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第三十六話 『炸裂、急加速ストレート』


『マウンドに上がりますは、星海の新エース。1年生ながら1番の数字を背負う復讐者、『蜃気楼』暁幻大選手。

 果たして東海大相模の強力打線相手に夏のリベンジはできるのか』



『彼は夏の最中で評価が激変した選手ですね。

 出てきた当初は安定しない投手と誰もが思っていましたが、まさかフォームの使い分けなどという曲芸を行っていたとは』



 実際には夏時点で使い分けなどしていないし、今も現象としては使い分けができているとはおこがましくも言えないレベルなのだが、世間の持つデータ量でそうと分かることは無理である。

 この県大会が終われば、あるいは全国のうち極めて少ない学校は気づくことができるかもしれない。

 そのためには『フォームはコントロールすべきものである』という前提を疑う発想が必要になるが。



『暁選手は今大会でも0失点進行を続けています。安定性に関してはむしろ非常に高い選手だったわけですね。

 しかし暁選手、今大会においては夏に比べると三振を奪えていませんが、これはどういうことでしょう鈴木さん?』



『奪えてない、というよりは三振に頼るのをやめたのでしょう。


 暁選手は夏においてもほとんどが2イニングまでの登板。4イニングが1度あっただけです。おそらく、体力に不安があるのでしょう。

 ですので、打たせて取る形にすることで体力の消耗を抑えている、と考えられます。球数が減りますからね』



『なるほど。成績は1年生らしからぬものですが、1年生らしい欠点もあるということですか。ではそれをどう東海大相模がつけるかが見ものですね』



『ええまあ、本来耐久力のない投手相手には、星海の根付選手のように粘るのが有効なのですが……ああ、だめですね、やはり』



『おおっと、東海大相模の先頭打者は3球でファーストゴロに倒れました。

 それで鈴木さん、やはり、とは?』



『暁選手の持ち味は芯を外す、まさに『蜃気楼』のような投球なわけです。これを意図的にファールにしようとすれば、当てどころをミスして、ただのフライやゴロになってしまいかねません。


 ほら、次の打者は普通の構えに戻りました。一応効果を見るために試してはみたが、やはりだめだったのでやめたのでしょう』



『おおッと、2球目の内側に抉って沈む変化球を打ちました!

 弱い打球ですが、セカンドとショートの間に転がり、その隙に一塁へと駆け抜けます。送球間に合うか!?セーフ!セーフです!』



『これですよね。打ち取り型の投手は、どうしてもこういう不運な当たりをゼロに出来ません。これは、暁選手も例外ではないはずです。三振型が好まれるのは、何も派手だからというだけではないんです』



『では、暁選手のスタイル変更は愚策だと?

 おっと、続く3番打者は3球目のストレートを打ち上げ、キャッチャーフライにしてしまいました』



『愚策、というのとは違います。先ほどの話はあくまで物理的に避けようがない、というだけのことです。

 暁選手には今の型が合っているのではないでしょうか。マウンドに彼が長く居座れることの意味は、多少不運なヒットが出ること以上の価値が出ると思いますね』



 解説者の言は、かなりの鋭さである。

 世間が知りうる範囲の情報から、ここまで的確に解説できるのは相当な下調べをしたのだろう。

 星海の監督を変人と言っていたが、こうまで一介の解説者が鋭いと、彼もまたそっち寄りなのではないかと少々怪しくなってくる。



『続く4番打者。東海大相模の主砲です。今大会のみという小さいサンプルの中ではありますが、5割7分という打率を誇ります。

 暁選手、ここでこの回を終わらせられるか?それとも主砲の一撃を浴びてしまうのか!?おおっと!ストレートの次に投げた、地面にぶつかるほどに落ちて行った球は何ですか、鈴木さん!?』



『あれは暁選手が今大会の準々決勝から投げ始めた新球ですね。サークルチェンジのような、違うような……ちょっとわかりませんね。

 ともあれ、暁選手はこの新球で今まで以上に緩急を利かせられるようになりました。しかもあの落差、おそらく打者からはボールが消えて見えていると思います』



 サークルチェンジとは、暁の投げているキックチェンジの派生元である。独自進化したキックチェンジは、まだ世間に出て数年、あまり知られてはいない最新の変化球である。

 ゆえに、数度見ただけで球種を当てることは難しい。変化球なんてものは選手によって個人差もあるのだからなおさらである。

 また、鈴木解説者は「今まで以上に」と言ったが、現状の暁はフォームの使い分けが不完全すぎるゆえに、この球を用いず緩急を作ることはあまりに不安定すぎて、できない。できないからこその導入でもある。



『おおっと、追い込まれた東海大相模の主砲が三振です!曲がって横に逃げる球をとらえられず、三振に倒れます!』



『先ほどと13km/h差、これが緩急効果ですね。この新球で、暁選手はいざという時に空振りを狙える球を大幅に増やしましたよ。たった一つの落ち球にかなり依存していた夏とは違います』



 遅い球の後に速い球を投げると空振りが狙えるのは、野球をやっているなら小学生でも知っていることだ。

 これにより、暁は単体性能だけではなくコンビネーションでの空振りパターンができた。



『おや?暁選手には、他にあの大谷選手のスイーパーがありましたよね?横に大きく掃くような動きが名前の由来になったという、あの』



『ああ、あれですか……あれは、僕なら多投しませんね。細かくは言えませんが』



 あの隠し球の欠点に気が付いているそぶりを見せる鈴木解説者。

 そう、あの球はいくつか注意点を持つ。

 1つは投げる負荷が大きく消耗が激しいという点。だがこれは体力増強で打ち消せる。

 もう1つは、あまりに変化が大きすぎて軌道も早めに曲がり始めるため、投げればすぐばれるということだ。

 暁の強さの根幹部であるトンネリングを崩す、こちらが重要だ。


 そしてその事実を鈴木解説者が口にしないのは、どこかの高校に有利不利を生まないように立ち回る解説者としての矜持である。



『続く5番打者も、3球目で内野ゴロに倒れます。暁選手、この回、1安打ピッチング。

 安定した立ち上がりで1回の裏を終え、2回の自打線へとつなぎます。

 2回の表は7番打者、キャッチャーの藤代選手、暁選手ですか……これは何とも言い難い並びですね』



『藤代選手は夏に比べて打てていませんからね。何か理由があるのか、それとも単に不調なのか……暁選手に至っては、今大会ノーヒットです。それどころかバットを振っている場面すらありません』



 暁幻大、華麗なる打撃放棄。

 精密な手指の感覚とコントロールがバットを通した打球の衝撃によって狂ってしまうのを嫌い、打つことを諦めて投球に専念するという選択をした。

 これはそれをしたがった暁以上に、許容した監督の方が変わり者であったと言えよう。


 試合はまだ1回が終わったばかり。因縁の試合はなおも続く。






 4回裏、暁の本日最後のイニング、立ちふさがるは東海大相模の6番打者。

 夏とは人物は違う。だが、その数字はあのパニックの元になった失投を思い起こす。



(潰す、徹底的に)



 完全な逆恨み。だが、暁にとってはあの日を振り払うための最初の儀式。

 まずは丁寧に、小さく暁の利き手と逆側に曲がる球をぎりぎりの精度で隅に入れてストライクを稼ぐ。

 次いで投げるのは、今大会初めてのスイーパー。多投できないとはいえ、奇襲であればその性能は折り紙付き。



(くぅぅっ、なんだこれ、曲がりすぎだろ!)



 体に向かってくる高めの球を迎え撃とうとするも、その変化の大きさに目測がくるってわずかに離れた場所をバットが過ぎる。


 3球目、外角下段からさらに落ちるようにキックチェンジ。地面にバウンドする完全なボール球。

 だが、目的はストライクを取ることではない。この球を見せることそのもの。だからしっかりと、体から最も離れた外角に見えやすいように投げた。



(遅いキックチェンジに出来た……フィフティフィフティだが、成立させる!)



 内角高め、ホップする錯覚を生むストレート。しかも、速い方。

 球速差+19km/hの『劇的緩急』。速度認識にひびを入れる球。



(はやっ、すぎ)



 完全なふり遅れ。脳裏に軌道と速度が焼き付く。

 パアンッと、ミットを揺らす音が白くなった頭に遅れて耳に入る。


 アウトコールを受けても、6番打者はわずかに震える己の指先に目を落とし数秒動けなかった。



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