↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/66

第二十三話 『炎を灯す』



『新興強豪校・星海学園、神奈川の横綱・横浜高校を5対3で破る!

 準優勝進出を成した快挙の裏側とは!? 衝撃の新星と剛腕エースの秘密に迫る!』



 そんな記事が紙面に載るほど、準々決勝翌日は大騒ぎだった。

 学校も野球一色、廊下を歩けば見ず知らずの上級生すら話しかけてくる。


 クラスメイトは何重もの層を作り、それに囲まれて大わらわ。

 たまらず暁は1階の窓から逃走、梅本に庇護を求めに出奔した。



 その頃、監督室では。



「――そうか」



 重々しく、監督が零からウェアラブルデータを受け取っていた。



「はい。暁くんの睡眠・身体データから、決勝までに完全回復は見込めません。

 このままの回復速度では、2イニングもおそらく……」



「先発は無理か。準々決勝で酷使しすぎたな。負荷の高い球を投げさせすぎた」



 だが、暁なしでは勝てなかったと、監督は目を伏せる。



「準決勝は予定通り休ませる。その上で、決勝に1イニングは、どうだ?」



「経過観察は必要ですが、順調に回復すれば、1イニングだけなら。しかし、2イニングは健康管理担当として許可できません」



 零の言葉に、少し監督は空気を緩ませる。



「分かった。何か状況が変わればすぐに報告してくれ」



「……はい、では失礼します」



 零が自分の端末を持って監督室から出ていく。

 監督は一人椅子に座り、こつこつとペンで机を叩きながら。



「1イニング限定じゃストレス源としては物足りない。となると、暁を採用するなら抑えだな。

 横浜高校相手に見せた三振劇。あれができるなら申し分ない。

 となると、室井、井上、田代でリレーを組んで。室井以外を最低限のイニング数に」



 新たなプランを組み立て始める。



「よし、こんなもんか。

 海咲には頼んだし、暁もああ見えて頭がいい。問題があれば言うだろう。


 それより準決勝のことも考えないとな。予定より室井の負荷が大きくなるから――」



 監督の仕事は終わらない。少しでも勝率を高めるため。

 創立して初めての甲子園出場に手が届きそうになっている今、緩めるなどという選択肢は彼にはなかった。






 神奈川夏の県大会準決勝、会場は満員である。

 暁は完全休養、ベンチから応援に専念する。



「今日の相手は桐蔭学園高校、細かくつなぐ機動力重視のいわゆるスモールボール系の野球だ。こっちの隙をついて点数を奪ってくるだろう。

 だが、こちらには相性のいい室井と田代がいる。球威で上から潰してやれ。

 室井が試合を作り、井上を挟んで、田代につなぐ。急・緩・急の構えだ。もし田代が荒れたら、控えでカバーする」



 そこまで一気に話して、監督はお茶をぐびり。



「次に打線だが、要となるのは根付だ。相手の、エースを多く投げさせたくないという思いを利用して、運用計画を潰してほしい。だが今回は点も欲しい、出塁もできればしてくれ。

 1年のお前に多くの負担をかけるが、お前にはできると信じている。頼む」



 根付に対し頭まで下げ、さらに他のメンバーに視線を回す。



「他の皆は、今日は確実に点数を取りに行け。いつもよりも丁寧に。

 大事なところではいつもより伝令を出す。天川の心理読みで、相手の隙をつく。

 いつもより堅苦しくなるが、その中でも楽しんでやろう」



「監督、『楽しもう』なんて珍しいじゃないすか。いつも『勝とう』『勝とう』なのに」



 レオンが、ベンチの空気を混ぜ返す。

 それに気を悪くした様子もなく。



「馬鹿、これが一番勝率高いんだよ」



 ニヒルに笑って羽虫を追い払うように手を振る監督の姿に、(ああ、なんだいつもの監督か)と若干失礼な思いで心を統一させる星海の面々であった。






 ここから繰り広げられたのは、シーソーゲーム。


 星海が1点を先取したと思えば、その裏に取り返される。

 星海が抑えたと思えば、向こうも抑える。

 星海が打線がつながらず、しかし相手側は堅実に小技で1点をもぎ取り逆転。

 相手投手が疲れてきたところを、ホームランで2点奪い、星海が再度逆転。


 めくるめく戦いが、交互に見せ場を作りながら試合を進めていく。

 だが破綻が始まったのは、やはり根付が打ち付け続けた楔から。


 決勝をみて、疲労した投手を無理に引っ張った相手の間隙を突く。

 だが、相手もさしものもの。取られたままにはせず、その裏で点差を縮めてくる。


 熱い攻防が、繰り広げられていく。


 そしてそれを、ベンチから応援し続ける男がいる。



「いけー!レオン先輩!夏だからって今日は扇風機はいらない!花火を打ち上げてくれ!」



 いやこれははたして応援してるのか、それとも揶揄してるのか?

 本人に全く悪気がないのが悩みどころである。

 他にも。



「燃えるんだ田代、夏よりお前の顔の方が暑苦しい!炎の投球で決めてくれ!」



 この男、実は前日の夜に自分は応援係だからと言ってプロレス漫画の応援の仕方を参考にし始めたのである。

 熱のこもった応援ならきっと力になるだろうと考えたのはいいが、参考文献が明らかに間違っている。

 あと、なぜ微妙にディスを入れているのか?全くの不明である。


 この回にマウンドに上った田代は、そんなずれまくった同期の応援を聞いて苦笑。

 結果的に、抑えを任された重圧を忘れることになる。



(全くあいつは、いつだって変わらない。悪気ゼロで意味の分からないことばかりしてくるし、マウンドでは敵を振り回す。

 だが、いつだって実は真剣なんだよな、お前は。

 この数ヶ月、見てて気づいたよ。お前は自然体で強いんだな。

 今はその強さ、少し分けてくれ)



 深呼吸をして、心を落ち着けたまま、戦意だけを体の奥底に炎のように灯す。



(俺もお前たちと一緒に、甲子園に!)



 ゴッと、初球から火の出るようなストレート。

 MAX149km/h、田代の最速を、さらに更新。さらに球威も、今まで以上。



(出し惜しみはしない!俺の全てを出し切る!)



 業火のように燃え盛る戦意が白球を包み、今までにない力を田代に与える。

 脳のリミッターが外れ、田代はまた一段階上のステージに足を踏み入れた。


 ホップする最速のストレートと、重く押し返すストレート。

 変化球を混ぜて単調にならないようにしながら、球威で押していく。


 三振に取る、当たっても飛ばさない。

 この瞬間、確かに田代は甲子園エース級に肉薄していた。






 時間間隔が飛び――田代が気付けば試合終了のブザーが鳴っていた。

 慌てて電光掲示板のスコアを見て、それまで点数状況すら忘れていた自分に驚く。


 接戦――だが、1点差で、勝利していた。

 室井が抑え、井上がつなぎ、田代が終わらせた。


 静かにこぶしを握り、出し切った体を引きずるように試合後の整列に並んで、礼をする。


 ついに決勝の舞台へ。

 たったあと1勝で甲子園へ。

 高校球児の夢の世界に、彼らは一歩一歩確実に近づいていた。



 暁はバスに乗り込み、学園に帰る道中で静かに思う。



(今日はみんな頑張ってたな。俺も明日は頑張らないと。

 まだちょっと体が重いけど、これくらいなら明日には治ってるだろ。今日は栄養あるもの食べて、早めに寝よう。


 梅本先輩、明日が終わったら喜ぶかなあ。お礼におやつどれだけくれるんだろ?)



 その心中はかなり能天気な希望にあふれている。






 決勝当日の朝、零は寝ぼけ眼で端末をぼうっと見ていたが、飛び起き、そのまま慌てて身支度を整えて寮の自室を出る。



「監督、どこ?」



 最初に監督室に向かったがおらず、続いて今日乗るバスや道具置き場を覗いてみるもそこにもおらず。

 うろうろと歩き続けた結果、運動場へ。



「あれ、海咲じゃん」



 朝日をバックに、暁がとんとんと近づいてくる。



「あ、暁くん。そうだ、暁くんでも……」



 零が言葉を紡ごうとしたその矢先。



「そうだ海咲、いつもサポートありがとうな。

 ……いつも感謝してるよ、零」



 すっと、瞬間的に距離を縮めて、肩の後ろに左手を回し、耳元に囁くように。



「あはは、なんてな」



 暁は、昨日の夕方にやっていた人気恋愛ドラマの影響を受けていた。

 なんとなく、気障なことをやりたくなったのだ。



「あわわわわわ」



 ぷしゅー、とやかんが沸かせそうなほどに真っ赤になって思考がショートしている零。

 それを何とも思わず、暁は「じゃーな」と言って去っていく。


 零はそんな自由な暁の背中をぼうっと見つめたまま立ち尽くす。



「あ、暁きゅん……」



 実はこの零は、入部初日に暁に対して一目惚れをしていた。


 柔らかくクールなビジュアル、天然で子供っぽい日常とマウンド上での冷たさのギャップ、摩訶不思議な投球。

 全てが零にはミステリアスに映った。


 ミステリアス大好きっ子がミステリアスな異性に惹かれる、それは自然の帰結であるといえよう。


 己の肩に触れた暁の手の感触ばかりが零の脳裏で繰り返される。

 それ以外はすべて、吹っ飛んでしまった。


 零はそのまま、ふらふらと自室に戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。