第二十五話 『再出発』
時は夏県大会決勝の直後に巻き戻る。
専用サイトやSNSでは、他高校の監督やコーチの意見が飛び交っていた。
『暁幻大、1年生とは思えない完成度だったな。あそこまでの素材は近年でもまれだ』
『最初は安定感がないと思ったが、データが揃った今ではもうそんなことを言うやつは消えたな』
『横浜高校相手にあれだけの結果を出したのがありえない。だがそれだけに、決勝が』
『メンタルが完成していない。あと体力面も。それだけに、惜しい』
『うちのスカウトは何をしてたんだ。あいつを獲得してくれれば今頃うちは』
『それはうちもだ。あの希少性に気付かないなんて』
『しかし、星海の監督は采配ミスが過ぎる。1年生に決勝の抑えとは』
『そのとおりだ。あの学校は選手を自由にさせ過ぎると前から批判が多かったぞ』
『しょせんは新興校、いくらいい素材が入部しても活かせないということか』
『あの選手がうちにいれば、正しく育てて甲子園まで連れていけた」
『まったくだ。うちなら体力を改善して、もっと大事に育てていた』
『うちならあんな故障する投げ方はさせない。もっと正統派で強い選手に』
『星海なんかにはもったいない』
『その通りだ』
実情を知らず、的外れなことを好き勝手言っている。
当事者でないからこそ、いくらでもIFの話ができる。
次に対戦する可能性を棚上げし、あら探しをしていた。
時は流れ、3年生の引退式から数日後、7月の末が近づこうという頃。
暁は、ミーティングルームに怜・晶・紫苑の3人を集めていた。
「3人には、俺の考案した投球戦術が実用に耐えるか、検証してほしい」
今の暁からは常の能天気さが鳴りを潜め、目の奥には冷たく暗い氷のようなものが潜んでいた。
「戦術、ですか。そうであれば私を選んだのは正しいでしょうね」
「投球そのものならともかく、戦術面には私には分らんぞ」
「ふむ」
優雅でありながら自信ありげにする紫苑、ここに自分がいる意味に疑義を呈する晶、言葉少なに先を促す怜。
「基本コンセプトは『黄金リレーを1人で完結させ、より攻撃的にした』システム。
具体的には――」
暁の説明を一通り聞き、まず大きな反応をしたのは紫苑だった。
興奮気味に立ち上がり、暁の手を両手で握って目をきらめかせる。
「なんて素晴らしい発想でしょうか!私はなぜ思いつかなかったんでしょう。今すぐ具体的な配球を考えます」
「待て紫苑、話を聞く限り、移行期が無視できない。
すぐに最大理論値を求めるのではなく、まずは不安定な時期でも使える配球が必要じゃないか?」
「なるほど、おっしゃることはもっともです。では、両方作りましょう。
ふふふ、腕が鳴ってきました。暁くん――いえ幻大くん、あなたは本当に私の理想になれるかもしれない人です」
晶がいさめるも、紫苑は両手を上げくるくるとその場で周りながら陶酔している。
「それはそうと波間、できるのか?このプランはお前にも相当の負担が」
怜が晶に対し気遣うが、それに対して晶は何でもなさそうに。
「ああ、問題ない。実はこっちの方向に転ぶ可能性もあると、前々から種は仕込んであった。
意識的なスイッチさえ作ってしまえば、私の分野に関してはすぐにでもある程度は形になる。
さすがにこの戦術を安定して使えるような水準になるには数か月はかかるとは思うがな」
自信あり、と言う顔で語る姿に、頼もしさを感じる。
「暁、この理論の実現には緩急用の球が必要になる。
今までお前に明確な緩急用の球種はなかった。それはフォームの自然混在で勝手に球速が変わるから、その緩急自体が安定した効果を発揮しないというデメリットがあったからだ。
だが、この理論には必須になる。問題は、移行期の不安定な時期をどうカバーするかだ。秋県大会まで1ヶ月ほどしかないぞ」
怜の懸念に、暁は頷いて。
「分かってる。新球は、トンネリングが優秀――つまりストレートへの擬態度が高く、同時に変化量が大きいものを採用するつもりだ。
これなら不安定で緩急が成立しなくても打ち取れる可能性が高い」
「なるほど、道理だ。前までの決め球に緩急要素を足した、というイメージだな。
さっそく新球選定に入ろう。投球練習場に行って、波間に見てもらいながら――」
白熱していく話に、紫苑がそこで回転の踊りをやめて。
「藤代くん、確認ですが、本当によろしいのですね?このプランはあなたへの負担が莫大です。私や波間さんの比ではありません。
ともすれば、あなたの選手としての在り方にも大きな影響を及ぼす可能性が」
怜は、紫苑の最終確認ともいえる言葉に不敵に笑みを浮かべることで答える。
「俺は常々、歴史に名を残したいと考えていた。その歴史を塗り替える未来を今俺は感じた。
そんなピッチャーを俺が導く、とてもワクワクするじゃないか。
その礎になれるというなら、構わないさ」
野心を明確にのぞかせる怜の言葉に、紫苑はカーテンシーをして。
「どうやら野暮でしたね。
藤代怜、あなたを『作品』から『共犯者』に格上げしましょう。ともに、幻大くんを支えていきましょうね」
「ぬかせ」
暁は、この2人似た者同士だと思ってはいたが、予想以上に仲良しだな、などとどうでもいいことを考えつつ、今はそれは重要ではないので早く投球練習場に行こうと急かすのだった。
投球練習で盛り上がった後、ふとそういえば監督からの了承を得ていなかったことに気付いて、慌てて暁は監督室に向かい、怜たちにもした説明を繰り返した。
それを聞いた監督の反応は。
「ああ、いいんじゃないか」
そんなあっさりとしたものだった。
「え、いいんですか?」
「確かに変わった発想だが、論理は通っている。やってみる価値はあるだろう。
問題は対戦相手への影響だが、それは俺の領分じゃないしな」
「ええ?それ、教育者としていいんですか?」
さらっと責任感のなさそうな言葉に、思わず突っ込んでしまう暁。
だが監督はくるっとペンを回してから。
「確かに俺は教育者でもあるが、俺が責任を持つべきはお前らだ。
対戦校は対戦校の監督や教師が責任を持つべき、そこに俺がしゃしゃり出ても何にもならん。
俺が考えるのは第一にお前らと勝つこと、そしてお前らを潰さないこと。相手まで気にしてやる必要はない」
割りきりに満ちた言葉を返した。
なんという合理性、人の心があまり見えない。
「話は変わるが、秋からはお前をエースにするつもりだから心づもりしておけ」
大した前ぶりもなく、監督はいきなり爆弾を投下してきた。
その監督の宣告に、暁は顔を俯かせ。
「でも、先輩の夢を潰した俺が……」
そんな後悔に満ちた暗い声を漏らす。
あの日の敗北から1週間が経とうとしているのに、まだ暁は立ち直り切っていなかった。
監督は暁の肩を掴み、
「あれは俺のミスでもある。
それにな、悔しいと思うならお前が夢をかなえてみせろ。それでこそ胸を張れるってもんだ」
顔を上げさせて、目を見て、監督はしっかりと言い含めるように叱咤激励する。
すぐには心は変わらない。後悔はまだそこに。
だがそれでも、ただ後ろを振り向くのではなく前も見ようと思えた。
「分かりました。……エースとして、相手を徹底的に狂わせます」
「…………おう」
なんだか、間違った方向に火をつけてしまったかな、と監督は少々引き気味になりつつ、止めることは一切しないで無責任に対戦相手に黙とうを捧げるのだった。
その日の夕方、監督が選手たちを集め新体制の発表を始めていた。
「3年生が引退し、主力の一部が抜けたが、新たなチームを発表する。
まず投手陣から。エース、暁幻大」
どよめきも、不満の声もない。
まあそうだろうという目と、同時に少し心配そうに見る者も。
「次に工藤俊樹。お前には計算できる投手として試合を形作ってもらう」
工藤俊樹、精密な制球で下の方にボールを集められる、安定感のある右投手。
かつてはエース候補と呼ばれていたが、暁の入学後にその話は立ち消えた。
だが目立つことにこだわりはなかったため特段ショックは受けていなかった。
自分の実力を客観視できる、野球IQの非常に高い2年生である。
「3人目、田代剛。『新・黄金リレー』として再構成された継投の、室井役をやってもらう。その剛腕で叩き潰してくれ」
ここも当然の起用。
暁を活かすのであれば、剛腕枠は欠かせない。
「4人目、高坂揺。お前に頼むのは、井上の後継だ。ナックルボーラーとして、『新・黄金リレー』をたのむ」
監督の声に頷き、彼はタブレットを取り出してそこにでかでかと「はい」と書いた文字を掲げた。
高坂揺、井上も用いていた不規則な揺れ球に完全特化した右腕で、暁たちの同期。
しかし極度の無口であり、言葉はほぼ使わず、大体首の動きか筆談で語るという徹底ぶり。
普通ならばチームワークを乱すと排除されるだろうが、実力さえあれば許容されるのが星海である。
「5人目は、継投の穴を埋める将来の先発候補――なんだが、実力が伯仲していてまだ決めきれていない。大会の2週間前までに決めるから、それに向けてアピールしてくれ」
最後の枠をあえて決めきらず、部内の競争を加速させる、なかなかうまい手だな、などと怜は冷静に分析する。
「次に野手。まず正捕手は、藤代怜――」
次々と発表されていくメンバーたち。
新たな戦いが、始まろうとしていた。




