第三十三話 『欠陥品』
10月になり月が変わった頃、秋季県大会の後半戦が始まる。
準々決勝での対戦相手は立花学園、科学的アプローチと自立心で、強打と機動力の攻撃型野球を進化させた、強豪上位校。投手も粘り強く失点しても崩れない強さがある。
ベスト8まで上がってきて何の不思議もない相手である。
最新機器と自立心を用いた成長、という点では星海と近いかもしれない。ただ目指す理想の姿という部分はきっと違うだろう。
というか、星海のような野球をどこの学校もが目指しだしたら、それはそれで問題があるような気がする。
「さて、衣替えの、いい季節だ――まあ、最近は暑くなってきてこの時期に冬服で歩いてる生徒は減った気がするが。
それは置いておいて、俺たちも『旧・黄金リレー』から『新・黄金リレー』に衣替えした姿を見せる時だ」
衣替えだのなんだのというのは結局それをいい感じに言いたかっただけか、と一同気づくも茶々は入れないでおく。大切な試合前ミーティングでもあるわけだし。
「『暁→田代→高坂』のこのパターン。夏の『旧』とは威力は違うが有用性は証明できている。あとは世間に知らしめるだけだ。
相手は積極的に仕掛けてくるだろう。丁寧に、だが大胆にやってしまえ。
制限の解除はバッテリーに一任する。全力を出すべきと判断したら迷わずやれ。どうせ責任を取るのは俺だ」
何もかもを決めつけず、裁量権を与えるところ、やはり自立心をこちらも求めているのかもしれない。
「打撃に関しては、大会の性質上、根付が刺さり切らないのが痛いが、削りつつも出塁もしっかり見てほしい」
夏のように相手の投手運用計画を根底から潰すことこそできないが、厄介な投手を早めに降ろす、精神的に揺さぶるなどはできる。
「他はいつも通りのベストを尽くせ。
以上だ。今日も勝ちに行こう」
監督はそうまとめ上げて試合の準備に入る。
他の打線を軽視しているように聞こえるかもしれないが、それは違う。試合形式や状況に戦術が左右されやすいのが触れられた人間たちというだけで、他はいつも通りやればそれだけで問題ないと信頼されているということ。
そしてそれは、選手たちにも伝わっていた。
今日の星海は後攻、つまりいきなり暁がマウンドに上がる。
既に集中モードに入っている時の仕草――指先でくるりと白球を一回転させる、が出ており精神状態はいい。
この大会が始まってから1ヶ月、夏季合宿開始からでいえば1ヶ月半が経とうとしている。
その期間で暁はもうキックチェンジの制球をかなり高めていた。
これは通常ならばありえないレベルの速度。だが晶の存在がそれを可能にする。
もちろんこれができるのは、暁の新球に関する制球が技術レベルの問題だったからだ。
肉体改造を必要とする暁のスタミナ、田代の制球などには、まだしばしの時間を要する。筋肉は1日では促成野菜のように育たないのだから。
(暁、今回から緩急を解禁する。その上で、プランはAかBのどっちにする?)
(Aでいい。どうせ現状Bは成立しない。成立しないものを追いかけても自分を縛るだけ。練習に使うほど弱い相手でもないしな。今は確実に勝ちに行く)
(了解、システムは今大会、封印。プランAの配球パターンでいく。速度管理は任せるぞ)
(そっちこそ、球種とコースは任せた)
投げる前にやり取りを重ね、目の前の獲物――攻略対象を視認する。
自分の世界へと入り込み、打ち取る投球を開始する。
立花学園は、夏において直接星海とは当たっていない。
だから話には聞いているものの、本当にそこまでのものなのかという侮りともとれる感覚が払しょくできないまま試合に臨んだ。だが。
(こ、ここまでなのかっ)
『リリースが見えにくい』『トンネリング技術が高い』、そういった選手は個々にいる。後者は近年増えだしている傾向もある。
だがここに『判別しにくい2種類のフォーム』というのまで加わると、ここまで厄介になるのか。
4球続くストレートに見える球がすべて、手元に来れば違う動きをする変化球だったりする。
コースの違うそれは、速度が区別できなくて等速にしか感じられなかったり、あるいは自信はないが微妙に速さが違って感じたり、はたまたこれは違うと思えるものが混じったり。
(しまった!当てたのに二塁手の正面!?)
結果、球種もタイミングを読めず、鈍い当たりが守備に阻まれていく。
これは打者には等速としか感じられていないので分かるはずもないことだが、実は暁の球にはサイドフォームのストレートよりもスリークォーターフォームの変化球が数キロ速い、ということが平気で起こりうる。
フォームで自然に出る速度差が5~7km/h。対してキックチェンジ以外の暁の球種による速度差は3~6km/hの範囲におさまっている。
仮に、ある球種による差が3なら、『ストレートより変化球の方が2~4km/h速い』という常識外の逆転現象が起きる。
変化球はストレートよりも遅いのが当たり前なのだ。なのに実は違う。しかもそれを感覚として悟らせない。
しかもずっとそうなのではなく、変化球が普通にストレートから遅かったり、よく分からない微妙な差にも感じたりと、バラバラ。
投球に晒されるほどに脳がバグっていく。違いを検知しようと勝手に速度感覚が鋭敏になっていく。
そして打者自身も、見極めようと集中することでその過敏化に拍車をかける。
これが夏から猛威を振るっている『ストレス源』である。
これを回避する方法は生理学上存在しない。いや、目をつむれば可能だが、そんなことをしようとする選手も監督もいるはずがない。
(これが、星海の1年生投手、『蜃気楼』の暁!?名が体を表し過ぎだろう!)
続く立花学園の打者も対応しきれずにストレートを詰まった小フライにしてしまい、アウトが重なる。
せっかくの強打を生み出すスイングも、芯を食わなければその真価を発揮できない。
また、さらに理不尽なのは、フォームが『判別しにくい』であって『完全に判別できない』ではないところ。
速度差もそうで、意識では言語化や分類できなくとも、無意識のどこかに引っかかり続ける。
結果、脳は見極めようと勝手に高速処理を始めて過敏になっていく。
これの困ったところは、慣れが生じにくいということ。慣れる以上に脳がバグる速度の方が恐らく早い。なので、一般的な『2巡目、3巡目には打てる』が起こりにくくなる。
おそらくではあるが、通常の投手に比べて、1巡か2巡、打者の慣れは遅れるだろう。それは9イニング制の野球においてかなり致命的だ。
つまり実は、暁の投球は打者の慣れという一点では『完投で力を発揮する』構成になっている。
とはいえ、現状の暁は体力不足でそれは叶わない。それは救いなのか、『新・黄金リレー』が待つ絶望の始まりなのか。
そんな暁ではあるが、彼の心といえば。
(やっぱりこれじゃだめだ……早くシステムを完成させなきゃ。これじゃあ俺の理想には届かない、最大化できてない。
晶は焦るなって言ってたけど、この秋には間に合わなくても、せめて春までに形に)
全く現状に満足していなかった。
むしろ不満の塊。考案した通りに投げられない今の自分を不甲斐なく感じていた。
『これでは欠陥品』だ、そうとしかこの男は考えていなかったのである
4イニングを投げ切った暁が1点もやらないまま下がり、代わって田代が登板する。
『新・黄金リレー』の剛腕枠、物理で破壊する枠担当。
田代は夏季合宿から1ヶ月半で何をやっていたか、というと継続している下半身固めを別にすると、『ホップする空振り用ストレート』と『真っ直ぐの押し込む用ストレート』の球速差を縮めること。
ほぼ同じ球速で途中からストレートが上下に分岐する、この形の方が2種のストレートの使い分けができるし、なにより『ギアを上げようとすれば全部ホップしてしまう』というような事態を防げる。
どちらかが上位となる球ではなく、あくまで同列の使い分け。そういう使い方を田代は望んだ。
(室井先輩の後を継いだ以上、情けない姿は見せられん!)
出力以上に安定した強さ、それが今の田代が求めるところだ。
暁の後に投げる役目として、試合を壊さず後ろまで確実に抑えながら繋げる。
責任感の強い田代に向いた役割。
(くそ、聞いていた数値よりずっと速い、こいつら、本当に1年生投手ばかりなのか!?)
暁の『魔法』がかかった田代の球に晒されながら、立花学園の打者達は物理的制圧力に苦慮していく。




