第二話 『よろしくな、相棒』
入部した日から2日後、暁が下半身の筋トレを部のトレーニングマシンを使ってしていると、3人の女性が暁の方に近づいてきた。
澪と真央、そして見覚えのないショートカットで中性的な印象を受ける少女。少しむすっとして見える顔でその少女は先輩女子マネの後ろについてきていた。
「暁くん、今大丈夫かしら?」
口火を切ったのは澪。大丈夫か聞いてはいるものの、断られるとは全く思っていなさそうな雰囲気がある。
しかし逆らう必要もないので、暁は足を止めてマシンに座ったまま返答する。
「はい、構いませんよ。なんでしょう?」
「ここから先は姉さんに替わって私が説明を受け継ぐわね。
あのね、暁くん。うちでは基本的に一人の選手を女子マネがメイン1名・サブ3名で担当するのが伝統なの。
その振り分けが昨日決まったんだけど、暁くんはメインが姉さん、サブが私とこっちの晶ちゃん、そして今はここにいないんだけどメンタルケアの子が担当になりました。
ほら、晶ちゃん、自己紹介」
真央に促されて、少女は半歩だけ前に出て、暁を半ば睨むように見ながら。
「波間晶、お前と同じ1年だ。専門はフォーム解析と調整。お前が壊れないように志願した」
言っている意味が分からず首を傾げる暁に、見かねた澪が助け舟を出す。
「暁くん、あなたはフォームが2種無意識に混ざっていることで一歩間違えれば通常よりも大きな負担が肘や関節にかかることになるわ。
それを防ぐため、彼女が尽力してくれるのよ」
「先輩、最初からそう言っています」
少し不愛想な印象を受ける固い口調のまま、なぜ同じことをまた言うのかという顔をしている晶に、真央が苦笑を浮かべる。
「あはは、晶ちゃん、ちょっと口下手みたいなの。でも実力は中学時代で証明済みの生え抜きなんだって。」
「ん、私が守ってやるからお前は言うことを聞け」
なんだか聞きようによってはすごく上から目線に聞こえるなあ、などと思いながら暁は手を差し出し、握手。
「よろしく。知っているかもだけど、暁幻大。好きに呼んでくれ」
「分かった、暁。フォームのことなら何でも相談しろ」
「それに関しては私の専門とも被るから、データを供給するわ。波間さん、頼むわね」
澪の言葉に晶は素直に頷く。口調はぶっきらぼうであるが、性根は悪くないらしい。
「あともう一人は今別の子に挨拶に行っているのよね。私の親友なんだけど。これ、その子の作ったクッキー。好きな時に食べ――」
真央の言葉の途中で暁はおもむろに受け取ったクッキーをひとかじり。
笑顔が花咲く。
「これ、おいしいです!ホッとする味でいくらでもいけそう。もっとください!」
食い意地の張っていそうな言動に真央は微苦笑。
「その子に伝えておくわ。でも、甘いものはほどほどにね、体重管理も大事なんだから」
「分かりました。おいしいなあ」
もぐもぐと食べ進める暁は、本当に分かっているのか疑問を抱かせるには十分な有様だった。
「こいつ、クールっぽい顔立ちとの差が……こっちが本性なのか?」
小声で嘆息する晶の声は、暁には届いていない。
澪が咳払いをし、暁の注目を集める。
「暁くん、2日後には入学して初めての対外練習試合で投げてもらうことになっています。
適性を測るため、以後の試合では役割を変えて投げてもらうことになると思うけど、まずは先発からよ。
二軍から始めるとは言ってもいきなり先発は期待されている証。全力で、ただし怪我はしないように。
二軍の監督代行はコーチがしてくれています。数名の女子マネも見ているからといって張り切りすぎないように、と監督が言っていたわ」
「分かりました。何回まで投げられますか?」
「そこはコーチの判断次第だけれど、先発の評価項目にスタミナもあるから長めに投げさせてみるんじゃないかしら。
詳しくはコーチ自身に聞いてちょうだい。私にその権限はないから」
澪は淡々と答え、端末を取り出して。
「さて、個別トレーニングメニューの基礎を決めておきましょう。波間さん、意見があれば遠慮なく言ってちょうだい」
「はい、先輩。おい暁、腕を見せろ」
「え?え?え?」
唐突に腕をペタペタと触ってくる晶に、困惑する暁。
「む、筋肉の質はかなりいいな。だが華奢だ、保護用の筋肉が少し心もとない。
これで今まで故障してないのは、柔軟性で負荷を分散していたからだろうな」
「波間さん、体組成計は使わないのかしら?」
「あ、数値なら俺が昨日測ったのでそれを――」
空いている右手でバッグから暁がスマホのメモを取り出そうとすると、晶は手で遮り。
「必要ない。あれは筋繊維の密度は分かるが速筋・遅筋といった筋肉そのものの質は直接測定できない。見て触ったほうが分かりやすい」
「え、何それすごい。トップトレーナーか何かなのか?肉質の推測ができるとかトレーニングに役立ちすぎるだろ。一家に一台、波間晶になるぞ」
「トップトレーナーを馬鹿にするな。私が分かるのはあくまで肉質をなんとなくだ。
私では疲労状態やらの細かいことはフォームの歪みでも見ないと分からない」
「あ、はい、すみません」
怒られてしまったので、おとなしく謝っておく。
だが、フォームを見ればわかるというのは十分以上にすごいのではなかろうか、もはや特異能力に足を踏み入れているのでは?
はたしてそれは高校生が持っていていい能力なのだろうか、とつい考えてしまう暁。
「波間さんは職人気質ね。私はデータを分析しないと分からないから」
「独自にスクリプト解析している姉さんも、高校生としては逸脱していると私は思うな」
ちょっと困ったように「私は普通に先輩たちから教わったことを丁寧に教えることしかできないもの」と続ける真央。
それに特に何も考えず、暁はフォローを入れる。
「いえ、真央先輩が色々教えてくれるので助かっています。知らないこと、たくさんなので」
「ふふ、ありがとう、暁くん。よしよし。弟がいたらこんな感じなのかなあ」
柔らかい暁の髪を手のひらで撫でながら、真央は柔らかく微笑む。
「真央、じゃれついて遊ばないの。
暁くんにも要望を聞いておくわ。どういう選手になりたい、どういう投げ方をしたいとかある?
それに方向性を合わせてコーチ陣にも言っておくわ」
澪の質問に暁は顎に曲げた人差し指を当ててほんの少し考えて、
「まず、完投体力がないのでそれを鍛えたいのと、疲労で投球の質が落ちにくくしたいですね。変化球で球数を抑える試みはするつもりですけど、ハードとしての肉体も向上させたい。
あと、強い打者を三振できりきり舞いさせたいです」
暁の答えを聞き、澪は満足そうに頷く。
「目指す形がはっきりしているのはいいことよ。
それじゃあ、私と真央はコーチと相談してトレーニングメニューの素案を作ってくるわ。波間さんはどうする?」
「私は暁のフォームをこの目で確認しておきます。
暁、投球練習所に行くぞ。付いてこい」
なぜ主導権が晶の方にあるのだろうかと思いながらも、どうせやらなきゃいけないことには変わりないだろうからと暁は立ち上がる。
「んじゃ、よろしくな、相棒」
「……ん。三年間よろしくしてやる」
暁が差し出した拳に、少し照れ臭そうに晶はちょん、と拳を合わせて。
「ところで、なんでお前さらしで胸を潰しているんだ?」
「黙れ、このデリカシーなし。それが初めて会った人間に聞くことか」
なんだか少しいい感じの空気は、暁の失言により一瞬で霧散したのであった。




