第三十四話 『新・黄金リレー』
田代という投手は入学してから特に何が進化したのか?
それを訊ねればまず「ストレートが2種に増えたこと」と誰もが答えるだろう。
それは正しい。だが、それによって田代が持つ他球種の意味は再定義された。
以前は『タイミングを外し横に小さく滑って芯を外す球』、『タイミングを外し縦に落ちて空振りを生む球』、そして『大きくタイミングを外し斜めにアーチを描いて、ストレートを最大化する球』であった。
それが今では使っている球種は同じなのに、『ストレートと勘違いしてしまう芯を外す球』、『ストレートと勘違いしてしまう空振りを誘う球』、そして『他と大きく違う速度と軌道で基準を壊す球』という扱いに変わった。
つまりはストレートそのものが2種にストレート亜種が2種を合わせて、『ストレート系4種』とでもいうべきものと、『それらを活かすための球』が1種という構成。
これを今の田代がどう使っているかを、この試合で実際に見てみよう。
(まずはストライク先行でカウントを整える。なら三択になるが、まずは当てられても問題ない球を!)
キャッチャーが出したサインに従って、田代は深く踏み込み、真上に振りかぶった腕を大鉈を振り下ろすように勢いよく振り下ろす。
ゴッ!という音を錯覚させる勢いで真っ直ぐにストライクコースの真ん中低めへ。
バッターは慌てて振るも暁の『魔法』つきの球速増幅錯覚により、体が一瞬こわばって振り遅れ、バットはボールに当たるものの完全に差し込まれて、ボテ、ボテ、ボテとバッターボックスのすぐ前に転がって止まる。
慌ててバッターは走り出すが、キャッチャーが慌てず地面に転がったボールを拾い上げて一塁に送球。余裕を持ってアウトにする。
(次は、こいつは確かかなりの強打者だったな。ならまずストレートの威力を上げさせてもらう)
再びキャッチャーのサインに頷き、田代が投げ入れるのは大きく斜めにアーチを描きながら落ちる、110km/h程度の遅い球。これをストライクゾーンの外角から外れるように。
これは見せ球。まだ制球の甘いところの残る田代が、打ちごろの位置に入れないように余裕を持ってボール球に。
この配球ならば、当然打者にも次の球の球速は分かる。
(必ず次は最速が来る!)
つまりストレート。
読み通り、最速のうち、重く垂れない、真っ直ぐの軌道で150km/h近くが内角の少し低めにズドッと収まる。
(外した!?それに、速すぎ――っ)
そう、田代の最速は2種類ある。
さらに暁の『魔法』+直前からの40km/hの緩急+150km/hのストレート=163km/h程度の体感速度。
高校2年生が打てる球ではなくなっている。
3球目、火の出るようなホップする直球が、反応を許さず高めへと飛ぶも、浮き上がりすぎてボールゾーンに。
反応できなかったことがプラスになり、打者は延命。
わずかな制球の甘さのせいで決めきれず。田代はわずかに首を傾ける。
(2種のストレートとデータ班からは聞いたが、こんなのどこで見極めればっ)
1年生に翻弄され圧され続けていることに、立花学園打者の奥歯がぎりっと鳴る。
(またストレートか?いや、ちょっと違う、く、もう振り出して調整が間に合わない!)
4球目。放つ腕の振りは同じ、ストレートに似た軌道で、少し遅い球が、打者の前で上段から中段へと重力に従ってストンと落ちる。
バットはボールよりも少し早いタイミングで、上側の空間を通過済み。空振り三振。
アウトのコールが審判から発せられる。
ここまでで気づいたかもしれないが、田代の今の投法は、『室井のストレート最大化』に『暁の欺瞞性』を少し混ぜたものと言っていい。
無論、リリースの見えづらさもあそこまでのトンネリングもなく、当然フォームの2種もない田代の欺瞞性は、暁のそれよりも低い。
ストレート同士は分かりにくいものの、ストレート亜種は注意深く見て引きつければ、ストレートと違うと分かる。
だが、田代の場合はこの見分けるまでの時間が問題なのだ。
ストレート同士は、見分けた頃にはもう振っていないと当てるのに間に合わない。
ストレート亜種かと見分けるために時間を使うと、ストレートだった場合振っても間に合わず、当たっても振り遅れでボテボテの当たりになる。逆にストレートだと思って始動を早くすると、ストレート亜種だと見抜くのが難しくなる。
誰でもできる対策は、『球種を絞る』ことだ。
そう聞くと、「なんだそんなの誰でもしてる当たり前のことだ」「それで対処できるなら問題ないじゃないか」、そう思うかもしれない。
だが、違う。
普通の『球種を絞る』とは、70%の力を本命の球に、30%の力をそれ以外の対応にと割く代物だ。
だが田代相手の『絞り』は本命90%、残りの力は10%くらいにしないと対応が厳しい。それはほぼ、他の球を捨てている。
見た目は全く違う投法なのに、その中には確かにライバルの息遣いが潜んでいた。
『選択を外した時、対応が極めて難しい』、それが今の田代と暁、両方に共通することである。
見分けられるが、見分けるための時間というコストを払わせる、それが田代の投法の厄介なところであった。
実のところ、田代と暁の実力差は夏が始まるころに比べて埋まっていた。
新球は会得し新スタイルに移行したものの、不完全さが残り理想を果たせず足踏みしている、暁。
理想形の投法が運用できており、2種のストレートの使い分けも形になってきた、田代。
暁を10%弱の成長とするなら、田代の成長は20%近いか。
すでに田代も怪物ルーキーの枠から飛び出ていた。
田代が大きく強くなり、対戦校が夏に比べて大きく弱体したとはいえ、継投による『魔法』が効力を失った単体状態では、田代はまだ全く打たれないというわけではない。
制球や球速の安定にまだ課題のある田代は、甘く球が入ってしまったり四球を出したりしてしまえばピンチに陥ることもあるし、長く投げていれば暁と違い慣れが進む。
実際に、7回と8回にはそれぞれ1点ずつを失ってしまった。
ただし、『新・黄金リレー』の運用下では特に打たれ始めるであろう『同じ打者と3巡対戦』の条件がまず発生しない。
そのため、大量得点には結びつかないケースが多い。
そして、最終回に高坂の登板が行われる。
100km/hほどの球を投げる高坂は確かに前を務める二人に比べて遅いが、井上のように60台の球は持っていない。
それゆえ、空転させ空振りを量産させるまでは難しい。
だが、投げる本人にもどうなるか分からない不規則な揺れ球が彼の全ての投球だ。
毎回質の違う球は、打者にとって面倒くさいことこの上ない。
(うっ、コースも変化も絞れない。ここで打ち込んで逆転しなきゃいけないのに。
あ、この緩いだけの球なら――)
翻弄し、1イニング登板で3人をアウトにとること、それが高坂に課せられた使命。
運悪く変化が微妙であれば飛ばされることもある。その不安定さがナックルの弱点であり、強い点でもある。
特に隙をついた単独ホームランはどうしようもない。今日もそれで1点は奪われてしまう。
だが、それ以外は、不規則ゆえに翻弄できる。
(遅い、軌道が意味が分からない、データが何の役にも立たない!)
データ野球の天敵、それが高坂をはじめとするナックルボーラーである。
立花学園(先攻)3-6(後攻)星海学園。
それがこの準々決勝の最終スコアになった。




