第三十二話 『星海ストラックアウト』
4回戦を危なげなく突破し、準々決勝に進出した星海学園。
1週間ごとの試合を重ね、9月の末にもなり夏の暑さは残っているが少しずつ涼しくなり始めていた。秋の空気が少しずつ色を増している中、準々決勝が近づいていた。
そしてこの時期、星海では文化祭が開催される。
屋台、喫茶店風、お化け屋敷、脱出ゲーム、占い屋、クイズ大会、映画上映会、演劇、ファッションショーなど。
野球部が用意したのはストライクゾーン風のコースに、ゴムボールを投げて点数を競う的当てゲーム。点数によって各種景品が当たるシステム。まあ変則ストラックアウトだ。
ちょっとした特徴は、部員による『投球指導』を軽く受けられるということである。
トーナメントの最中ということもあり、一軍選手と試合に直結するタイプの専門分野の女子マネは主力スタッフから外れた、スポット参戦。
基本的には二軍選手と、女子マネからは真央・真白・そして調子拾い及びムード担当の子の3人。
投球指導役に真央、景品渡し役に真白、そして接客役が最後の一人という分担であった。
星海の文化祭は学外にも開放されているため、客の層は幅広い。そして、かなりの盛況である。
今年の夏県大会準優勝校の様子を一目見たいと思った地元の野球好きやミーハーなものたちが、詰めかけていた。
「うん、うん、上手いね~。今度はお姉ちゃんの真似してみようか?そうそう、あんまり胸が前に倒れないように、張ろうね。うん、上手上手」
真央は、小学生低学年と思われる子供の指導中。
「こちらになさいますか?おめでとうございます」
真白は景品のうち、星海のロゴが入ったリストバンドを渡している。
「はーい、『星海ストラックアウト』、待ち時間は20分になってまーす!料金は500円!投球指導付きは700円です!
あ、はい、整理券をどうぞ。なくさないように気を付けてくださいね」
そして残る女子マネが並ぶ客への対応。
星海らしく、スマホでバーコードを読みこめば、自動で10分前と5分前に通知がいく代物を使用している。
さすがにマネージャーがわざわざ忙しい時にシステムを作るようなものでもないので、飲食店が使うものの流用だ。
来る客の目当ては様々。
単に楽しそうだから、景品に欲しいものがある、星海の野球部に興味がある、野球をやっていて投球指導目的、一目でいいから一軍の選手を間近で見たい。
どれであっても、開催側からすれば盛り上がれば何でもいい。
そこに丸刈りの、いかにも野球をやっていますという中学生らしき男の子が整理券を差し出して。
「ここに暁幻大は来ないのか?」
生意気そうな、いやどちらかというと挑戦的な口調で、中学生は二軍の部員に尋ねる。
「ああ、あいつならそろそろ――」
ざわっと周囲がにわかに浮足立つ。まるでテレビの向こうの有名人を見たように。
いや、ある意味ではそれも大きくは間違いではないのか。
暁幻大、紫苑を伴って到着である。
「では幻大くん、私は何か屋台で食べ物を調達してきますが、希望はありますか?」
さらっと到着直後に、出し物よりも自校のエースを優先している紫苑である。
この出し物で自分が頑張っても、自分たちの勝率は上がらないのだからそれよりエースのケアをすべきという判断である。
「ああ、適当に……いや、辛いものはやめてくれ」
かつてなら細かい注文を付けただろうに、今は流す。いや流そうとしたところで思い直す。
視界の端にトムヤンクンヌードルを出している屋台が目に入ったことで、GW合宿時にデスソースを勧めてきた紫苑の暴挙を思い出したのだろう。
「そうですか……デスソースのトッピングもいりませんか?」
「……いらない。というかなんで持ってるんだ?」
「今日は屋台の食べ物になると思いまして。幻大くんに食べていただけなくて残念です」
「絶対にいらないからな」
甘党と辛党、分かり合うのは難しかった。
これでも紫苑に悪意はない。単純に、自分の好きなものを好んで欲しいというだけの思いである。
紫苑には少々、自分がいいと思うものは誰からも認められるのだ、と思い込むきらいがあった。実際は特殊な感性をしているのでそんなことはありえない。
紫苑は調達のためにその場を去り、周囲は誰が話しかけるかでけん制し合う。
「暁幻大だな」
そこに、先ほどの中学生が周囲に目もくれずに直接話しかける。
「そうだけど……誰?」
「そんなことはどうでもいい。あれで俺と勝負しろ」
中学生は、『星海ストラックアウト』を親指で指さして、挑戦的に。
すると、即座に接客をしていた女子マネが飛んでくる。
「あのお客さん、うちはそういうことはやって――」
「逃げるのか?」
「だからお客さん」
なおもとりなそうとする女子マネをすっと暁は静止して。
「ばかばかしい」
はっきりとそう言った。
「こっちはトーナメント中なんだ。遊びで感覚を乱したくない」
これまた以前なら、面白そうだと乗っかっただろうに、今の暁は勝率を0.01%でも下げることすら排除しようとする。
その言葉に、中学生はまっすぐと暁を睨みつけたかと思うと、女子マネに頭を下げて。
「お騒がせしてすみません。普通に参加、出来ますか?」
態度を変え、そう告げる。
それに困惑しながらも仕事をこなそうとする女子マネ。
「あの、投球指導であれば彼にでも頼め――」
「必要ないです。はい、500円」
そして金を払ってゲームを開始。
「変な中坊」
言っている内容自体は正当であったが、たぶん相手も暁にだけは言われたくないだろう。
揉めていたのは5分にも満たない時間であったが、パックを片手に紫苑が戻ってくる。
「イカ焼きと焼きそばです」
「ああ、ありがとう。金は――」
「いえ、代金は次以降の投球で」
ふっと笑って金銭のやり取りを拒否した紫苑は、暁にイカ焼きと焼きそばを押し付ける。
「そりゃ高い買い物だ。だがまあ、分かった」
どうせ負ける気なんて一切ないと、暁は了承。かじりつき始める。
「おや、あの方は」
紫苑の目線の先には、先ほどの中学生。つられるように暁も眺めて。
「……上手いな」
ゴムボールなので、全てがわかるわけではない。だが、明らかに今までに来た客とはレベルの違う投球。しっかりと野球をやっていることが伝わってくる。
そいつは最高得点をたたき出して、景品すら受け取らずに去っていく。その瞬間に、暁を最後に睨みつけて。
「彼に何かやったんですか?暁くん?」
「さあ?虫の居所が悪かったんじゃないか」
それは違うだろう、というような回答を返して、それよりもと暁は次の試合のことを考えていた。
もうすでに、さっきの人間のことなど頭の片隅にもない。
次は準々決勝。ベスト4進出をかけた勝負が始まる。
試合間隔は1週間、3日と空くとはいえ、決勝も含め3連投。
また負けられない試合が始まる。




