第二十一話 『正体見たり』
「おいおい暁!お前すげえじゃん!」
学校にて再び、暁はまたクラスメイトに囲まれることになった。
今度は登校してすぐ。なのに、人数は前より明らかに多い。
「え、なにが?」
「『なにが』、じゃねえよ!俺、球場で生で見たんだ!4回戦と5回戦、両方とも先発で出て大活躍!しかも4回戦は7-0のコールドゲーム!あのエースの人もかっけえ!」
「俺もテレビで見たぜ!2回ずつしか投げてなかったけど、両方1点もやらないなんてめちゃすげえんじゃねえの!?」
男子たちが興奮気味。
「私、暁くんのこと前から格好いいって思ってたんだ~。クールなとことか」
「わかる~。時々窓の外見てるところとか神秘的だよね」
一方、女子たちには投げている際の印象が現実を侵食している模様。
なお、暁が窓の外を見てぼうっとしてるのは大抵が(あの雲、綿菓子みたいだな)みたいなどうでもいいことを考えている時であり、真に知性をはたかせている時はノートに投球について書きこんでいる。
クラスメイト達はかなり幻想にやられている。
「なあなあ、次は準々決勝だろ!?俺、今度はちゃんと応援に行くからさ、また投げてくれよな!」
「当たるの横浜高校だろ!?あそこに勝ったら甲子園確実だろ!」
「え、なに?そこって強いの?」
「ばっか、知らねえのかよ?神奈川最強といえば横浜高校!つまりここに勝てば甲子園に行けるのさ!」
野球に詳しくない女子に鼻高々で解説している男子がいるが、当然そんなわけはない。
トーナメントなのだから優勝しないと行けないに決まっている。
実際、優勝候補にこそ勝ったがそこで力尽きた高校なんて枚挙にいとまがない。
なんだか周りの方がやたら盛り上がっており、暁は困惑気味。
まだ机に荷物を置けてすらいない。
「あの、暁くん、これ……」
輪から少し離れたところにいた大人しめの文学系女子が、暁にチューブ型のアイスを差し出す。
「え、くれるの?」
「う、うん。この前、好きって言ってたから」
「おお、サンキュー。部活中に食べるな」
顔を赤くしている少女の気持ちに気付くこともなく、おやつをもらえたとそれだけで気分が上向く暁。
輪は、もはや暁すら置いてわいわいと盛り上がっている。
「なんか、応援されてるんだなあ」
ふと、そんな当たり前のことをいまさら、暁は口にした。
同刻、横浜高校の監督室。
徹夜したデータ班がある事実を発見したと、押しかけていた。
「で、なんだね?」
「星海の1年投手、暁幻大についてですが」
「ああ、あの不安定な」
横浜高校の監督はコーヒーを飲みながら「星海もなぜ採用しているのだか」という顔をする。
「それなのですが、結論から言うとあの投手は不安定ではありませんでした。
MAX140km/hのスリークォーターと、MAX134km/hのサイドの、2つのフォームを使っているのです」
その言葉に、横浜監督は眉をしかめ。
「なに?しかし動画では同じにしか」
「我々も最初は気が付きませんでした。正面や横からでは体に腕が隠れる時間が長く、分かりにくい。
しかし偶然後ろから撮影している一般人による動画がSNSに上がっており、それを拡大したことで気づいたのです。
その前提で奴のデータを解析しなおすと、同一球種でも二分されていることが明らかになったのです。
間違いありません。斜めに腕を振っているスリークォーター、横に振るサイド、この2種でやつは我々を幻惑していたんです!」
興奮気味に、データ班の男は語る。
ふむ、と横浜監督はコーヒーを置いて考える。
(フォームを使い分けるタイプか。プロではほんのたまにいるが、高校ではまず見ないな。
初見殺しとして星海は使っていた、ということか。それなら短いイニングしか投げさせないのも分かる)
「しかし、見分けられるのか?」
「実戦では極めて難しいかと。あまりにリリース位置が近い。
ですが我々は、暁の登板試合から傾向を分析しました。それをまとめたのが、これです」
差し出したのは紙に印刷されたシート。
そこには『ランナーがいる際の決め球はスリークォーターが78%』『最初にカウントを整える場合はサイドが68%』など、こまごまと書かれている。
「なるほど、よくやってくれた。ゆっくり寝てくれ。
これだけあれば暁を攻略できる」
データ班の男はやり切った表情で帰路についた。
己の提出した分析が、前提からして誤りであることに気が付かないまま。
暁にはフォームが2種ある、そこまでは正しい。
だが、実際には『傾向などはない』。
暁の投球は無意識混在、常に50%のくじ引きである。
あの提出されたデータは数少ないサンプルによって生じた確率の偏りに過ぎなかった。
優れたデータ班ほど、そのデータに意図を探してしまう。
その「パターンがあるはずだ」という思い込みが、間違った結論を生んだ。
「『蜃気楼』の正体は貝だったか。なら酒のあてにでもしてやるかな」
中国の伝承では、蜃気楼は『蜃』と呼ばれる怪物とされた。
その正体は竜とも、巨大なハマグリとも言われる。
横浜監督はその伝承になぞらえてユーモアを呈したわけであるが。
それに則るなら、残念ながら暁の正体はどちらかというと竜の方なのであった。
勝利の美酒は、竜が好むのも寓話から明らかであるし。
星海学園と横浜高校による準々決勝。
世間の前評判では2:8,いや紙面によっては1:9で横浜高校、と言われるほどに横浜有利を推す声が多かった。
それだけネームバリューの差とは大きい。
現場の人間もそこまで極端ではないが、横浜高校優位と考える向きは大きいだろう。
それはバッターボックスに立つ、先頭打者もそうである。
彼ら横浜高校の選手たちは昨日、暁に対する分析結果を読みこみ、対処法を携えて来た。
(暁幻大、すでにお前の投球の種は割れている。
最初に投げてくるのはストライクカウントを稼いでくるサイドのフォームでの球……よし、データ通りだ。
今のが遅い方の球か、覚えておこう)
なにやら確信していたが、実際には今のはスリークォーターになったカウントを整える球である。
フォーム差も速度の違いもぱっと見で検知がほぼ無理であるため、なんとはなしで基準を作るしかないのは正しい。
だがその基準を間違った前提で作り始めていた。
(ふん、ギミックさえ割れてしまえばお前の投げる球なんて……投げる球なんて……)
先頭打者は、さらに2球を攻略法が正しいか判断するために『見』に入って。
少し頬を引きつらせる。
(いや、割れても厄介だな!?本当に全部ストレートに見えるぞ。これ何も知らなかったら混乱のまま1打席終わってたかも)
そう、『速いのと遅いのがある』と分かっても、その見分けようがないのではそこに意味はあまりない。
『これがどの球種か』『どちらの速度か』、その両方が分からなければ攻略は難しい。
(今大会、こいつがこの追い込んだ状況で投げるのはスリークォーターでのプロ級決め球か、サイドでの抉って沈む球。
初見で決め球の方は厳しいから捨てる。狙うべきはこっち!)
再度述べるが、暁のフォームに選択の法則などはない。
常に半々のギャンブル。
だがそれは、同時にこういうことも意味する。
暁の視認しづらいフォームから放たれた白球は、ストレートと同じピッチトンネルを通ってストレートと見分けのつかない状態で打者の目前に。
バットの手前で斜めに、左打者の彼の内角へ抉るようにしながら沈んでいく。
そしてその先には、待ち構えていたようにバットがあって。
キン!と、軽めだが高い音を響かせ、二塁手と遊撃手の間を打球が抜けていく。
暁はその打球の軌道を目で追って、少し首を傾げた。
(データ班の分析は当たっていた!俺たちは打ち崩せるぞ!)
半々のギャンブルなら、もちろんこういうこともある。
球種とコースが読めているなら、半々で当たる。
横浜高校のデータ班は優秀で、これまでの10イニング程度の暁の投球から、配球データを洗い出していた。
データ量自体が少なかったため精度は高くはないが、これまで対戦したどの高校よりも蓄積がある。
もちろん、配球データのパターンが完全に当たるなんてことはないし、さらに言えば配球が分かっていても打てるとは限らないのが野球だ。
それでも、打てる可能性は確実に上がる。その積み重ねが大事なのも、また野球である。
そしてその上がった確率をそこから半分に引き下げるのが、暁のフォームの自然混在、『今この時の微差』と昨晩の寝る直前に星海監督が名付けた代物であった。
極めてこの厄介な性質を、横浜高校は攻略したと『勘違いしていた』。
打ててしまったという事実が、勘違いを加速させる。
一方、梅本は。
(偶然?いや、俺の配球が読まれたと悪く考えておこう。なら、配球パターンを変えつつ、最後は分かっても打てない球で決める。
今日は三振中心だぞ、喜べ、暁)
経験により敏感に相手校の危険度を感知し、修正に入るのだった。
続く2番打者、右打者である彼に、今までとはパターンを変えた配球で。
まず外角の中段から低めに、打者から逃げていく球。続いて内角の低めに、ボールコースぎりぎりからほんの少し曲げて、ストライクゾーンに入るように。
梅本にしては攻めた配球。そして3球目は。
打者が肩にバットを乗せ、腰を落として振る体勢に入る。
(俺も打つ!
ん?なんだ暴投か?あんな向こうに外れた球……いや、ちが、向かってくる!?)
外角から大きな弧を描いて、ギュイインと掃くような軌道で白球が横滑りしてくる。
大きく外れていたはずの球が、コースの真ん中あたりを通り過ぎた。
2番打者は反応もできず、見逃し三振。頬を引きつらせる。
(公式戦初公開。練習試合でしか投げてないこれを知るわけないよな。
あの大谷翔平の変化球、実際に見なきゃ対応できるわけない。今日は積極的に使わせてもらうぞ。
2種のプロ級決め球、これは横浜でも痛いんじゃないか?)
これで横浜高校は決め球を決めつけることができなくなった。
ただでさえ厄介と思っていた変化球が、急に1種類増えたのだ。
凶悪な情報戦を仕掛けた星海監督は、ベンチで選手から分けてもらったドリンクを飲んでニヒルに笑っていた。




