第一話 『始動、星海学園』
私立・星海学園、高校野球激戦区神奈川に位置する歴史は浅目ながらも最新機器を揃えた、強豪の一つに数えられる高校。
「勝てれば過程はどうでもいい」「セオリーにはこだわらない」「合理性重視」といったチーム方針を掲げ、それ故に異端だろうが受け入れる懐の深さを持ち、野球IQの高い選手を集める校風である。
そこに、特待生として最高の評価を受けた一人の少年が入学した。
少年の名は暁幻大、今はまだ期待の新入生であった。
正式入部日の当日、新1年生たちはざっくりと希望ポジションによって投手・捕手グループとそれ以外の野手グループの2つに分けられ、校庭のマウンド近くに並ばされていた。
暁もその一員として、ふわっとした質感の栗色に近いフェザーショートの茶髪が風になびくのを手で整えながら立っている。
左隣には、つい少し前まで中学生だったとは思えないがっしりめの体型の、刈り込んだ黒髪の朴訥とした雰囲気の男が並んでいる。
逆側の右隣には、さらさらヘアの青みがかった黒髪をミディアムにまで伸ばした、王子様や貴族様という気高さを感じさせるイケメンがいた。
皆が緊張して並んでいるそこに、中年ではあるが不潔感は全くないおじさん、すなわちこの高校野球部の監督が二人の美女を後ろに従えて歩み寄る。
「よ、1年生ども。俺がここの監督をさせてもらっているもんだ、よろしくな。
今回のバッテリー候補どもは合計8人か。とりあえず、自己紹介をしてもらおうかね」
偉ぶらず、ざっくばらんに監督は並んでいる1年生たちに促す。
次々と、選手たちが自己紹介していき、暁の左隣の男の番になった。
「田代剛、投手志望です。MAX146km/hのストレートが武器です、全力で頑張らせてもらいます」
その言葉に監督は少しひげをさすりながら感心したように。
「ほう、146か。スカウト班のとった中学後期のデータよりさらに伸びているな。間違いなく1年では全国最上位の球速だ。
期待しているぞ田代、うちでさらに上を目指してくれ」
監督の声掛けに、田代は素直に頷く。その顔には入部早々認められた誇らしさがあった。
そして、暁の番。
「暁幻大、左利きの投手です。中学では5回までしか投げられる体力がなかったのでゴロを打たせる変化球を覚え始めたところです。甲子園、行きたいです」
暁の言葉に、監督は少し楽しそうに笑って、
「自分の弱点を自分で潰そうとしているところは高評価だな。
しかし、謙虚なもんだ。中学ベスト8のエース様、スペック上も中学上位だったが数値以上に『なぜか打てない』と聞いているぞ」
「それ、なぜかよく言われるんですよね。俺としては普通に投げているつもりなんですけど」
暁がかすかに首を傾げると、監督は小さく苦笑して。
「まあいい。データはこの後取らせてもらう。次」
暁の右隣へと自己紹介が移る。
「藤代怜、希望ポジションはキャッチャーです。頭を使うことには自信があります」
「ああ、噂は聞いている。入学主席らしいな。捕手は知性がものをいうポジションだ、頑張ってくれ」
そうして、この場に並んだ8人の自己紹介がつつがなく終わる。
すると、監督は満足げに頷いてその場の新入生を見回して。
「さて、ここから先は進行をこの2人に任せるとする。女子マネではあるが甘く見るなよ?
うちは女子マネをただのお手伝い係にはせず、スペシャリストしか採用していない。お前たちとともに歩むパートナーだと心得ろ。
頼んだぞ、星野姉妹」
監督に促され、2人の女性が前に出てくる。
1人目は銀髪ロングのクールビューティ、完璧なモデルのような造形をしている。
「星野澪、3年生よ。専門はトラッキングでの分析。このカメラで投手を丸裸にするのが私の役目よ。
これからあなた達には実際に投げてもらい、そのデータを元にこれからのことを決めていきます」
続いて、ぺこりと頭を下げるのは清楚な雰囲気を持つ大和撫子といった振る舞いの女性。
「私は星野麻央です、あなた達の一学年上の高校2年生なの。1年生の教育担当が私の仕事。
最新機器の使い方、この学園のやり方、自分で考える野球をどうやってするか、何でも教えるから一緒に頑張っていきましょうね。
あと、姉さんは不器用だから冷たく見えるけど本当は優しいから、気を悪くしないで付き合ってあげてちょうだい」
「うるさいわよ」などと少しそっぽを向く澪の姿に、その美貌に気圧されていた1年の空気が緩む。
「それじゃ、順番に投げてちょうだい。キャッチャーはこちらで控えの上級生を用意したわ」
呼び出された上級生がどすどすと歩んで定位置に座り、手を広げて「さあいつでも来い」と示す。
投手候補の1年生たちは投げる準備をし、捕手候補は先輩キャッチャーの近くで見学に回る。
「1つの球種につき5球ずつ投げてもらいます。しっかり端末でデータを見ますので安心して投げてください」
それぞれの投手が、自分の持っている球を先輩キャッチャー目掛けて投げていく。
ついにまだ投げてない投手は、注目度の高い田代と暁を残すのみになった。
「それでは田代くん、どうぞ」
声をかけられた田代は大きく頷き、マウンドに立って足元を踏み固め、足を大きく上げて腕を鉈のように上から振りかぶる。
一直線に、速く、鋭く、キャッチャーのミットに大きな音を立てて吸い込まれる。そこから続けて4球。
さらに、その次に投げられたのは先ほどの球より大きく速度が劣り、打席の手前で急に曲がって落ちる球。
速度差と変化が大きく、先ほどのストレートと合わせれば空振りが簡単に取れそうだ。
そしてさらなる次の球種は、ストレートとほぼ途中まで軌道が同じなのにもかかわらず、打席の前でストンと下に落ちる。速度はストレートよりほんの少しだけ遅い。
最後に、ストレートよりほんの少しだけ遅い速度で打席の手前で、小さくカクっとグローブ側に曲がる球。
澪は手にした端末に映るデータをみて。
「速度、球質ともに素晴らしいものがありますね。ただ、少し安定性が低い。特にコントロールが雑なのが気になります。
監督、この原因は知っていますか?」
「うん?俺の元に上がっている情報によると、田代は中3の大会後に急速に体が大きくなったらしい。そのせいだろ。
球威と球速は上がったが反面コントロールやボールタッチのバランスを崩した。まあ成長期のピッチャーにはよくあることだな」
なるほど、と小さく呟く澪。
監督の持つメモ用紙に『田代:将来の剛腕エース候補、コントロールの強化が必須』と記される。
「暁くん、最後の一人です。お願いします」
澪に促されて、暁は左腕をくるくる回しながらマウンドに上がり、田代からボールを受け取って内心少しいいところを見せようと張り切る。
「よろしくお願いします」
しかし、ボールを体の前に両手で持ち目をつぶるルーティンを行うと、思考が冷たく純化していく。
上半身が捻じられ、左腕が体に巻き付くようにぐにゃりと曲がり、足の踏み込みとともに独楽のような勢いで上体が半回転すると同時に、球を握った左腕がしなりながら横から出てくる。
暁の息が小さく吐かれるとともに投げられた球は、ほとんど減速せず打席の前で浮き上がるような錯覚をもたらしながら、キャッチャーのミットにおさまった。
「うわあ、まるで軟体動物か蛇みたいですね、監督」
珍しいものを見たと言わんばかりの真央の声色に、監督は。
「これは、球の出所がほぼ見えんぞ。リリースが見えづらいとは報告されていたが、ここまでとは。
澪、球速は?」
「137km/h、即戦力クラスです。ですが球速よりスピン効率と回転数がよく、こちらはプロ級の値を出しています。ホップして見える伸びのあるいいストレートですね」
端末を見ながらさらに澪は言葉を続ける。
「コントロールもいいようですね。ただ、少し……いえ、何でもありません」
監督は澪の歯切れ悪さに首を捻るが、今は暁の投球に集中しようと意識を切り替える。
ちょうど、暁はストレートを5球投げ終えたところだった。
次、暁の投げた球は先ほどのストレートとほぼ等速・同一軌道で打席の手元まで行き、ククッと小さくグローブ側に曲がる。
それが続けて4球。
「あれは、ストレートと見分けられんだろ」
監督のその言葉をよそに、澪はなおも端末を睨みつけている。
そんな監督側の様子を知る由もなく、暁は息を数度吸って吐いて。
「次、決め球行きます」
そう宣告して投げた球は、ストレートと見分けのつかない速度と軌道で打席の前まで行き、ガクッと大きく直下に急落する。
「おい澪、今の何センチ落ちた?」
「ストレート比で約-36cm、プロの上位どころかトップクラスの落ちです。この落ちが安定して出せるのなら……今のところ全球安定して落ちていますね」
「わあ、すごいわねえ」
真剣な顔の監督と澪、そして少しのんびりと感想を言っている真央。
そして暁が続く全球種を投げ終わった後。
「すごいな、これは。
球速だけなら田代が上だが、安定性に変化球の性能や数値に現れない部分を考慮すれば暁が勝る。
これほどの素材を2名もこの時期に得られるとは」
喜色をあらわにする監督に、澪は銀髪を耳にかけながら具申する。
「監督、暁にあと15球投げさてもらえませんか?ストレートだけでいいので」
「うん?暁はもうウォーミングアップを除いても30球投げているぞ。そこに追加か?」
「お願いします、確かめたいことがあるんです」
真剣なまなざしで真っ直ぐ目を見つめてくる澪に対して、監督は嘆息し。
「お前が言うんなら理由があるんだろうが……あとで説明しろよ。
おい暁!追加で15球ストレートを投げられるか!?ただし違和感が出たらすぐにやめろ!今日はまだ1日目なんだからな!」
「了解しました!」
マウンド上から返す暁は、なんだか知らないが特別扱いされたっぽいことに気分を良くし、張り切る。
そして、暁がノリノリで無事15球を追加で投げ終わったところで、澪は端末から目を上げて告げた。
「監督、暁の『打ちにくさ』の正体が分かりました。
柔軟性から来る球の離れが見えにくい独特のフォーム、ほとんどの球種がストレートと見分けのつかない欺瞞性……『だけではありません』。
少し斜めから腕を振るフォームと、横から腕を振るフォームが自然混在している。それが一番の原因です。打席側からは視認できませんでしたが、おそらく背後から撮影すれば分かったかと。
同一球種なのにフォームによって速度と動きの質が微妙に異なり、それらが不規則に混ざる。そのため同じだと思って振ると芯を外し打ち取られる、そういうからくりです」
監督は黙ってしばしひげをさすり。
「それは……異端だな」
「はい、異端です。このタイプの選手は我が学園に今まで在籍したことがありませんし、全国でも聞いたことはありません」
「とてもうちらしいですね、監督」
にこにこと語る真央に監督は大きく頷き、
「まあ、運用するのは俺の仕事だ。勝てばいいのさ」
にやりと、ニヒルに笑ったのだった。
初投稿作品です。
至らぬところもあるかと思いますがよろしくお願いいたします。
初日は9話までを公開します。よろしければどうかお楽しみください。




