この暁の根幹ともいえる能力が、最もシステムと相性がいい。
フォームの違い自体がごくわずかで、打者は『今どっちのフォームなのか』を瞬時に判別しにくい。
そして、その曖昧なフォーム差が、自然に5〜7km/h前後の速度差を生む。
つまり暁は『意図的に速度を変えている』ことを、ほぼ完全に隠蔽できる。
打者の無意識は『フォームが少し違うから速度も違うのかも』と処理しきれず、結局『速度感知機能の鋭敏化』へと勝手にリソースが振り分けられていく。
特に危険なのは、この3つの要素は全て『見分けづらい』であって『全くわからない』ではないことだ。
『全く見えない』『全く区別できない』なら、人の脳は比較的早く区別すること自体を諦める。
『これは情報として使えない』と処理を切り捨て、別の手がかり――球の回転や空気の切れ方などに切り替えようとする。
しかし暁の場合、すべてが『づらい』止まりである。
リリースは『見えづらい』が、完全に見えないわけではない。
トンネリングは優秀だが、最後の一瞬でわずかに分岐する。
サイドとスリークォーターは『見分けづらい』とはいえ、完全に同じフォームではない。
この『あと少しで判別できそう』という状態が、打者の無意識を半ば暴走させるように、脳に『判断のきっかけ』を必死に探し続けることを強制する。
『今のフォーム、少し低かった気がする』、『リリースの位置、さっきより前だったかも』、『軌道がほんの少しだけ外に逃げた? いや、気のせいか』、というように。
この『気のせい』と『本物の情報』の境界線で、無意識は延々と加速し続けながら自分を壊していく。
速度感知機能をさらに鋭敏化させ、スイング調整幅を過剰に広げたり縮めたり。
結果として、微差そのもの以上に『見分けようとする努力そのもの』が打者を狂わせるのだ。
打者の努力と適応を逆手に取り、罠にはめる構造。
極めて厄介で陰険で執拗な、一方的な対話拒否。
自分が勝利すればそれでいいという、相手を顧みない姿勢。
あの日の罪悪感と贖罪から、暁はここまで来てしまった。
暁の投法によって、次々と英明高校の打者は狂っていく。
その狂いが矯正されそうになった瞬間に、怜の間髪入れぬ指示で、調節幅をリセット。
白紙化した基準にまた微差で狂いを再開させていく。
英明高校の打者には何が起こっているのか理解できない。
自分のスイングが狂わされているという自覚も薄いまま、ただ必死に食らいつこうとし――その努力がさらにスイングを壊す。
ただ打っているだけでそんなことが自分に起きている、意図的に起こされているなど、想像できる方がおかしい。
彼らは点数を奪う以前の状態に、叩き落されていた。
暁の降板する5イニングの終わりまで、彼らはろくに飛ばすこともできず、何かに騙されているような感覚で過ごすことになった。
実際には、『騙されている』なんて生易しいものでは全くないが。
そして狂いを保持したまま、田代へのバトンタッチ。
物理的速度による破壊の時間がやってくる。
暁からマウンドを継いだ田代は、安定したMAX150のストレートと制球という問題点を解消した変化球で、圧倒していた。
『新・黄金リレー』は暁の『微差緩急システム』によって別物になったりなどはしていなかった。
そもそも『微差緩急システム』とは元々暁がやっていたことを体系化し最大効率にしたその先、いわば発展・強化系と呼ぶべきもの。
ゆえに速度感覚の過敏化・スイングの狂いという要素は以前よりも強化され、継投の威力は跳ね上がった。
だが、構造についてはあまり変わってないし、暁の効果が時間制限つきであることや、効果が切れれば田代単体の力が必要になる、という点は一切変わりない。
継投の威力の上昇、起こったのはほぼそれだけだ。それで十分、ともいうが。
暁なら延々に続けられる狂いは、時間と打席のたびに抜けていく。
いつ収まるか分からない狂いを、田代は物理で圧殺しながら、収まるその前に相手を潰していく。
また、これは副作用的なものだが、暁によって過敏化した速度感覚は、田代のストレート2種とストレート亜種2種の間、速度差10km/hを別物として欺瞞性を暴いてしまう。
通常時ならば瞬間的に誤認させられるものが、『新・黄金リレー』下で暁の影響を受けているうちは出来なくなる。
だが――実はこれもまた特に問題はない。-3点くらいの減点要素があったとしても、+10点あれば差し引きは大きくプラス。
継投による速度差のマジック+速度感覚過敏化+スイングの狂い。これで相手の対応力など、十分以上に奪えるのだった。
体感160km/hを乱れたスイングで相手取らなければならないなら、そうもなるだろう。
冬まで、暁の速度感覚過敏化は打席1巡限りの『魔法』――すなわち最大3イニングだった。
しかし、効果を最大化できた今はどうなるのか?ロジック的には延びてもおかしくはない。また、スイングの狂いが解消される時間は?
いまだこれらは検証がなされていなかった。今の今まで。
もちろん、個人差があるはずだ。暁の『微差緩急』に打席で4球晒された者と10球晒された者が同じはずがない。他の要素もきっとあるだろう。
ゾーンの中で100%の使い分けができていた時と、継続的な押し付けがブレることもある現状の80%状態の間でも、効果は大きく違うだろう。
だが田代がそれを実感するときはほとんどないだろう。
なぜか?暁はこの試合、5イニング投げたからだ。
最終回は高坂が担当するため、田代の担当イニング数は3イニング。
すなわち、『魔法』――いや『後遺症』が最後まで残っていて何もおかしくない。
田代からは、どれだけ『後遺症』が後を引いているのか観測するのは難しい。
ただ自分の投球に圧されているのか、対応できていないのか?それともここに暁の効果がどれぐらい乗っているのか。
それをマウンド上からの観察だけで区別するのは無茶というものだ。
だから純然たる事実を1つ。この3イニングの終了時まで、田代に対する安打数はわずかに3だった。
もう一度言う。英明高校は、1イニング1本ペースでしかヒットを出せなかった。点数など奪えるはずもない。
これが、結果である。
9イニング目、高坂へとさらにバトンタッチし、揺れ球による攪乱タイム。
だが、すでに『後遺症』は解除されてしまっていたのだろう。
ほとんど揺れず浮いたナックルを、意地で英明打者がホームランにする。ランナーはなしのソロ。
それ以外はきっちりと抑えたが、なんとなしに不規則の悪い部分が出る試合が前から続いた気がする。
そして、これを受けて監督は。
「しまったな――ロースコアゲームなんだから、不安定さがどうしても出る高坂を出すんじゃなくて、田代を最後まで引っ張るべきだったか。
考えればわかるはずのことが抜けていたな。俺も暁にびっくりさせられていたということか?
勝ったからいいとはいえ、今度からは気を付けよう。高坂の出しどころは今まで以上に慎重に考えるべきだな」
旧来の形に縛られるばかりではいけないという学びを得て、響がスコアブックに最後に2-1と書き記すのをチラ見した後、フィールドに向かって足を進め。
「だがまあ、まずはあいつらを迎えてやらなきゃな」
監督は満足そうに笑った。




