第四十話 『春は芽吹くか』
秋季関東大会は、完全に監督の思惑通りに進んだ。
準々決勝の花咲徳栄高校との試合は、結局5-2という余裕さえどこか見せた勝利。
『新・黄金リレー』があれば強打線ですら封じられることを証明し続けた。
田代、高坂が多少の点を奪われるのは、徳栄という全国でも有名な打線を考慮すればむしろよくやっている方。
運があるとはいえ、それを完全に抑えている暁の方が異常なのだ。
とはいえ、情報格差により暁への対応はほぼ不可能、田代にも2種のストレートという情報だけで対抗を余儀なくされた上で点数をどうにか奪っているのだから徳栄はむしろよくやった。
今回を教訓に、夏の甲子園で当たった際はしっかりと研究してくるだろうから、さすがに次はこのような無様は晒すまい。
ネットではかなりさんざんに言われているようだが。
そして続く準決勝では宣言通り、工藤と将来の先発候補、さらにはベンチ内の代打や代走、守備固め要員などを積極的に開始メンバーとして出し、経験を積ませていった。
そして、極々順当に敗北したが、すでに選抜出場は決まっているのも同然なため監督は余裕しゃくしゃくであった。
関東大会が終わり、神宮大会にも出られないとなると、高校野球は11月から3月になるまでの公式試合のない長い期間が始まることになる。
しかも、そのうち12月に入った瞬間から3月の1週目金曜まで、対外試合すら禁止される。
紅白戦やOB戦は許されるが、この期間はほぼほぼ基礎トレーニングやトレーニングに費やされるため、肉体改造に専念できる期間だともされる。
つまり、新しいことを始めたり、時間をかけて調整したりするのにはもってこいの時期だ。
暁は意図的使い分けの比率上昇を最優先に、完投体力をつけることを目的に。余裕があれば新球開発、といったところ。
田代は球速以外の基礎スペック上昇。具体的には変化球の強化とスタミナ・制球の上昇で、試合を万が一にも壊さないように。
そして怜は、暁の登板イニングが長くなっても持つために『ランダム配球』の導入を試みる。
今のコースや球種指定を常に最適に選択していては脳負荷が甚大すぎるとして、重要ではない場面やバッターに対して「考えないでその場のノリでやる」という休憩区間を設ける発想。
当然、紫苑は難色を示したが、零による脳負荷がどれだけの健康被害を出すかとパフォーマンスの低下を招くかという資料により、渋々納得した。
だが一番の説得材料は、「このままでは6イニングが限界、連戦では5イニングまで」という暁に完投させられないという部分だったような気がするが。
『共犯者』の負担より、あくまでシステムをどう最適に運用するかを重視するあたり、ブレない女である。
新たな配球システムとして着手するランダム配球と、切り札の切り時、通常配球との切り替えタイミングなどの試行錯誤が、この冬の間行われていく。
さらに、怜は己を専用OSとして作り変え、より高次元で玲奈のスカウティングデータ・紫苑の配球理論・響の心理洞察を融合させることを目指す。
中でも、単独での心理洞察の精度を実戦レベルまで上げることを急務とした。
それ以外の人間、それぞれの課題をもって冬を迎え、冬を過ごし――そして、春になった。
3月、梅が咲き誇り緑が芽吹く季節、季節をまたぎ一回り大きくなった星海学園の猛者たちは磨いた武器を手に集う。
中旬に行われる選抜、春の甲子園に向けて、解禁された練習試合を通して手ごたえを確かめていく。
そして3月中旬も終わりにかかった頃、選抜が開催される。
秋とは大きく姿を変えた各校が集い、頂点を目指して競い合う。
優勝までは5試合を必要とする。だが一番のポイントは日程の不均衡さだ。
抽選でどの位置に入るかで、試合間隔は1回戦~2回戦の間が2日空くものから5日も空くものまでバラバラ、2回戦~準々決勝の間が1日空く高校もあれば3日になる高校も、といった具合。
準々決勝以降は1日空くか連戦と、差は縮まるが完全に消えるわけではない。
これが非常に厄介な特徴であった。特に根付の投手運用破壊効果がまばらになる、というのは悩みどころ。
抽選次第で投手がどれだけ休めるのかが大きく変わってしまう。非常にくじ運が大事な大会だ。
そして、秋県大会において最高のくじ運を発揮した監督が出陣し――中2日・中1日という最悪のくじ運を発揮して帰ってきた。まさに揺り戻し。
選手たちのどこか責めるような、しかし口に出しては言わない視線に監督は肩をすくめ。
「不利を覆して優勝――それが最高に格好いいと思わないか?」
「特に思いません。有利な方が得では?」
格好つけようとしたが、いつも監督自身が言いそうな実利の言葉によってあっけなく撃沈した。
だがまあ、言っても詮無いこと。監督を潰した後は皆々軽くため息をついただけで解散していった。
「困ったな。単発でなら完投できるようになったのに、これじゃあ実現不能だ。田代は?」
「俺は連戦でも2試合なら。3試合目は、出来れば2・3日空いてほしいが」
「根付はフルの効果を発揮しそうだが、投手陣に被害が大きすぎるな」
暁、田代、怜と次々と見解を述べていく。
さらに、怜がトーナメント表の一角を指さし、
「というか、準々決勝に大阪桐蔭が上がってこないか?」
「あー」
大阪桐蔭といえば、毎年甲子園優勝候補筆頭に挙げられる、つまりは高校野球最強格と目されている高校。
ここと早期に当たりたくないとは、どこもが思っているだろう。
「だけど、大きく消耗する前に当たるのは、むしろ得なんじゃないか?」
しかしそこに、暁が発想の転換をもたらす。どうせ倒さなきゃいけないなら、万全に近いうちに潰すほうがいいのでは、と。
「藤代、暁の『意図的使い分け』の精度は?」
「80。成功率は現在約80%だ。完璧ではないが――ついに現実的に運用可能になった。暁の『微差緩急システム』はな」
「使い分けにかまけたせいで新球は間に合わなかったけどな。制球が安定しないとこれは投げられないタイプだ。
田代こそ、もう使い分けは完璧なんだろ?」
怜の回答に次いで、暁は田代に話を振る。
「ああ。それに全球種、もう制球に難があるとは言わせない。球速上昇を捨ててでも取り組んだ甲斐はあった」
「田代は本当にこの冬で安定感が増したからな。
相手は絶対に甘く入る球をつこうとするはずだから、肩透かしにできるのは大きい」
田代の言葉に頷く怜。
「まさか、田代が急速上げないで俺が上がるとはなあ。最初聞いた時驚いたぞ。
俺のは両フォーム3km/hほどだけど」
フォーム間の球速差を維持するのに苦労した、と独り言ちる暁。
「俺との球速差が縮んだ分、継投効果が減ってないか不安だが」
「そこはシステムが補うはずだ。理論上、な」
懸念点を上げる田代に、暁は自信ありげに答える。
「夏が終わってあのシステムを提唱しだした時は、また奇怪なことを言い出したと思ったもんだが」
「すぐに賛成したくせによく言うよ。紫苑もお前も絶賛だったじゃないか」
「俺はそのシステムとやらの中身をよく知らんのだが」
田代の言葉に、暁と怜は視線を合わせて「そうだったっけ?」「言ってないなそういえば」などと会話する。
「まあ、今度機会があれば解説するよ。だけど、理論上――大阪桐蔭相手でも張り合えると俺は見てる」
「そうか、大した自信だ。
じゃあみんなで勝ちに行くか」
「田代は謙虚だな。勝ちに行かない試合なんてないだろ」
「怜の言う通り」
不敵に笑うエースとその専用OSに頼もしさを感じて。
「見習うとするよ」
田代もまた、破顔した。




